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【前編】もふもふ誘拐罪で逮捕されました!!そして、離宮に軟禁!!

灰色……違う。綺麗なシルバーアッシュの毛並みだ。

私は妹のルチアにバルコニーから突き落とされたはず……なのに、目の前には美しい狼が燃える様な緋色の眼で私を見下ろしている。


「聖獣さま……?」


手入れされた美しい樹々……穏やかな風が吹く緑広がる芝生の上。そこに倒れている私のぼやける目の前には、私の顔をそっと舐める大きな狼がいた。


※※※


聖女の家系と言われていたブランディア伯爵家は、私が生まれる前から殿下の婚約者候補の一つだった。そして、私が聖女としての能力を見出されて、幼い頃に婚約が決まった。


婚約者は、ルティナス国の第一殿下ヴォルフラム・ルティナス。

彼は、冷たい銀髪に緋色の瞳、そのうえ整った顔立ちだった。背も高く容姿は完璧。それなのに、にこりとする笑顔はなく、幼い頃から幾度となく交わした婚約者としてのお茶会ですら笑わない王子だった。

そんな彼と、上手くいってないことはわかっていた。


冷たいヴォルフラム殿下と距離が縮まることもなく成長し、私が19歳。ヴォルフラム殿下は22歳になっていた。


婚約者でありながら、段々と疎遠になっていたヴォルフラム殿下と久しぶりにお茶会で会えば、聖女としての力を見いだせなかった私に、彼は落胆の顔を見せた。


それもそうだろう。彼は、最近私の妹のルチアと何度も二人で会っていた。

その頃には、私は妃教育という名目で、ブランディア伯爵邸ではなく、城で住んでいた。それなのに、私がいないブランディア伯爵邸に、ヴォルフラム殿下がルチアに会いに来ていたこともあると、あとで知った。


婚約者である私に会いに来たのではないのだ。


そして、ヴォルフラム殿下は妹のルチアと付き合い始めたと、家族から聞いた。


両親は、聖女の能力が不安定になった私が、婚約破棄されることを恐れていた。でも、次がルチアなら何の問題もなくて、安堵を見せ始めていた。


可愛らしく笑うルチアは両親から愛されている。柔らかいクリーム色の髪に、キャラメルを思い浮かばせる可愛らしい瞳。冷たい金髪に緑の瞳の私とは違った。

聖女であり殿下の妃になることを期待していた両親は、私の長年の努力苦労を労うことはなかった。


そして、ルチアが聖女の能力の一つである癒しの魔法を使えた始めたことで、周りの評価は目に見えるほど変わってしまった。


__そんなある日。


いつものように、お城での妃教育をしていた。聖女の力が不安定になり、妃教育の終わりだと、今日こそは告げられるのかと思っていたが……妃教育にうんざりしていた私。少しだけバルコニーで休んでいた。

その時に、突然声をかけられた。


「殿下は、私と付き合うの。お姉様は、邪魔しないでね」


振り向く暇もなく背中を押されて、ルチアに突き落とされたのだった。城に、妹のルチアも来ていたことなど、知らなかった。


そして、今。私は芝生の上に、仰向けで倒れていた。


「私……どうして生きているの……」


ぺろぺろと頬を舐めてくる感触に、くすぐったいと思いながら目が覚めた。

起き上がった身体で上を見上げれば、背伸びしても届かないほど上にあるバルコニー。あんな何階もあるところから落ちて掠り傷なんてありえない。


「あなたが助けてくれたの……?」


膝の上には、銀色に近い灰色の狼の子供がいる。その毛並みをそっと撫でた。


「シルバーアッシュに見えたんだけど……もっと大きかった気もするし……」


おかしいなぁと思うけど、意識が途切れそうな時だったから、見間違えても仕方ない。


「でも、良い毛並みね。売ったらけっこうなお金になりそう……」


狼の子供は言葉がわかるのか、必死でブンブンと首を振った。


「別に丸裸にしないわよ。でも、お金に困ったら少しわけてね」


狼の子供は嫌そうな表情になりながらも、私が抱き上げて立ち上がると、すっぽりと腕の中にいた。


すぐに逃げないと……婚約者を入れ替えるのに、私が邪魔なのね。だったら、家にも帰れない。家に帰れば私を殺そうとしたルチアがいるのだ。見つかる前に、この街を出なくては……。


「あなたも、一緒に行く? 助けてくれたんじゃないの?」


狼の子供は、首をこてんと傾げた。

良く分からないまま痛い身体で歩き出そうと、一歩踏み出した瞬間__。


「フェンリル!」


ガサガサと、庭の植物をかき分ける音と同時に、突然の大きな声がした。振り向けば、現れたヴォルフラム殿下に、足が止まってしまった。


「……セリア」

「ヴォルフラム殿下……どうして……」


目を細めて私を見る殿下は冷たいままで……いや、凝視しすぎです。思わず狼の子供を抱いたままで引け腰になった。そんな私に、彼がじりじりと近づいてくる。


「その狼は……」

「これですか……毛並みを少し分けてもらおうと……別に婚約破棄しても、慰謝料なんか請求しませんから……」

「まさか……売る気か?」

「婚約破棄ですから、私はこのまま家を出ます。ですから……」


冷ややかな顔から汗が一滴落ちたヴォルフラム殿下に、ツンとして言った。


どうせ、ルチアが私を殺そうとしたなんて信じない。彼は、産まれた時からの決められた婚約者の私ではなく自分の意志でルチアを選んだのだから。


「も……」

「も……?」

「もふもふ誘拐罪だ!! ひっ捕らえろ!!」

「ええっーー!? 何ですか!?」


ヴォルフラム殿下が叫ぶと、いつもそばに控えている側近のブレッドが庭の整備された植物から飛び出してくる。


その様子は私を捕らえる気満々だった。そして、ブレッドを筆頭にヴォルフラム殿下の数人の近衛騎士たちに囲まれた。


「我が国の聖獣フェンリルを誘拐など言語道断だ!!」

「せ、聖獣!? ちょっ……やだっ……!!」

「抵抗するならば、少し眠ってろ!!」

「待ってっ、殿っ下……」


言葉数の少ない殿下が手を突き出してくる。咄嗟に防御魔法を展開させようとした。それなのに、防御魔法のシールドが一瞬で消えた。


「こんな時にっ……!」


そして、ヴォルフラム殿下が私に眠りの魔法をかけた。突然の出来事に私は抵抗する暇もなくそのまま眠ってしまった。


※※※


余計なことを言った。黙って連れて行けば良かった。

まさか、この狼の子供がルティナス国の聖獣だとは思いもよらなかった。

逃げるための路銀の足しにしようと、毛並みを少し売ろうと考えたのが失敗だった。


顔が生温かい。ぺろりと慈しむように舐められている感触に目を覚ました。

眼を開けば、また狼の子供が私の顔を舐めている。


「……聖獣様?」

「くぅん……」

「聖獣様は優しいのね……ヴォルフラム殿下とは大違い」

「悪かったな」


起き上がった身体でフェンリルを抱いて撫でると、部屋の隅からふてぶてしい声がした。

そっと視線をやれば、ヴォルフラム殿下が大股を開き、剣を立てて座っている。私を見張り、聖獣に良からぬことをすれば、今にも斬りかかってきそうだ。


「あの……ヴォルフラム殿下」

「なんだ?」

「聖獣様の毛をむしったりなどしませんので……その……」

「当然だ! 聖獣様の毛を毟るなど言語道断だ!」


殺気を抑えて欲しい。部屋中が冷たくなるほど怖くて冷ややかな雰囲気を感じる。


「では、私は失礼しますね。聖獣様、離れましょうね。私が殺されてしまいます」


なぜかすり寄ってくる聖獣様をベッドに優しく降ろして、立ち上がった。


「……どこに帰るつもりだ?」

「関係ありませんわ」

「帰ることができると思っているのか?」

「はぁ?」

「セリア。君は今日から、ここにいてもらう」

「……どうしてですか?」

「もふもふ誘拐罪で君は逮捕された。償いは聖獣様のお世話だ」

「……断れば?」

「牢屋へ行ってもらう」


……いったい何が起きているのでしょうか。家からも街からも逃げようと思った瞬間に一番一緒にいたくない殿下に捕らえられるとは……。


「そもそも、ここはどこですか?」

「……わからないのか? ここは俺の離宮だ」

「ヴォルフラム殿下の離宮……」

「何度も来ただろう?」

「……私が来たのは、お茶会をする離宮の庭とサロンだけです」


わからないのも無理はない。ヴォルフラム殿下が住んでいる離宮に来たことはあっても、お茶会の時だけだから、庭かサロンしか私は知らないのだ。


「くぅん……」


何も知らない婚約者の私。自分でみじめになってくる。俯いた私に聖獣様がそっと身体を伸ばして慰めようとしてくる。


「セリア……君は、今日から、この部屋で住んでもらう。聖獣様の部屋はこの隣の部屋だ。聖獣様に必要なものはすべて言うように。それから、」

「もう結構です。必要なことは書面でお願いします」


ただの連絡事項。そうでなければ、ヴォルフラム殿下が私と会話をするわけがない。

いつもはこんなに話しかけてくることなんか、なかったのだ。しかも、聖獣様のお世話が決定事項になっている。

すごく虚しくなってくる。甘い言葉が欲しかったわけではない。

でも、ヴォルフラム殿下はいつも私に冷たくて、今も連絡事項がなければ言葉一つかけてくれない。


私が、どうしてバルコニーから落ちたかも、もしくは落ちたことを知らなくても、どうしてあの場所で目が覚めたかぐらい疑問に思って欲しかった。


「……わかった。だが、これだけは守ってもらう。絶対にこの離宮から出ないように」

「……ここに閉じ込めるのですか」

「そうだ」


もふもふ誘拐罪で捕まってしまった私……でも、考えれば生活の心配はなくなる。元々家から逃げようとして、この聖獣様と知らずに毛を売ろうとまで考えて路銀を作ろうとしていたのだから。


「聖獣様のお世話に励めばいいのですね?」

「そうだ。大事に世話を頼む」


聖獣様を大事にすれば、問題ないと言うヴォルフラム殿下。

そして、この日からヴォルフラム殿下の離宮での生活が始まった。


※※※


それにしても……大きな狼に見えたのだけど、小さいわね。

夢でも見たのだろうか。


いつの間にか夜になっており、ランプの灯りが燈された薄暗い部屋でベッドに腰かけていた。

このルティナス国は、聖獣のいる国。王族は聖獣の加護を受けると言われている。

この国の陛下になるには、聖獣と聖女を従えることになるのだ。

だから、ヴォルフラム殿下のそばに聖獣がいるのだろうけど……婚約者でありながらヴォルフラム殿下の聖獣は初めて見た。

聖獣は王族が管理しており、そうそう誰もお目通りできないのだ。聖女であってもだ。

聖女が聖獣様に会えるのは、王太子妃になることが決まった時だけだった。


「それにしても……聖獣様は子供みたいね」

「聖獣フェンリルは、まだ子供だ」


フェンリルは氷狼だった。だから白い狼なのだろうけど……ヴォルフラム殿下は、どうしてここにいるんですかね!?


「聖獣様に話しかけたんです。勝手に会話に入り込んでこないでください」


最近はお茶をすることもなかったし、ヴォルフラム殿下は私とずっと会ってなかった。

彼は、ずっとルチアといたのだ。

その殿下が、冷たい瞳で私を睨んでいる。

ああ、いつもの表情だ。あんな視線を向けられて私が傷つかないとでも思っている。


「……ここは、俺の離宮だ。どこで話そうと俺の勝手だ」

「そうですか……ヴォルフラム殿下は、お仕事には行かれないのですか?」

「言われなくても仕事はする」


ツンとしたヴォルフラム殿下に、ああ、また余計なことを言ってしまったと落ち込む。

座ったままで膝に乗せている聖獣様は可愛くて、首を傾げて私を見ている。その心配しているような聖獣の仕草に、心配かけまいとキュッと潤みそうになった目尻を拭いた。

ヴォルフラム殿下に視線を移すと、目を合わせたくないのか反らされてしまう。


「あの……」

「なんだ?」

「聖獣様が気になるのですか?」

「当然だ。聖獣を従えられなければ、この国を継げない。だから、聖女である君が俺の婚約者になったのだ」

 

それはわかっている。だから、癒しの魔法を得意とする聖女の家系の私が産まれた時から、ヴォルフラム殿下の婚約者になっていた。

でも、私の聖女の力は不安定なもので、いつも癒しの魔法が使えるとは限らない。


でも、妹のルチアは違う。いつからか、癒しの魔法がいつも使え始めていたのだ。


自分が役立たずだったと、改めて落ちこんでしまい、ヴォルフラム殿下に背を向けてしまった。背後からは、怖い顔でヴォルフラム殿下が私を睨んでいる視線を感じて怖い。


「ヴォルフラム殿下。聖獣様が気になるのでしたら、ご自分でお抱きになりますか?」


ヴォルフラム殿下が、目を見開いて驚きを見せた。


「……いいのか?」

「? 当然です。聖獣様は、王族が従えるものですよ。聖女はその補佐につくのです。王族や聖獣様が怪我をした時や呪われた時に、すぐに対応できるようにと……」

「そうだったな……」


今さら何を言っているのか……そう思いながら立ち上がり、ヴォルフラム殿下に近づいた。

そっと聖獣様を差し出せば、おそるおそるヴォルフラム殿下が聖獣様に手を伸ばした。

その瞬間__。


「フーーッ!!」


聖獣様の毛が逆立ち、ヴォルフラム殿下に爪を立てた。突然のことに驚いた。まったくヴォルフラム殿下に懐いてない。彼の聖獣だったはずなのに……。


「だ、大丈夫ですか!?」


驚いたと同時に聖獣様は私の腕から飛び降りて、どこかへ行ってしまった。

ヴォルフラム殿下を見ると、立てられた爪痕から血を流しており、手を押さえている。


「ヴォルフラム殿下っ……血が……ずっと大人しかったのに、どうして……」

「……いいんだ」

「でも……」


これで、また罪が増えればどうしよう。そう思うが、ヴォルフラム殿下の怪我も気になり、彼の手を取った。癒しの魔法を使おうと傷に集中すると、淡いの光が夜の二人を包み込むように照らした。


「魔法が出た……良かった……すぐに治しますね」


良かったとホッとするのも束の間。ヴォルフラム殿下の指に集中すれば、ゆっくりと彼の傷が塞がっていく。それと同時に、ヴォルフラム殿下の眉間にシワが寄った。


「……セリア。どうして、聖女を止めたんだ?」

「……才能がないからです」

「癒しの魔法が使えるのにか?」

「いつもはこうはいきません。使えない時もあるのです。それよりも、聖獣様がすみません。決して私が仕掛けたわけではなくてですね……」


だから、睨まないでください。


「セリアのせいではないと、わかっている。ただ……」


ヴォルフラム殿下の指の傷が塞がる。手を触れる理由がなくなり離れようとすると、ヴォルフラム殿下が私の手を掴んだ。


「触らないでください。私は、もう婚約者ではないのですよ」

「誰がそう決めた。勝手は許さない」

「あなたには、ルチアがいますでしょう」

「……セリアは、いつもそうだな。いつも、俺と距離を置こうとしている」

「それは、ヴォルフラム殿下です」


私に笑ってくれたことなどない。確かに、彼は笑うことのない殿下として有名だった。冷酷無情。でも、私は幼い頃からのたった一人の婚約者なのに……。その私まで、みんなと同じなのだ。違うのは、きっとヴォルフラム殿下から近付いたルチアだけだ。

それでも、相応しい妃になろうと妃教育も聖女の勤めも頑張っていた。


それが、突然壊れた。


「ヴォルフラム殿下……どうして、ルチアと、」

「……っ離れろ。セリア」

「はぁ!? きゃっ……っ!」


ルチアのことを聞こうとして、俯いていた顔を上げようとすると、それよりも早くにヴォルフラム殿下が私と繋いでいた手を振り払い勢い良く突き飛ばされた。そして、あっという間に走り去ってしまった。おかげで、私は後ろに倒れてしまい、呆然と窓から見える満天の星空を見ていた。


※※※


ヴォルフラム殿下がいなくなると、戻ってきた聖獣様。聖獣様を、子供のように私の部屋にある聖獣様用のベッドに寝かせた。そっと撫でると、満足げに鼻を微かに鳴らして身体を丸めて眠った。


もふもふ誘拐罪で逮捕されて、この離宮に囚われの身になっているけど……待遇は良いものだと思う。

この部屋と離宮しか出入り自由ではないけど、部屋は貴族が使うような豪華なものだし、ドレスも食事も囚人とは思えないほど立派だった。


「ヴォルフラム殿下は、いったい何を考えているのかしら?」


聖獣様に問うても、寝ている聖獣様は返事すらしなかった。そして、そのまま温かいベッドで私も眠りについた。


__深夜。

真っ暗なベッドで寝ている私の鼻がくすぐったい。ふと目を開けば、あの大きな狼が私を慈しむように舐めていた。


「聖獣様……ずいぶん大きくなりましたね」


聖獣フェンリル様はもっと小さい。目の前の狼は私を乗せられるほどの大きさだった。


「……聖獣様。二匹いましたかね?」


二匹いるなどヴォルフラム殿下から聞いてない。でも、こんな綺麗なシルバーアッシュの毛並みで凛々しい狼は普通の狼と違う。


「まぁ、あの意地悪ヴォルフラム殿下が、私に言うわけないですよね」


はぁ、とため息がでる。

大きな狼は、なぜかイラッとしたように鼻で私をつついてきた。大きな狼を見れば、ヴォルフラム殿下と同じ緋色の瞳。その眼に惹かれるようにそっと大きな狼を撫でた。

大きな狼は、照れるようにそっと目を閉じる。


「……綺麗な眼です。ヴォルフラム殿下は、この眼が嫌いみたいだけど……」


ヴォルフラム殿下は、自分の緋色の瞳をずっと嫌っている。


この氷の国と言われた寒い国を治めるルティナス王国の陛下は、代々青い目だった。

でも、ヴォルフラム殿下だけは違った。どこから見ても、炎のような緋色の瞳。陛下は王妃の不貞を疑い、誰も王妃を庇うことなどなかった。


幼い頃から婚約していた私は、王妃に何度も会いに行ってお茶をした。温室で一緒に花を摘んだり、散策を一緒にしたことがあった。物静かな王妃はいつも儚げに微笑んでいて優しかったのだ。


妹を可愛がり、私の苦労を労うこともなく、出来て当然だと言うお父様たちに癒されることもなく、実家が居心地が悪かった私には、優しい王妃様が大好きだった。


良い王妃だったんだけど……でも、眼が違うだけで、陛下は王妃もヴォルフラム殿下も嫌っていた。


でも、髪色は間違いなく陛下と同じ珍しい銀髪だったのだ。

だから、陛下はヴォルフラム殿下を捨てられずに、王子として育てたのだ。


「でも、私はこの眼が好きなの……」


幼い頃に、落ち込んでいたヴォルフラム殿下にしたことがあった。その時と同じようにこの大きな狼の眼にそっと口づけをした。そして、ベッドの上で大きな狼に抱かれるように身体をもたれた。すると、大人しい大きな狼は、そっと尻尾を丸めて私を包んでくれた。


※※※


「ギャッウッ__!!」

「……っつ!!」


聖獣様の怒っている雄叫びが聞こえる。


「聖獣様……どうしました? もう起きるんですか?」


重い瞼をこすりながら起きれば、私のベッドの上で、ヴォルフラム殿下に聖獣様が爪を立てて殴っている。

それに、必死でヴォルフラム殿下が抵抗していた。その姿に一瞬で血の気が引く。


「ヴォ、ヴォルフラム殿下――――!!」


離宮に響き渡るような大声で叫んだ。なぜなら、ヴォルフラム殿下が私の隣に全裸でいるからだ。


「何をやっているんですか!?」

「ガウッ!!」


なぜか全裸で私と同じベッドで寝ていたような構図に、慌ててシーツで身体をかくすように掴んで距離を取ろうとすると、聖獣様が私とヴォルフラム殿下の間に入って来て毛を逆なでた。

「フーッ」


聖獣様がヴォルフラム殿下を威嚇するが、彼はしまったという感じで額を押さえている。


「何でもない!」

「何でもないことないです! 乙女のベッドで何をやっているんですか!」

「だから、何でもない! ちょっと寝ていただけだ!」

「全裸で私のベッドに来ないでくださいよ! いやらしいですよ!! ……ま、まさか、その姿で私のベッドで寝ていたんですか!? いつから!!」

「うるさい! それよりも、聖獣様をなんとかしてくれ!」


ヴォルフラム殿下に全く懐かない聖獣様は、彼を威嚇して爪を立てて殴っている。今にも飛び掛かりそうだった。


「聖獣様……不審者です!!」

「ガウッ!!」

「やめろーー!!」


聖獣様をけしかけると、ヴォルフラム殿下がさらに抵抗するが不審者そのものだ。全裸で私のベッドに来るなんて怪しすぎる。


「変態!!」

「誰が変態だ!」

「きゃあ!!」


揉み合ってヴォルフラム殿下が私の両手を押さえて、ベッドに押し倒された。


「離してーー!!」

「ちょっと落ち着け! まだ、何もしてないだろう!!」

「まだ!? 何を考えているんですか!」

「クッ……とにかく聖獣様をなんとかしてくれ! 痛いんだよ!!」

「聖獣様!! もっとやっちゃいましょう!!」

「ガウッ!!」

「やめんか!! けしかけるんじゃない!!」


押し倒されたままで、聖獣様がヴォルフラム殿下の頭や顔を攻撃していた。その時に、廊下から慌ただしくなり、乱暴に扉を開けられた。


「セリア様!! 何事です!!」


飛び込んできたのは側近のブレッド。全裸のヴォルフラム殿下が私の身体の上に乗っている姿を見て、ブレッドが青ざめる。


「で、殿下――!? 何をなさって……っ!! さすがに不味いですよ!!」

「だ、黙れ!!」

「キャー! 下着くらい着てください!!」


ヴォルフラム殿下の身体が起こされると、さすがに見えてはいけないものが見えそうになる。


どこまで全裸なの!?


「ブレッド! 何か着るものを持って来い!」

「ハ、ハッ!!」


いや、返事が上ずっています!!

聖獣様は、ひたすらにヴォルフラム殿下を殴っているし。


「で、出て行ってーー!!」


私の混乱した叫びは、またもや離宮中に響き渡った。






















前後編の短いお話です。

どうぞよろしくお願いします!



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