幻妖界編01-07 『夜行伊織』
side 夜行伊織
「マナジェネレータこと、あの夜行家の臣、夜行伊織だ。
お初にお目にかかる、運命の女神殿。
愚姉が世話になったようで礼をいう。
ああ、せっかくだが案内は不要だ。」
目の前には長話を聞かせてくれた女神がいる。
有用な話は・・・あったか?
夜行家に対する謂れのある、誹謗中傷と紙一重の評価を聞けたことぐらいか。
耳が痛いな?
話の内容よりも女神自体がはじめての遭遇なので、その為人を知れた経験こそが貴重かもしれない。
ああ、惑星モイラとかいう心踊るワードについては改めて詳しく聞きたいものだ。
「・・・」
ふむ、反応がないので然り気無く毟り取った報告書を流し読みしつつ、自称女神様を観察するとしよう。
確か運命の女神だったか。
美の女神と紹介されても違和感なく受け入れるほどに、シンプルに美しい。
緩やかなウェーブを描く豪奢な髪は室内にもかかわらずキラキラと黄金色に輝いている。
噴水の中で水甕をひっくり返す仕事に就いてそうだな?
身体的自己主張が非常に旺盛だ。
ピッチリとあいたマーメイドドレスがボディラインをより一層際立たせている。
こういうのを『けしからん』と言うのだったか?
座敷童子がそんなこと言っていた気がする。
だが極めて上品に『けしからん』のはさすがは女神といったところだろうか。
なるほど、黄金比というものが正しいのか測量してみたいものだ。
メジャーがあればよかったのだが。
この女神を一言で表現するなら・・・
「向日葵だな。」
「あ・・・え?」
「いや、向日葵のように美しいと思っただけだ。他意はない。」
「も・・・」
「も?」
「もーっ!もーー!もーもーもー!
なんで名乗らないのよ!」
「名乗ったが?」
「そうじゃない!そうじゃないでしょ!なんで最初に名乗らないのよ!」
「聞かれなかったからだ。」
「あーっ!もうもうもう!信じらんない!」
「頭を振るのを止めたまえ。
せっかくの美しい髪が山姥のようになってしまうのはあまりに忍びない。」
「誰が山姥よ!ぶっとばすわよ!」
「こう見えて病み上がりなものでね。できれば折檻は遠慮願いたい。」
「あ・・・貴方、身体はどう?もう大丈夫なの?」
「お陰様で十年ほど若返った気分だ。」
「いやあんた十六でしょ。」
「半分は床の上だったからな。いや、睡眠時間ではなく。」
「はぁ、取り繕うのも馬鹿らしいわね。」
「好きにしたまえ。」
「それで、ほんとに体調に問題はないのね?」
「ああ、問題ない。改めて女神様に感謝を。」
「いいのよ。私にも後ろ暗い事情があるんだから。」
「それはそれで別の話だ。
俺は命を救われた。ゆえに対価を支払う義務がある。
さぁ、俺はなにをすればいい?
お前の上司を始末すればいいか?
それとも世界の半分が欲しいか?」
「魔王か!
世界は間に合ってるわよ。
知ってて言ってるんでしょうけど。」
「そうだな。」
「なんかあんた聞いてた印象と違うわね。
随分と好き放題言ってくれるし。」
「一度は死んだ身だ。望むままに生きるだけだ。」
「ふーん、だったらそんな義務なんて踏み倒せばいじゃない。
可能でしょ、夜行なら。」
「別に獣のように生きたい訳じゃないからな。
どうも女神様は夜行に偏見をお持ちのようだ。
確かに夜行の妖は不滅ではあるが、俺は簡単に死ぬからな?」
「あー、それも説明しないとね。」
「うん?」
「えーと、貴方の調整なんだけど・・・上手くいったというか、上手くいきすぎたというか?」
「要領を得ないな。具体的には?」
「病気にならなくなったわ。」
「ほぅ、良いじゃないか。」
「あらゆる毒も中和するわ。」
「ふむふむ。」
「寿命がなくなったわ。」
「・・・なんだと?」
「ちょっと、誤解しないでちょうだい。
こちら側のミスではないはずよ、多分。」
「とすると、俺のせいなのか?」
「ごめん、正直にいうわ。
あなたと同様の処置は今まで何度もやってるし、少なくとも現状の技術ではミスはなかったと断言できるのよ。
推測でしかないけど、あなたの病の元が原因かもしれないわね。」
ノルンと宇迦之御魂神は伊織の不調の原因について箝口令を敷いた。
それはことを大きくしないという目的もあった。
だが一番大きな理由は伊織が真実を認識するということがどう影響するか読めなかったからだ。
下手をすれば『モイラ』が危ない。
冗談ではなく魔王を越える存在になり得るというのがノルンと宇迦之御魂神の共通認識だった。
「なるほど、まぁ、よくわからんがそれはいい。」
「・・・いいの?」
「その処置をして貰わなければ死は避けられなかった、それで充分だ。」
「貴方は『幻妖化』を拒否したって聞いたけど?」
「そんなことまで知ってるのか・・・」
「別に答えてくれなくてもいいけど。」
「むしろ意外に思われるほうが意外なんだが。
お前は『肉親の肉』を喰らってでも生にしがみつきたいか?」
「・・・どういうこと?」
「どうもこうもない。
姉の片腕を喰って妖に変異するってことだ。」
「ごめんなさい。無神経だったわ。」
「いや、知らなかったんだろう?」
「・・・ねえ、夜行ではそんな外法が罷り通っているの?」
「さてな。俺が知る限りでは少なくとも直近の四百年は使用されてないはずだ。
当主にのみ相伝される秘術だしな。
夜行に所属する幻妖化した元人間は少数ながら居るが、その秘術を用いた訳ではない。」
「先立たれる側の気持ちはわからなくはないんだけど、ね。」
「そんなつまらん話より、女神様の話をしないか?」
「いやもっと優先すべき話があるでしょ・・・
『転生プラン』を説明するわ。
まず貴方とっては『異世界』ともいえる『惑星モイラ』に転生して貰うわ。
期間は無期限。
申し訳ないけどモイラを離れる際には申請してもらう必要があるわね。」
「惑星を離れる?戻れるのか?」
「何らかの方法でそれが可能なら、ね。」
「その方法については教えてくれないんだな?」
「ご明察。」
「なるほど、禁則事項か。」
「忘れてたわ。貴方には同行者をつけるの。」
「いらん。」
「駄目、規則なのよ。
それにこれは貴方ためでもあるの。
さっき言った地球に一時帰還する『申請』にも必要なのよ。」
「ふむ、それでその同行者は?」
「『第九位階天使レシエル』を考えていたんだけど・・・
貴方と話して思ったけど、彼女にはちょっと手に負えないかもね。」
「俺は扱いやすい男と自負しているんだがな。」
「戯れ言は置いておくとして、こういうのはどうかしら。
互いに必要な時にだけテレパスで遣り取りするの。」
「テレパスというのは念話か。それは同行者と言えるのか?」
「妥協してあげたのよ。運命の女神様に感謝することね。」
「矮小なる拙の如きに麗しき女神様の御厚情を賜り、恐悦至極に存じます。」
伊織は膝を折り、優雅に一礼した。
ノルンは指先から爪先まで完璧な流れるような所作に一瞬言葉を失った。
「・・・そういえば、あんた名家の嫡男だったわね。」
「こういう遊びが趣味なのか?」
「そんな訳ないでしょ!
ああもう、貴方と話をしているとすぐに話が飛んでいくわね。」
「俺は君を責めるような真似はしない。」
「突っ込まないわよ・・・で、レシエルではなくテレパスで問題ないのね?」
「ああ、それでいい。死なれても後味が悪いしな。
ところでモイラの言語は?」
「単一の共通言語よ。」
「なるほど、バベルの塔は建たなかったのだな。」
「ちなみに貴方がモイラに降りる際に脳内にインストールされるから言語の心配は無用よ。」
「すごいな。さすがは神の御業だ。」
「ふふん。『西』の自信作なんだから。もっと褒めなさい。」
「褒めてやるから『モイラ』のあらゆる情報をインストールしてくれ。」
「残念でした。禁忌なのよ。」
「では女神様の情報で我慢しよう。」
「私の情報なんて集めてどうするつもりよ。」
「いつか敵対するかもしれないだろう?」
「これだから夜行は。」
「それで、まだ何かあるのか?」
「特にないわ。
あなたはモイラで人生を謳歌してくれればいいの。
・・・でも、生命を死滅させるのはやめてあげてね?」
「今のところ世界と敵対する予定も魔王になる予定もないな。
それで、『モイラ』とはどんな世界なんだ?」
「地球より歴史は浅いわね。
特筆すべきは大気や地脈などに『魔力』が存在していることね。
つまり魔法技術が発展しているわ。
それもあって科学の発展は緩やかで、そうね、ルネサンス期の前後を想像してくれればいいわね。
ああ、マナっていうのはあなた達が『妖気』とか『妖力』とか言っているものよ。」
「所謂、剣と魔法のファンタジーというやつか?」
「そうそう、ゴブリンとか、ドラゴンとか、エルフとか、ドワーフとか。」
「興味深いな、ぜひとも観たいものだ。」
「他に質問は?」
「まぁ、困ったら念話で聞けばいいだろう。念話の相手はノルンなのか?」
「いえ、天使を任命するつもりだけど、天界からモイラまで相応の距離があるから・・・
そうね、智天使なら不足ないでしょう。」
「そうか、女神様の美声を聞けなくなるのは残念だが仕方ないな。」
「ほんとに口が減らないわね。そういう冗談は下界に降りてからにしなさいな。」
「本音なんだがな。」
「どうだか。じゃ、最後にお約束。
『ステータスオープン』って念じてみて。」
(ステータスオープン)
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ちゃむだよ? >_(:3」∠)_
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