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【短編】週末の子〜泣き虫だった少年がスパダリ変態に進化した〜

作者: 嘉幸



 私はなんでも宝箱にしまっておく癖があった。


 大きな宝箱。昔夢た映画で、夢みがちなヒロインの女の子が大きな海賊の宝箱にたくさんのおもちゃとぬいぐるみを入れているのを見て、私が両親におねだりしたのだ。


 部屋の隅に置かれた宝箱は、いつか素敵なものが突然出てくるんじゃないかと私をワクワクさせてくれる。

 それは17歳になった今でも、変わらない。


 それは私の目の前に突然現れた。


 夏休みが始まって、まだ数日。

 暇を持て余した高校生の、なんでもない週末夜の20時。



「う〜ん?」


 ゴロリ、とベッドの上で転がってインターネットの海を浮遊する。


 夏休みの学生の摂取しなければならない情報は多すぎるのだ。あ、これ美味しそう。

 タップすれば可愛い色の涼やかなパフェの写真がずらりと並ぶ。財布の中身を想像して、気分はガクリと下がってしまった。


 コンビニ菓子は買えるが、可愛いパフェは買えないしょぼしょぼな金額しか入っていないのを思い出す。


 はぁ、と息を吐いて、携帯も放り出し、ひんやりしたシーツに沈んだ。冷たい。気持ちいい。うとうとし始めた時、カタン、と音が鳴った。





「———う……ぐす、ぐすん」


 (……うん?携帯から音漏れ?)

 誰かの声が小さく、微かに聞こえる。


「……ぐすん、ううう」

「え!?」




 耳をすますと啜り泣く声が、部屋の中から確かに聞こえた。思わず携帯を見るが、画面は真っ暗。音が漏れている、なんてこともない。


 押し殺したような鳴き声が、部屋のある場所から聞こえて来た。

 宝箱の中だ。

 今思えば果敢だった。

 いや、無謀とも言う。

 馬鹿だったかもしれない。


 がばっ、と宝箱を思い切り開き、身構えると、そこには、両腕を鎖で繋がれた天使のような見た目をした少年がちょこんと丸まって泣いていた。



「ぉ? ……だ、誰ぇ……??」


「……っ」



 ポカン、と驚愕と恐怖で絶句した可愛らしい少年が大声を出そうとしたところでバタン、と宝箱を閉めた。非道な仕打ちだと罵ればいい。しかし、気が動転した私の判断力はほぼゼロだったのだ。無罪は勝ち取れる。


 そっと宝箱を開けると、不思議なことに宝箱の中には誰もいなかった。クッタリとしたお気に入りのウサギの人形が少しばかり濡れている、それだけだった。


 まさかのホラーのような展開に、ほんの少し背筋が凍る。ひょえ、なんて情けない声が出たのは秘密だ。ついでに言うと腰も抜けた。


 これが、少年と初めて出会った時のことだ。









 それからと言うもの、週末になると天使のような少年が宝箱から現れるようになったのだ。



 いつも腕に鎖をつけられていて、ちょっと怪我をしている。不思議な少年だ。


 初回こそ幽霊か何か、もしかしたらすんごい超能力的な能力が爆発して特殊能力に目覚めてしまったのかも、なんて考えたが、それは昨夜見た映画こそ成立するが、現実世界には起こらない。


 事実、私に起こっているのは宝箱が期間限定期間限定、週末限定の特定の子供を出現させる人攫い玉手箱に変身したくらい。


 そんな事を考えられるくらいには、私の中でドキドキが勝っていた。


 これはこっそり、親には内緒だ。

 宝箱に再び入ると消えてしまう少年は、不謹慎ではあるが週末の私の楽しみになっていた。


 2度目3度目はおっかなびっくりだったが、4度目ともなる今回は待ってましたと言わんばかりに宝箱の前で待機していた。正座だ。やめろ引くな。


 彼の名前はアラン。

 年は……何故か前回とも、前々回とも説明された年と違うが、うんまぁいい。

 男の子って成長早いもんね。めちゃくちゃ小さかったのに、あれ、もう目線が近いね?


 期待と、戸惑いの目が私を見上げてくる。


「う、え、今日も、いい……の?」


「うんうん。食べな食べな。美味しいんだよ〜、涙もどこかへ行っちゃうよ」


「ありがとう……んん!?お、美味しい!!」


「ふふふ、そうでしょうそうでしょう」


 ぱぁ、と明るくなった顔には傷がたくさんあった。

 小さな傷がいくつもいくつも。

 金髪の艶々の髪だって少し千切れた跡がある。

 カチリカチリ、鎖が鳴った。

 ハッとして視線を髪から外せばアランくんと目がかち合う。何度見てもうっとりするほど綺麗な瞳は空色で、本当に天使なのかもしれない。

 頬の傷が痛々しいが、涙は止まったようだった。

 プリン様様である。

 ちなみに前回はポッキーだった。

 しかしどうやら口の中が切れていたようでものすごく痛そうだったので今回は流動系にしておいた。


 キラキラと目を輝かせてプリンを大事そうに食べる様子をホクホクと観察する。そんなに美味しそうに食べてくれるなら、用意しがいがある。来週はアイスかな。好きかな。


 カチカチと鎖がぶつかり、腕に目がいく。少し手こずりながら、スプーンをうまく使いプリンを口に運んでいる。器用なんだなぁ。腕は鎖が擦れたせいで擦り切れて赤く腫れている。随分とその部分だけが物々しい。



「気になる、よね」


「あ、ごめん……」


 また目が合う。

 コトリ、と食べかけのプリンがテーブルに置かれると、半分になり細身になったプリンがぽてんと横になる。


 明らかに言いにくそう。

 子供に気を使わす高校生……控えめに言って最悪だ。自分の不躾さに胸を抑える。ごめん……。



「……僕、魔法を失敗しちゃったんだ」

「まほう?」

「そうだよ。人より力が大きいんだって……だから、これ」


 アランくんが腕を持ち上げると、カチャリと金属が擦れ音を立てた。

「この鎖で魔法の暴走を抑えてる。じゃないと僕だけじゃなくて周りの人も怪我しちゃうから」


「そうなんだ……」


「上手くは行ってるんだと思うんだ……もう少しなんだと思う」


「そう、なんだ」


 ツキン、と胸が痛い。

 あれ、なんで。上手くいくならそれはアランくんにとってすごくいい事なんじゃないか?だって腕につけられた鎖も、怪我も、暗い場所に閉じ込められることもない。


「でもね、多分上手くいってるから、そのせいでだんだん繋がらなくなってて……」

 

 え?私、勝手に傷ついてる?

 だってだって、そんな馬鹿な。

 身勝手すぎない?

 嫌なことが終わるのは良いことだ。私が寂しいからってガッカリするなよ。私。


「だから、お姉さん、僕」


 なんて酷い、醜い考えだ。


「もっともっと会えるように」


 アランくんが失敗して宝箱からやってくるのを喜ぶなんて、自分のことしか考えてない、とんだ外道だ。


 アランくんの成長を祝ってあげなくちゃ。


「繋げられるように頑張るね!」


「そっ、か……うん、頑張ってね……!」


「うん! うん! 本当は、離れたくないし、こっちに連れて行ければ良いんだけど、今の僕じゃ……でも頑張るね! 大好きなお姉さん! じゃあ、またね、絶対またね!」


 バイバイ、と鎖を鳴らしながらも小さく手を振り開いてあった宝箱にすっぽりと入っていく。

 パタン、と宝箱の蓋が閉まる。


 しばらくそれを見送ると、虚しさと寂しさがポツポツと雨のように降り注ぐ。真夏だと言うのに、指の冷たさがなんだかしんどい。


 宝箱の蓋に手を伸ばしてそろりと開けてみる。キィ、と蝶番から古びた音がする。そこには真っ暗い空間しかない。


 アランくんがデザートで喜ぶ姿をもう見れないのは寂しいし、このミラクルな逢瀬が終わるのは悲しいけど、成長を応援してあげなくちゃね。












 アランくんが「もう少しだと思う」と言う宣言、もとい、決意表明をして数週間、やはり言葉通り彼は現れなかった。有言実行のできる、将来有望な少年である。


 胸にドーナツのようにぽっかりと穴が空いたみたいに、スースーする虚しさにどんよりと、ぼんやりと夏休みの後半を過ごした私なんかとは違う。


 夏休み、最後の日。

 彼が現れていた日でもなければ週末でもなんでもない。彼が現れる日に規則性は二つ。週末、そして20時。

 今は週末でもなければ、20時でもない。


 それなのになんとなく宝箱を見てしまう。

 あの不思議な時間はなんだったんだろう。みるたびに明らかにおおきくなっているあの少年は今はそれほど大きくなっただろうか。きっともう会えないだろうに、そんな事を考えてしまう。重症だ。アランロス。


 もう、この宝箱も処分しちゃおうかな。

 小さな頃から使っているから、ところどころ金属が錆びてきて、木製のボディーはキズだらけで色褪せている。読んだらランプの精みたいに出て来てくれないかな、なんて。夢みがちな事を想像しておかしくて笑った。


「アランくん……なーんて、あはは」


「呼んだかい?」


「!!」


 キィ、と錆びた金属が擦れる音を立てて、宝箱が勝手に開いていく。大きな手が、蓋を持ち上げ、光の粉が箱からこぼれ落ちる。


 にゅ、と腕が伸びて来て私の体を抱き寄せた。

 金の髪がサラサラと風と遊ぶのが目に入る。

 懐かしい色。大きな体が私を包み込み、なんだかほんのり良い香りがする。視界いっぱいに広がっているのは、質の良い艶々の生地。つるりとした感触が頬に触れる。


「あら、ん……くん?」

 恐る恐る予想を立てた人物の名前を呼ぶ。

 この宝箱から出てくる人間なんて一人しか知らない。

「はい、僕です。お姉さん」


 ああ、やっぱり!

 

 会えて嬉しいと思う気持ちと、なんだか前に聞いた声とも違う気がするし背が大き過ぎる気がするな、と言う疑問がぶつかって戸惑いが勝つ。

 素直に喜べない。困惑の声が頭の中を埋め尽くしていく。


「えぇ……?」

 ついに口からも漏れた。

 

「ふふ、よかったよ。この箱が捨てられていなくてホッとした……」


 きゅうと抱きしめる力が強くなり、温かな体温が伝わってくる。私の戸惑いには気付く様子はない。


「すんすん、うわぁ、お姉さんだ、夢みたいだ、頑張った甲斐があったよ……あ、抱きしめても良いかい?」

「ちょ、匂いを嗅いだの!? てかもう抱きしめてる!」

「ああ、ごめんね、我慢できなくて……大好きなお姉さん、会いたかったよ」


「あれ?そんな性格だ……た……あ?」


 いや誰だよ。


 信じられないレベルのイケメンが目の前に居た。肩口で切り揃えられたツヤッツヤの金色の髪の毛、大粒の宝石のくっついたなんかおしゃれなピアス。長いまつ毛に、興奮でキラキラと輝くのを抑える様子もない青空の瞳。シミ一つない絹肌は白くて、でも不健康な白さじゃない。

 チカチカと目から星が飛び出しそうなほどに眩しく美しい男性がそこに居た。

 

「は!? だれ!?」

「え?僕だよ、アランだよ」

「こんなお兄さんじゃなかった!」


どんどん近づく男性の顔に耐えきれず、思わずイケメンから距離を取ろうと、体を引いたが、びくともしない。


 力が強ぇ……。


 キョトンとしたアランくん(仮)は、そうだった、と思い出したように自分の姿と私を見比べる。


「ああ、そうだった。こちらの時間軸は僕が来なくなってそう経っていないんだったかな?」


「時間軸?」


「そう、同じだけ時間が経ってたらお姉さんが僕を忘れちゃうかもしれないし……それは悲しいでしょ?」


 なんでもないようにアランくんは言い切る。へらりと笑う顔は、確かにプリンを食べて喜んでいた私の知っているアランくんの顔だった。


「ふふ、僕頑張ったんだよ?10年もかかってしまったけど、力もコントロールできて空間を捻じ曲げるのに成功したんだ。まだ一人か二人を移動させるくらいしかできないんだけどね……姿は変わってしまったけど、僕が僕なのには変わらないよ、ねぇお姉さん。大きくなった僕は、嫌い?」


 アランくん(仮)は自分のビジュアルをよくよく理解しているのか、まさにあざとかわいい天使の如き仕草でこてんと首を傾げ、そのあざとさに恐れ慄く私を覗き込んだ。

 ほんのりピンクに染まる頬、潤んだ瞳。

 私は首を振ることしかできなかった。のである。計画的犯行、完全犯罪と呼んで然るべき。


「ありがとう!」


「あんな事故みたいな形じゃなく、お姉さんといつでも会えるように頑張ってよかった……。僕ね、国1番の魔術師になったんだよ。全部お姉さんのおかげ」


「わ、私!? 何もしてけど!?」


「そんな事ないよ!僕の事化け物だって言う人たちばっかりで、毎日怖くて、悲しかった……お姉さんと過ごせた時間がなかったらきっと僕は耐えきれなくて国を焼き尽くしていたよ」


「ひぇ」


 ぼんやりと何もない空間を見つめるアランくんからとんでもないワードが出て来た。目が死んでいる。その仄暗い告白に思わず悲鳴が漏れたが、それが聞こえていないのか、聞こえたからなのか、タイミング良くパッと私に向き直った。

 まるで小さかったアランくんの頃のように頬を赤らめて幸せそうに目をとろんとさせて微笑んだ。目に暴力的な美しさ……目が、目がぁ……。


「お姉さんのためなら何年でもかけれるし、なんでもできるよ。そのためにいっぱい稼いだし、誰にも文句言われないような地位も手に入れたんだ!」


「わぁ、すごいねぇ」


 半分くらい何言ってるかわからなかったが、アランくんが嬉しそうなので、そのツヤッツヤの髪の毛に指を通して撫で付ける。


「ふふ、嬉しいなぁ、お姉さんの手だぁ」


 猫のように私の手に擦り寄るような仕草をすると、彼の腕が私の手を掴む。

 そして、手首に流れるように、形の良い唇が触れた。つい「ひゃ」と声が出るが、手を離す様子もなく、アランくん瞳が楽しげにゆらめいただけだった。

 顔に熱が集まっていく。


「好きだよ、お姉さん……」

「ま、またまた〜」


 上擦った声が出た。それを聞いて楽しげに笑うアランくんの声が聞こえる。くつくつと笑う低い声がなんだかお腹に響いて、変な感じだ。まともにアランくんを見ることができない。


 布擦れの音がして、ピクリと体が反応する。ふ、と耳元に空気が掠めてくすぐったい。そのくすぐったさに身を捩るより一層アランくんは嬉しそうな声を出す。

 恥ずかしさとくすぐったさで変な声が出てしまうそう。


「大好き、お姉さん……お姉さんに好きになってもらえるようにいっぱい、色んな事してあげるから、楽しみにしててね」


 耳元でふにりとした感触がして、思わず「あ」と声が出た。クラクラする。顔はきっと真っ赤だ。茹で蛸くらい真っ赤になってるはずだ。

「良い匂い」なんて声が聞こえる。そこは耳ですが!?


「わわわ、あんな純粋で可愛かったアランくんがっアランくんがっへ、変態に!」


「え?やっと会えた好きな人を隅々まで堪能したいのは誰でも一緒だよ。それと良い事教えてあげる……小さかった僕も、お姉さんに邪な思いくらい抱いていたさ」


「あー! 聞こえない〜聞こえない〜」


「全然お姉さんが足らないよ。10年間思い続けてたんだ、覚悟してね」


 アランくんはとびきりうっとりする様な笑顔を浮かべて、嬉しそうに私の頬を指で撫で付けた。そして、カプリ、と私の首筋に優しく噛み付いた。歯が皮膚に擦り、唇の柔らかさに震えた。ふぇ、と信じられないくらい腑抜けな声が出て、違う意味で震える。



 傷だらけで痛々しく、泣き虫だった少年は、たった数週間で私を色気で振り回す変態スーパーイケメンになって帰って来たのだった。

 不思議な少年は刺激的で、少し意地悪。私の心を揺さぶって仕方がない。


 アランくんがこちらの世界に来るようになり、自然な流れで父や母と仲良くなって、熱烈なアピールによって婚約を結ぶことになった。このご時世に婚約者って、なんて思ったが、そんな非日常も良いのかもなんて思う。少しお嬢様になった気分だ。気恥ずかしい。


 夏休みに起こった不思議な話はここでおしまい。

 これからは私と、大人になったアランくんの物語が始まっていくのだ。


 





おしまい



泣き虫だった男の子が、異世界より完全無欠のスパダリになって帰ってくるお話でした。

気に入っていただけると嬉しいです。


面白かった、読了したよ、というしるしで広告下より★★★★★評価、ブックマークなどいただけると嬉しいです。


なにとぞよろしくお願いいたします!


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