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背中越しの恋人  作者: 雨宮 瑞樹


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窮追2

 亮は紙袋を手に徳島が用意してくれた向かいの車に乗り込み数分もすると、ビッグテレビのビルに到着した。車のドアが開いた途端、そこに黄色ワンピース姿の山口アナウンサーが待ち構えていた。

 なんとなく予測していた亮は別に驚きもしなかった。表情が変わらない亮に山口の唇は不満と書かれているようだった。つまらなさそうに山口は言う。

「なんだ、サプライズでわざわざ私、お待ち申し上げていたのに。宮川さん、全然驚かなくて残念です」

 まるでこの国に君臨する女王のようにそう言い放つ山口に見向きもせず亮は「どうも」とだけいうと、亮はビッグテレビの自動ドアを抜けてエントランスに入った。それを後ろから山口は追いかけてきた。いちいち匂ってくる香水の香りが鼻につく。

「そんなつれない態度されなくてもいいじゃないですか。緊急にこちらに来ると聞いて、私ずっと楽しみに待っていたんですよ。今日は、スーツですか? 宮川さん一段とカッコいいですね」

 まったく響いてこない山口の言葉を受け流していると、ふと亮の頭に浮かんだ徳島の忠告。

 あの大狸はそう容易く失言しないだろう。いくら自分が迫ったところで、のらりくらりと避けられてしまう可能性がある。そこにふと閃くものがあった。

 山口の顔を見ようともしなかった亮の瞳が動き出す。


「ちょうどいい。山口さんも一緒に同席していただいてもいいですか。」

 山口は急に亮と視線が合ったことと、意外な提案に大きな瞳を丸々とさせていた。だが、山口もそれほど馬鹿ではないようだ。亮が何か企んでいるのではないかという詮索の色が浮かんでいた。亮はそれを察知して、柔らかい笑みをこぼしながらいった。

「社長は、見えない圧があるじゃないですか。でも、山口さんは空気を和ませるのお上手だ。だから、山口さんがいてくれた方が僕も話しやすくなるし、心強いんですよ」

「いやだ、嬉しいです! そんなことなら、いくらでもお付き合いしますよ」

 少し褒めただけで、顔を上気させて香水を振りまきながらキャッキャと喜ぶ。簡単に乗っかってくる山口を亮は口角を上げながら眺めていた。


 亮に褒められ、気をよくした山口のお喋りは、亮が適当な相槌を打つほどに勢いが増していた。エントランスを抜けてエレベーターに乗り込む。息が苦しくなりそうなほど濃い香水が充満するが、亮は何とかやり過ごす。最上階にある社長室にたどり着くまで、下品な笑いを交えながら話し通しだった。その雑音を聞きながらも亮の頭はこの後の対峙に神経を集中させていた。長い長い山口の甲高いお喋りがようやくやんだのは、社長室のドアを山口がコンコンと叩く音だった。


「社長、宮川さんがお越しになりましたよ」

 重厚なドアを開ける。広い部屋の正面奥で、あの時と同じように脂っこい顔を光らせた社長が社長席に座ったまま亮たちに顔を向けていた。山口の香水はこの部屋の空気で薄れて、代わりに社長室に漂う脂っこい匂いが鼻をつまみたくなるほどに匂った。

「やぁ、久しぶりだね。なかなか順調に話が進んでいると聞いているよ」

 机に両肘をついて満足そういう社長を目の前にどうしても、感情が先走りそうになる。

「お陰様で」

 そういいながら亮は感情を押し殺す。自分でもわかるほどに堅い声が飛び出るが、そんなこと気づきもしない社長は相変わらず機嫌よさそうだった。

「それで、緊急要件とは? 現場で何か不都合があるのならば、遠慮なくいってくれ。君がやりやすいように、私からみんなに言ってやろう」

 親身な皮をかぶり始める脂狸があまりに白々しい。すべての仕草や表情がすべて胡散臭く見えてくる。

 噴水のように湧き上がってくる怒りを深い溜息で散らしながら持っていた紙袋の中を探った。一冊の雑誌を取り出し、折り目をつけてあった場所を開き、机の前に置いた。

「以前会食したとき雑誌にスクープされた件、あなた方の仕業ですよね?」


 社長の目は一気に険しくなり「知らん」と怒鳴った。そして、お前は馬鹿なのかと亮を蔑むような眼を向けながら畳みかけた。

「あの記事のお陰で、マスコミからの注目度が増してデビュー作がさらに盛り上がる。むしろ、この雑誌に感謝してもいいくらいなのに、君のマネージャーの徳島といったかな? 彼女が物凄い剣幕で抗議してきた。だから、この子の事務所と君の事務所で交際否定文書をちゃんと公表して、この話は終息したはずだ。何の問題もない」

 言い切る社長の波に乗るように、山口も笑みを浮かべて軽蔑するようにいった。

「そうですよ。この記事が出て私も嬉しかったし、一石二鳥でしたよ。別に誰も迷惑かかったわけじゃないし、むしろメリットばかり。そんなにカリカリすることないじゃないですか」

 

 よくもそんなことを軽々しく言う。狸一族はこの世界に自分たちしか存在していないとでも思っているのだろうか。濁った瞳を持つ人間は、相手の顔なんて何も見えていないんだろう。今どんな顔をしているかなんて、視界の端にも入らない。中心にあるのは、自分にとって損か得か、それだけだ。ギリギリと奥歯で何とか噛み切ってきた怒りは、もう噛み下せないほどに大きく膨らんで脂っこい匂も感じなくなっていた。

「誰にも迷惑をかけていない? メリットばかり? あなた方の勝手な行動のお陰で、たくさんの人が傷つきましたよ」

 亮の目も声も鋭く尖っていく。だが社長の分厚い脂肪で守られた身体は、簡単に弾いていた。社長は呆れ顔をして吐き捨てるように言った。

「いったいお前は何をしに来たんだ? 俺がわざわざ貴重な時間を割いたというのに、こんなくだらない話をしにきたのか?」

 もう話すことはないと、椅子をくるりと後ろに向けようとする社長を制するように、亮は机に紙を机に叩きつけた。

「じゃあ、これは?」

 まだあるのか、と口も目もだらしなく開けて生臭い溜息を吐いた。社長は、仕方なく椅子をストップさせ顔だけ面倒そうにその紙を向けた。

 その瞬間。大きな顔の眉間に大きな皺が寄り、いつもの胡散臭い表情が消えて本来の表情が脂っこい顔に浮き上がっていく。亮はそれを見逃すことはなかった。

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