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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

梟鴉(きょうが)

作者: ユキネ



 真っ白な世界。

 其処に降るのは世界と同じ、穢れなき白の紙。

 其処で待つ人影────梟鴉(きょうが)は願う。

 もうこれで物語が綴じますようにと────────。




 雪のような……けれど、螢のように光るものが降る、真っ白な紙のような世界。

 日常の中で、誰も彼もがその世界に気付かずに通り過ぎていく。

 其処に一つの影。

 それは鎌を携えていた。

「……嗚呼……命とは愚かだ」

 呟くように落とされたその言葉は誰も拾わずに……命を浚っていった。


 あの日 彼の日

 忘れられた お伽噺

 刻々と落ち行く砂でなく

 ゆっくりと ふわふわと

 舞い 飛ぶように落ちていく儚い価値ある刻


 絡めた指先が離れる事など……誰が考えられようか……………………。



 ヒーローシンドロームに侵された命が蔓延る世界。

 それは正義を他者に押し付ける世界。

 愚かにも何時の間に命は神の真似事をするようになったのだろうか?

 真っ白な世界で唯一、色を持つ華を想う。

 忘れられた紙の下。隠されたその華。

 押し付けられた“悪”と名を付けるに相応しい正義に断罪されたその華達が眠る哀しき楽園。

「生きるには犠牲が必要なんだ」

 その犠牲が、華達(きみ)なんて赦せない。そう梟鴉(きょうが)は叫んで涙を流した。


 死ななければいけない命なんてないと騒ぐ命

 けれど、生きるには命を殺さなければ生きられない

 誰かが生きるという事をするには誰かの命を殺す事────すなわち、誰かの命を犠牲にしなければいけない

 そうしなければ命は生きる事が出来ない

 それが理

 それが生きるという事

『生きるという事は命を殺すという罪を犯し、その罪を積み重ねていく事……』



 欲望と怒りを宿した命。

 瞳に映るのは絶望に染まった憎しみの色────────。



 ナンバーで管理され、ナンバーで呼ばれる命としての価値を剥奪された世界。

 右向けば右に。左向けば左に。理不尽でもイエスしかない。ノーと言えば皆、消される。そう、全てのものは全て、自分と同じものしか赦せない。

 それは“命としての威厳も価値も自由も”何もかもがなかった。

 独裁政治。独裁国家。その中で一つの華を“鴉”は見ていた。

 “鴉”とは全ての命を監視する為に命が“神などと崇める者”によって“使者”として全ての命が書かれ描かれ読まれ伝承していく物語という箱庭に現れ、観察監視し、彼の者へと報告する役目を持っている。

 これは現実に全ての命に伝わる神話へも書かれている事だ。

 その鴉のうちの一人が関わってはいけない一つの華に興味を抱いた。

「やぁ、こんにちは」

 これが全ての始まり。


 柩の中で一つの華が詠う。あなたは堪えられる? そう問うように。

「それを解っているのに命は見て見ぬふりをして目を逸らす。いじめ、差別、虐待や暴力……戦争も……その他諸々を理解していながら……。

 いけない事という矛盾と、かやの外でなら自らが狙われず、それが行われていても赦されるという誤解。

 世に起こった事は全ての命に関係がある。

 其処で起こった事件や暴力。幸福や不幸も。生や死も……全てが全ての命に関係しているの」

 何もかもが同じかやの中。誰一人、何一つ……逃れる事は出来ない。



 鴉は華に話し掛けた。

 来る日も来る日も。

 晴れの日も雨の日も。翼が折れそうな猛烈な風を吹かせる日でさえも。プレゼントを携え、華の為にその嘴で華の世界の言葉を紡ぎ、歌った。

 華はとても珍しげに鴉を見上げ、その鴉の姿に微笑んだ。

 優しい世界。そう、誰もが羨む程の優しい、温かな世界が其処に生まれ、存在していた。


 ────────けれど…………。


 ある日、鴉が異変に気付いたのは、“梟”と呼ばれる命を狩る為に箱庭へ来る“死神”の多さ。

 鴉は報告の為と梟の一人に問う。

「何故、此処へこんなにも多くの梟がいるのか?」と……。

 鴉の問いに梟は言う。

「近々、この箱庭で大量の(ほたる)が撃ち落とされるから、それの回収に来た」のだと。

 鴉は梟の言う意味が解らなかった。


 それから間もなくして始まったのは阿鼻叫喚に染まった地獄絵図。

 通称、掃除。そう言われていた。それは純血を保つ為に不純物を排除する事。

 思想の違いや性別の違い。病気、障害、年老い……躰の大きさや躰の強さや弱さ等々……。

 様々な項目をまるで魔女狩りのように当て嵌めて絵踏みして、魔女であれば完膚なきまでに排除する。

 そして……その排除する対象の中に鴉の大切な華がいた。

 華はその排除に疑問を抱き、国に声を上げた。国のやる事なす事に疑問を持つ事など赦されない筈なのに。

 そう。国に楯突いたとその華は鴉の見ている前で殺された。

 それが始まりの出来事。



 繰り返される過ち。あの日の繰り返し。

 華を失うその為の物語。



 鴉には箱庭に関わる事を赦されてはいない。ただ、命を監視し、報告するだけ。

 けれども、一人の鴉は違っていた。

 何度も何度も命に興味を持ち、華に話し掛けた。

 華が亡くなれば、忘れられた場所でその華を弔う。それはまるで“命”のように。



 そして……ある日、事件が起きた。

 それは鴉を梟鴉(きょうが)へと変える事件。




 ナンバーで呼ぶ世界も戦争や差別……種族間で起こるものも体験した。様々な世界、様々な箱庭を経験した鴉。そして、鴉は気付いた。

 理不尽な理由で殺され、犠牲になる華達。

 華は箱庭ではヴィクティム────犠牲者と呼ばれていた。

 それは生贄の子羊のように命の為に犠牲を背負うもの。

 そう、鴉が大切に想う華達は皆、死ぬ為に生み出された命だった。


 だから……それを変えたくて。

 そう。死ななければいけない命なんてないと説くのなら、華を生かしてもバチなど当たらないだろう?

「なぁ……“造物主様(かみさま)”」



 雪のような……けれど、螢のように光るものが降る、真っ白な紙のような世界。

 日常の中で、誰も彼もがその世界に気付かずに通り過ぎていく。

 其処に一つの影。

 それは箱庭の監視者である鴉のような真っ黒な姿をしていたけれど、梟のような鎌を携えていた。

「……嗚呼……あなた様、華の為にそのサダメを、役割を代わって下さいますか?」

 呟くように落とされたその言葉は誰も拾わずに……命を浚っていった。


 変わりますように

 鴉が梟の真似事をして願って捧げた(いのち)

 けれど……華は微笑わない

 それどころか哀しく微笑みを向け……


 時は変わる事なく華を犠牲にし

 穢れた命は 相変わらず 愛を知らずに 自らだけの想いの正義を他者に押し付けた

 絶対悪となった正義を


 鴉は段々と梟へ堕ちていった。

 それはやがて、造物主の怒りを買い、煉獄の中へ。怒り、憎しみ……抱いた感情の先、鴉は梟と交わり梟鴉(きょうが)と呼ばれる存在になる。

 そして……何時からか梟鴉(きょうが)は命の間で生死を司る監視者と言い伝えられるようになった。



 真っ白な世界。

 其処に降るのは世界と同じ、穢れなき白の紙。

 其処で待つ人影────梟鴉(きょうが)は願う。

 もうこれで物語が綴じますようにと。

 儚き華が“犠牲”にならない世界へ。

 誰もが特別で誰もが死ななければいけない命でないように……と。

「誰もが理不尽な理由で自由を奪われ、縛られ、殺される世界なんて赦さない」

 その身を焼いた業火が命を、箱庭を、未だに焼き続ける。

 災害、戦争……いじめや虐待。酷い残酷な事件。

 それが全て終わるには、私達が変わらなければ“誰も幸せになれない”。そう、叫ぶようにそれらは未だ、梟鴉(きょうが)によって問い掛けられる。



 真っ白な世界。

 其処に降るのは世界と同じ、穢れなき白の紙。

 其処で待つ人影────梟鴉(きょうが)は願う。

 もうこれで物語が綴じますようにと────────。



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