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その転生者、旅に出ず。

「冗談でしょう? いや、しかしその出で立ち……そして隠しきれずに全身からあふれ出すかのような力。あながち嘘ではないのでしょうか……」


 目の前に座る男に、アランは興味津々だった。こんなことは十七年間の人生で初めてだ。

 それと同時に、この相手には勝てないかもしれないと、心の奥底で警鐘が鳴り響いている。


「まぁ、嘘なんかついてないぜ? ただ、ぶっちゃけ俺も自分の状況がよくわかってないんだよなぁ……」


 サラサラの黒髪をかきむしりながら、照れくさそうにはにかむ少年。国内ではあまり見ない顔立ちで、どこか遠くの離島の出身であれば、こういう人間もいるのかもしれない。

 場所はいつものアランの屋敷の応接間、対面しているのはいつものような勇者の仲間への加入希望者。


 ……そんな、いつもの日常だったはずの出来事は、今目の前にいる少年と対面した時点で全てぶち壊された。


 規格外。


 そうとしか言いようがないようなその少年は、自分の事を「どこか違う世界から来た……えーと、異世界転生者って言えば伝わるのか?」と自嘲気味に笑ったのだった。


 異世界転生。そんな話が本当にあるのだろうか。

 目の前にいる彼、タナベシンイチが言うには、国王お抱えの宮廷魔術師による召喚の儀式が執り行われ、この世界に招かれたのだという。


 それはやはり、勇者であるアランの働きに不安があったからだろうか。

 しかしながら、タナベシンイチもアランと考えは同じであった。


「いきなり魔王を殺せって……虫さえも殺したくないのに、ねぇ?」


「全く同感です」


 突如として召喚された異世界。本人も知らないほどの反則級の力が備わっていたらしく、彼にも魔王討伐の命が下る。

 だが、十七歳という若さの彼は、訳も分からないまま魔族を倒すなどということは拒否し、その結果、アランと話してみて欲しいということでこの場所を訪れたという経緯であった。


「とりあえず来てみたけど、俺はその……勇者さんにも言いづらいんだけど、ぐうたらしてたいんだよな」


「……!」


 アランの顔に光が差す。これは強力な仲間、それも本当の意味での仲間が増やせるチャンスではないだろうか。


……


……


 時は二週間ほど遡る。

 王都セレンティエーゼ、王宮内。その地下に作られた、悪魔の召喚にでも使えそうなほどの六芒星を描く巨大な魔方陣。


 薄暗いその広間には、六人の魔術師たち。いずれも王宮に仕える凄腕の魔術師たちだ。彼らは真っ白なフードを被った法衣姿で、それぞれが巨大な六芒星の頂点の位置に立ち、中心を見ている。


「では、始めましょうか」


「うむ」


 その中の一人、リーダー格らしき男が言葉を吐くと、広間の隅で見守る、老年の男性が返答した。

 老人の白髪頭の上には金色の王冠、そして深紅のマントを羽織り、手には黒曜石の王笏が握られている。


 セレンティエーゼ四世。王都の名と同じ名前を名乗れるものは、この世界にたった一人しかいない。

 この場にいるその老人こそが、現国王、セレンティエーゼ四世その人であった。


 そんな国王に見守られる中、魔術師たちが集中して両手から淡い光を放ち始める。


「「はぁぁぁぁぁぁっ!!!」」


「「うぉぉぉぉぉぉっ!!!」」


「「あちょぉぉぉぉっ!!!」」


 なにやら気の抜ける掛け声も混じっているが、本人たちは大真面目だ。

 彼らが執り行っているのは、異世界からの英雄召喚。王宮の書庫で発掘された、とある書物の中に記されていた、黴臭く埃を被ったような眉唾ものの夢物語。


 だが、研究者からその知らせを聞いた国王は、すぐさま魔術師たちを招集してその儀式を行うように命を下した。


 その本曰く、「異世界よりの使者、英雄となりてこの世の邪なるもの全てを滅せん。その手、空を裂き、その足、地を割るほどの豪傑なり」とのことであった。

 国王としては、勇者アランの存在を疑っているわけでは無いのだが、保険として、もう一人の英傑がいても悪くはないだろうとの判断である。

 そもそも、儀式が成功するのかどうかも半信半疑だが、やるだけやってみようというわけだった。


 ぱぁっと、まるで後光が差す神が舞い降りたかのような、柔らかく、温かく、それでいて強烈な光がこの陰湿な地下室内を照らした。

 稲光のように目をくらませるものではなく、明るさの中でもぎりぎり視力を維持できるほどのものだ。


「……」


 魔方陣の中心、魔術師たちが取り囲むその場所に、一つの人影。

 跪くような体勢で、今までこの場にはいなかったはずの人物が確かにそこにいた。


「まさか!?」


「陛下、成功です! 英雄様が召喚されました!」


 真っ先に声を荒げた国王に対し、魔術師のリーダーが返答する。


 召喚されたのは黒髪の少年だった。見慣れない黒の上下の服。前止めされた金色のボタン。この世界の住民は知る由もないが、それは学ランと呼ばれる学生服であった。


「……は? どこだここ?」


 気だるそうに言った言葉は、確かに日本語ではあったが、なぜかこの場にいる全員に母国語の音声として伝わった。


「おぉ……! よくぞ! よくぞおいで下さった!!!」


 国王が感激し、涙目になりながら少年に近づく。

 空気を読んでか、薄暗かったはずの地下室には、いつの間にか煌々とした明かりが焚かれていた。


「えっ? 誰……? 爺さん? いや、冠が乗ってるから王様だったりするのか?」


「えぇ、えぇ! 余はセレンティエーゼ四世、この国の王を務める者ですぞ!」


「マジで? 何の冗談だ、これ? 俺、学校帰りの電車の中だったはずなんだけど。異世界転生系の夢か?」


「さすがは異世界から来た英雄! 既に自身が呼び出されたという状況を理解されたか!」


「は、はぁ」


 涙目の王様に、笑顔や泣きっ面で拍手をしている魔術師みたいな連中が数人。

 異世界に召喚された高校生、タナベシンイチは困惑する他なかった。


……


「なるほど? 魔術は存在しない、と」


「あぁ、俺の世界にはそんなものはないよ」


 場所を地下室から王城内の応接間に移し、国王、大臣らに囲まれて軽い詰問を受けているところだ。


「英雄英雄って言われても、何か特別な力があるとは思えないんだよな。というか、帰れないのこれ?」


 タナベシンイチはなんとも無気力な少年で、とにかくすべての物事が面倒だと感じる類の人間であった。

 元も世界の実生活でも、学校と自宅を行き来するだけの生活であり、将来の夢やつきたい仕事もない。友達もほとんどおらず、恋人などいるはずもない。

 背格好は中肉中背、顔などの容姿も普通、学力や体力はどれをとっても平均点。そんな、どこにでもいるような、何の特徴もない男子高校生である。


 趣味もなく、休みの日は寝るだけ。異世界ものに精通しているというわけでもなく、たまたまテレビで見たアニメに異世界転生とかいうものがあったな、といった程度の知識である。


「では剣術、体術などが得意なのでしょうか? ここに来て下さったということは、天下無双の豪傑であるはずですぞ! 帰るなど仰らずにお力をお貸しください!」


 国王に代わり、禿げ頭の大臣が唾を飛ばしながらタナベシンイチに力説する。

 そうは言われても、自分が英雄だという感覚はない。確かに異世界転生したのかもしれないが、魔術や剣術、体術なんてどれも彼には縁遠いものだ。


「いや、別に……喧嘩なんてやったことないしなぁ。てか、マジで帰れないんだ。めんどくせぇなぁ」


「喧嘩ではありません! 剣術、体術です! 魔族を倒すのになんらかの力は必須! 先代勇者様は魔術に明るい方であったと聞き及び、当代の勇者様は剣術が達者でいらっしゃいます!」


「……当代の勇者がいるなら、ソイツに魔王討伐させりゃ良いじゃん。俺なんかお呼びじゃないんじゃね?」


 勇者アランの体たらくなど知るはずもないシンイチからは、当然の返答が飛んだ。


「それはその……確かに仰る通りなんですが、勇者様にもしものことがあった時といいますか」


「替え玉か保険みたいなもんか? 気持ちは分かるけど、俺にそんな力なんてありゃしないって。剣なんか握ったこともないのに」


「よろしいっ!」


 しばらく黙っていた国王が、バンッ、とテーブルをたたきながら立ち上がった。


「そこまで言うのであれば、模擬戦でもやってみてもらおう! おい、誰かっ! 騎士を何人か集めてまいれ!」


「ははっ!」


 応接間にはシンイチと国王、大臣の三人だけだったが、扉の外に控えていたのであろう誰かの返事があり、すぐに走り去っていく足音が聞こえた。


 模擬戦、剣道の試合みたいなものだろうか。別にやっても良いが、十中八九自分が負ける事で周りに落胆され、英雄としてお役御免となるだけだろう。

 シンイチはやるせないため息をついた。


……


 またまた場所が移動し、セレンティエーゼ城内の試合会場。これはアランが戦士長に会う時に訪れた、城下町にある詰め所裏の訓練所とは異なる。


 王の御前試合と呼ばれる、由緒正しき試合にのみ使われる立派なもので、上座には玉座、周りには観覧席があり、中央の石床にラインが描かれた正方形の試合場があるといったものだ。


 シンイチに対面するのは三人の若き騎士たち。名のある強者ではないとだけ聞いているが、それでも男子高校生が相手をするには強すぎる戦士だ。

 その三人のうち、誰かがシンイチと戦うらしい。


「こちらの木剣をお使いください」


「はぁ」


 大臣から手渡される、両手持ちの大ぶりな木剣、せめて竹刀や木刀であれば握った経験くらいあったが、こんな大きなものを振り回すのは生まれて初めてだ。


 そして、なぜだか分からないが、防具の類は一切着せられていない。騎士たちも兜だけは脱いでいるが、甲冑は身に着けている。

 つまり、シンイチはどこを打たれても大怪我は免れない。


「まぁ……いいか。重くて動きづらいだろうし」


 騎士たちにも三本の木剣が手渡され、いよいよそのうちの一人が前へと進み出た。


「本当にこんな少年に打ち込んで良いのでしょうか、閣下。英雄様とは聞いていますが、自分にはどうもそうは思えず……」


 改めてその騎士が大臣に確認を取ると、大臣は無言でうなずいた。


「では遠慮なく。痛いとは思うが、恨まないでくれよ!」


「俺も自分が英雄だとは思ってないんだよなぁ」


 大上段に振りかぶり、騎士がシンイチへと向かって突進してきた。さすがにあれを脳天から食らって頭を割られてしまうのは嫌だ。

 振り下ろされる木剣に合わせ、映画やアニメの見よう見まねで両手持ちの木剣を左へと振り払った。


 ゴォッ!!!


 刹那、突風にも似た轟音が巻き起こり、シンイチの降った木剣は騎士が振り下ろした木剣を真っ二つに切り裂いていた。


「なっ!?」


「は? なんでこうなるんだよ。こわっ」


 短くなった木剣を見つめて目を白黒させる騎士と、訳が分からず狼狽するシンイチ。

 どうやら、異世界転生者がチート級の恩恵を受けがちだという話は本当らしい。もしかしたら魔術も使えたりするのだろうか。


 からんっ、と切断された木剣の先端が地面へと落ちる。


「おおおぉっ! さすがは英雄様じゃ! 見事なり、見事なりぃっ!」


 興奮した国王が玉座の手すりをバシバシと叩きながら興奮している。

 近くにいた大臣も大喜びだ。


「これは……御見それいたしました。剣ではなく私の身体に当たっていたらと思うとゾッとするよ」


「俺も同感だ。こんな力、俺が持っているはずないんだけどな」


「では、試合はここまでとしましょう! お前たちは下がって良いぞ! ただし、くれぐれも英雄様、タナベシンイチ様の話は口外しないように!」


 大臣の一声で、騎士たち三人は下がっていった。


……


 その後は数日に渡り、シンイチは武器を槍に持ち替えたり、弓を使わせてもらったりした。どれをとっても腕前は一級品で、斧や大槌など、持てるはずもない巨大な武器でさえも軽々と扱って見せた。

 もちろん、それらを使った経験などあるはずもないのだが、不思議と身体が勝手に動いてくれる上、力もどこからか湧いてくる。

 今の身体であれば自動車だって持ち上げられるかもしれない。そのくらいの怪力だった。


 ただ、常に馬鹿力を発揮するというわけでは無く、たとえばティーカップを持っても粉砕してしまったり、扉を開ける際にドアノブを引きちぎってしまったりと、そんな加減すらできないわけでは無い。

 そうなれば非常に生きづらいので、この点は安心だ。


 しかし、残念なことに魔術は使えないようだった。

 王宮には食客待遇で迎えられ、シンイチを召喚した魔術師を一人、お付きにしてもらったのだが、彼からいくら魔術の基本を習っても、火種一つ起こすことが出来なかったのだ。


「英雄様……非常に申し上げにくいのですが、魔術の才はお持ちではないのかもしれませんね」


 それが魔術師の出した結論だ。シンイチもそれには同意である。


「異世界から召喚された英雄……ね。万能な勇者じゃないってところがミソか。バトルマスターとかそんな立ち位置なんだろうな」


「バトルマスター? 武術の達人とか、そういう意味でしょうか。何だか心地良い響きですね」


「でも、魔術の稽古も自分なりに続けてみるよ。ありがとうな、魔術師の兄さん」


 それからさらに数日。いよいよ扱う武器も無くなり、城での生活は退屈になっていたシンイチ。いつしか、ごろ寝しているだけの生活へと変化していった。


 今の強さがあれば最初の願い通り、魔族を倒して回ることも可能だろう。しかしシンイチは争い事が嫌いだ。

 とはいえ息がつまりそうなので、退屈しのぎに馬術でも覚えて城下を散歩しようかと考えていたところに、王の使いがやってくる。


「英雄様、陛下がお呼びでございます」


「王様が? 魔王なら討伐しないよ」


「こちらへ」


 有無を言わさない様子の兵士に付き従い、玉座の間へと向かう。


「参られたか」


 試合場とは違う、立派な黄金の玉座。それは数段上にあり、シンイチは跪く形で国王と謁見する。

 特にプライドが高いわけでもないので、このくらいの所作など平気で受け入れられた。


「そりゃ呼ばれたからな。そんで王様、俺に何か用? 魔王の討伐クエストだったらお断りだぜ」


「ううむ、やはり気持ちは変わらぬか。当代の勇者の話は覚えておられますか?」


「あー、確か剣術の達人だっけ」


「うむ。剣だけではなく槍も弓も魔術も凄腕だな。彼に会ってみては如何かな? お互いに良い刺激になるのではないだろうか」


 つまり、魔術が使える分は自分よりも格上というわけか。魔王討伐に興味はないが、確かにその勇者とやらに会ってみたら面白いかもしれない。

 勝負をするかはともかく、仮に勇者に勝ってしまってシンイチが最強になった場合も面白そうだ。元の世界に帰れそうにない時点で、のらりくらりと生活するくらいしか目標はない。

 最強すぎて誰にも文句など言われなくなるのは利点だろう。


……


……


 そして、シンイチがアランと対面する現在の状況へと話は戻る。

 シンイチのここまでの経緯をしっかりと聞き、アランは概ねの話を理解できた。


「貴方の置かれている状況はよくわかりました。えぇと、一応聞いておきますが、僕と手合わせをお望みでしょうか?」


「ん? あー、うーん。最初はやりたかったんだけど、今は正直どうでもいいかな」


「良かった。決着がつかないような気がしていたので、僕もお断りしたいところでした」


 視線をやらずとも、後ろに控えるヴォイチェフやマチルダが息をのむのが伝わった。アランは勇者であり、最強。それを自ら覆すような発言であったからだ。


「そうなんだ? 勇者って言うからには、俺なんか木っ端扱いできるくらいに最強なんじゃねぇの?」


「確かに腕は立ちますし、幼い頃を除けば誰にも負けたことはありません。しかし、僕と同じくらいの規格外な力を貴方も持っている。それは感じませんか、タナベシンイチさん?」


「シンイチで良いよ。俺はあんまり、強者を見抜くような感覚は持ち合わせてないんだよな。ただ、何となくアランとは気が合うような気がしてるよ。魔王魔王って何十年も言われ続けてきたら嫌気もさすよな。俺なんて数日だけでもめんどくせぇって思ってるのに」


 アランの瞳がキラリと輝く。


「お、おおおおおおおっ! 分かってくれますか! シンイチ! 貴方とは親友にさえなれそうだ!」


「ははっ、当代の勇者と異世界から来た英雄が手を組むって? それって無敵じゃん。無敵な割に魔王は倒さないんだけどな」


「ここ最近で、こんなに嬉しかったことは無いよ」


 とうとうアランは確信する。彼は仲間だ、味方だ、完全に自分の意思を理解してくれる同類であり同士だと。


「ところでシンイチ、ちょっとした相談があるんだけど、乗ってくれないかな?」


 同い年であるらしいシンイチに対し、アランは気軽な口調に切り替える。


「相談? 俺にできる事なら協力はしてやるが、この世界では新参者だし、大した力なんてないと思うぞ? それこそアランの方が強いんだろうし」


「何を言ってるんだい! 君ほど頼りになる存在は居ないよ! それで、えっと……爺、マチルダ、少し席を外してくれると嬉しいんだけど」


 相談というのは他でもない。如何にして国王や大臣が放ってくる勇者の仲間入りを目指す連中を差し止めるか、だ。

 既にちょっとした刺客として盗賊のキャシーを放ってはいるが、シンイチの協力があれば、完全なる平穏を手に入れられるような気さえしてくる。

 人生をサボるために張り切って頑張るというのも矛盾しているが、こんなにワクワクしたことは無い。それもこれも、シンイチという対等な仲間を得たことが大きい。


「それではごゆっくり」


 ヴォイチェフとマチルダが苦い顔をしながらも、一礼して退室していく。


「実はさ……」


 ここから、今までにアランへ仕向けられた数々の仲間希望者の話が始まる。

 アンドレイやマチルダ、リリー、キャシーなども含め、総勢は数十名となる腕利きの人間たちの話だ。


 小一時間ほどの時間をかけ、いかに自分が旅立ちたくないか、いかに面倒だと思っているのかを誠心誠意伝えていった。


「……そうか、勇者だって苦労してるんだな。俺もさ、無気力で基本的には何にもやりたくない人間だから、その気持ちは痛いほどわかるよ。それが、生まれながらの勇者だったのであれば尚更だよな」


「分かってくれるのか! 僕の苦悩の日々を! いるかどうかも分からない魔王を討伐しろって、来る日も来る日も良く分からない英才教育を受けてさ。うんざりだったんだよ」


「逃げ出したくもなるだろうな……聞いてるだけで気が滅入ってくるぜ。ただ、その力自体には感謝してるんじゃないか?」


「力に? それはどういう……?」


 感謝という、意外な言葉が出てきてアランはきょとんとする。


「だってよ、確かに外野が鬱陶しいってのは変わりないかもしれないけど、アランがもし弱かったらその事実からは逃げられなくね? 今はある程度の強さ、というか最強だから、アランに強制的な処置を取れる人がいないわけじゃん」


「つまり、勇者として生まれたものの、そんなに実力がなかった場合って事?」


 シンイチは知らないので仕方ないが、これは矛盾する。勇者とはなるべくしてなるもので、力が足りなかった場合はおそらく母のアリエルのような、勇者には一歩及ばない強者となっていただけだ。


「そんなとこかな。俺は元の世界では何の力もない一般人だった。だから、現状から逃げ出すわけにもいかず、悶々としながら学校に通って、就職をしなきゃならない身だったわけ。アランはその点、その強さから少しは自由が利くし、俺としては羨ましいぜ」


「それも、昔の話じゃないか。今の君なら僕と同じような立ち振る舞いが可能だよ」


「……まぁな。可能なら元の世界に帰る気だったけど、そんな人生も悪くはねぇか」


 無気力で未来に夢も希望もないと言っていた割には、シンイチは元の世界に帰る気が多少なりともあるらしい。


「もしなんだけど、君が帰れるきっかけや可能性があれば、僕は全力で協力するよ。君が望むのであれば、だけどね」


「んー、よくわからなくなってきてるな。向こうには親だっているし、心配してるかななんてことも考えたりはする。文化が進んでる分、ダラダラできる暇つぶしも多い」


「ただ、立場的な事を考えると、力を持っているこっちの世界の方がダラダラしやすい側面もあるって事かい? 王宮では食客待遇なんだよね」


「さすがに話が早いじゃん。全くその通りなんだよな。どっちも捨てがたいって思い直し始めてるとこ」


 シンイチの意志については、アランも最優先で叶えてあげたいところだ。ただし、彼がいずれは居なくなってしまう可能性があるとしても、まず優先すべきは次々と訪れる来客の阻止。ないしは撲滅運動である。


「親しい友人は居なかったのかい?」


「遊び友達はいるけど、親友ってほどの奴はいなかったかもな」


「そうか……だったら、僕だけは君の事を親友と呼べるようになれるといいね。何を隠そう、僕の場合は生まれながらに特別扱いを受けてきた身だからね。僕も、親しい仲の同世代の友達は居ないんだ」


 厭味ったらしく聞こえないようにはしたが、それでもアランの身の上話はシンイチにはあまり良く聞こえなかったかもしれない。

 例えるならば、王族や貴族、大富豪の御曹司が、後継ぎやすべての責任を放棄して、普通の平穏な生活を送りたいと言っているようなものだからだ。

 元々特別な人間ではなかったシンイチとは、やや望んでいるベクトルが異なる。


「ま、ちょいちょい絡んでいく内に、仲は深まるだろうさ。それで、具体的には俺に何をしてほしいんだ?」


「おぉ! やってくれるんだね!」


「最初から断ってなかっただろ? 未来永劫のぐうたらライフの為、力を合わせようじゃねぇか」


 シンイチはアランの肩に手を置き、ニヤリと笑った。


……


「うぉあぁぁぁぁぁっ! なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁっ!」


 アランの屋敷の玄関扉に手をかけた不運な戦士風の男が、ビヨーーンという擬音がぴったりの様子で、巨大なバネ式の床で遥か彼方へ飛ばされていく。


「たーまやー」


「たま、たまや? 何だい、それは?」


 アランの自室、屋敷でいう二階部分の窓からその様子を見ていたシンイチが、妙な掛け声を発している。


「あぁ。花火が上がるときに言うんだよ。何でかは知らねー」


「そうなんだ? たーまやー」


 花火に例えられてしまった戦士を吹き飛ばして星にしたのは、シンイチが考案した来客向けトラップだ。

 アラン、シンイチ、ヴォイチェフ、マチルダの四人以外に反応して、玄関の床ごと来訪者をどこかへ飛ばしてしまう。

 これを考案したのはシンイチだが、トラップを仕込むための魔術は彼には扱えないので、実際に準備したのはアランだ。


「しかし、よくこんなこと思いついたね。普段はああやってすぐに床に擬態するし。完璧だよ」


 発動したトラップは、既に一瞬でバネをたたんで玄関前の床に溶け込んでしまっている。


「そうか? 会いたくないなら会えないようにすればいいだけさ。防犯の為だって言い張ればいいし、これならヴォイチェフとかいう爺さんにも来客が来たことはバレないでしょ」


 勇者の仲間になろうとやってきている者たちばかりなので、トラップで門前払いを食らったなんて話は恥ずかしくて誰にも言えないだろう。

 さらに付け加えるとすれば、アランやシンイチの動体視力では捉えられるが、通行人にも見えないほどの速度で来客を天空に打ち出すので、あまりこの話は広がらないものだと思われる。


 難点を挙げるとすれば、着地の時は自力でどうにかしてもらうしかないということである。

 しかし、勇者の仲間を目指す腕利き達だ、受け身くらいはどうにかやってくれるだろう。そうでなければアランたちは殺人犯になってしまう。


「でも、しばらくしたら別のパターンも考えとかないとな。再チャレンジしてくる連中もいるだろうし。次は落とし穴にして、街の外までスロープで送り出すとかどうだ?」


「それはかなり仕込みが大変そうだね……トンネルを掘らなきゃいけないって事でしょ」


 魔術を使うので肉体労働ではないのだが、地面の中を長時間掘削していくのは気が滅入りそうだ。


「まぁ、暇な時に他の案も色々と考えてみるよ」


「あぁ、ありがとう。本当は僕も考えるべきなんだろうけど、君の知識量と機転には驚かされるね」


「映画とか漫画とか、ゲームの知識だけどな」


「まん……何だって? ゲーム?」


「あぁ、近いもので言えば絵本とかカードとか、娯楽品みたいなもんだよ」


 シンイチは時折、アランには理解できない単語を話す。逆に魔術や歴史など、この世界の事を質問してくることもあるので、これはお互い様だ。


「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」


「あ、また飛んだな。初日から大収穫じゃないか」


「本当だね。しかし大丈夫かな、あの魔術師さん……」


 続いてバネ床のトラップに引っかかったのは女魔術師だった。先ほどの戦士とは違って身体も頑丈ではないはず。着地の際に魔術でどうにかしてくれと願うばかりだ。


「あの……」


 アランの自室の扉の前から、マチルダがひょっこりと顔を覗かせながらおずおずと言葉を発した。


「マチルダ? どうしたんだい?」


「いえ、お屋敷の外から叫び声が何度も聞こえた気がして、ちょっと怖いなって」


 しまった。通りまでは聞こえないが、玄関のすぐ内側にいれば被害者の叫び声は聞こえてしまってもおかしくはない。

 飛んでいる姿はマチルダやヴォイチェフの目では追えないだろうが、声は別だ。


「そう? そんなもの聞こえないけど……なぁ、シンイチ?」


「そうだな。マチルダの勘違いじゃね?」


 さすがに認めるわけにもいかないので、しらを切る構えの二人。

 そんな中、さらなる来客が屋敷の庭に入ってくるのが見えた。玄関までは目と鼻の先だ。


「あっ、シンイチ。ちょっとまずいかも」


「うん? あれは、兵士か? 別にいいだろ、加入希望者なら」


「いや……紋章付きの鎧だし、おそらく国王陛下からの連絡係だな……」


「のぅわぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 見事に飛んでいく伝令兵。


「ほら! やっぱりなんかおかしいよ! 何か隠してない、二人とも!?」


 窓の外は見えていないので、再度の悲鳴に騒ぎ立てるマチルダ。


「あー……っと、今日は俺、帰るわ」


「シンイチ!? ぼ、僕もそういえば急用があったんだ! 出かけなきゃ!」


「ちょっと! 二人とも! ちゃんと説明してくださーい!」


 責任逃れのために退散しようとする親友候補と、それを追うアランなのであった。


『英雄タナベシンイチ、引き入れ成功……?』

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