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背中越しの恋人  作者: 雨宮 瑞樹


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波乱7

 日付が変わるころになって処置室から出てきた中年の担当医が待合室にいた亮のところにやってきた。

「付き添いの方ですね」

 中年の担当医はそういった後、亮の顔を見て少し驚いた顔をしていた。後からできた看護師に目配せをすると、同じように目を丸くしているようだった。どうやら、亮のことに気づいたらしい様子の二人。だが亮は、そんなことどうだっていいと急かすように言った。

「唯は大丈夫なんですか?」

 亮の圧を感じて、担当医は萎縮する。そして、脱線した意識を恥じるように担当医は咳払いをするとピンと背筋を伸ばしていた。

「検査しましたが、どこも異常はありませんでした。おそらく、疲労とストレスが原因のものかと思います」

 全身からすべての酸素がなくなるほど、安堵の溜息を吐く亮。張りつめていた空気が緩んでいく。それを感じ取った担当医も解いていた。

「念のため、数日入院はしておいた方がいいと思います。……特別室にご案内でよろしいですか? そこならば、マスコミを完全シャットアウトできます。うちの病院はそういった対策は万全です。勿論徹底的な守秘義務教育も万全ですのでご安心ください」

「よろしくお願いします」

「では、あの……あとでサインを……」

 恐る恐る言う担当医に亮は、いつもの営業用の笑顔を披露できるだけの元気だけは取り戻しつつあった。



 手続きを済ませた後、亮は唯の部屋へと案内された。特別室というだけあって、中は応接セットまであってやけに広い。その真ん中のベッドで眠っている白い顔の唯を見つけて駆け寄った。倒れた時の青い顔よりは幾分ましにはなっているように見受けられたが、やはり顔に生気がないように見えた。

 思わず亮の眉間に皺が寄る。本当に目を覚ますのか。ちゃんと息はしているのか。不安が押し寄せて、横にあった椅子を手繰り寄せながら、亮は唯の手を握った。

 確かな温もりと、規則正しい息遣いを感じて、ほっと息を吐いたところで、ポケットのスマホが震え始めた。亮は電話をとると「やっと繋がった」という溜息が聞こてきた。

「徳島です。いくらオフだといっても、緊急連絡もあるんですからちゃんと連絡取れるようにしておいてくださいよ」

 静かな部屋に電話越しの徳島の声が響いた。いつもなら、何かしらの口答えをする亮なのに、何の反応がないことを徳島は不思議に思ったのか。徳島から「宮川さん、聞いてます?」と困惑の色を含んだ声が返ってきた。


「明日の朝一番でビッグテレビの社長との面会アポイントをとってくれ」

 徳島の問いと亮の答えが食い違っていて、徳島の声は心配に変わっていた。

「……急にどうしたんですか? 明日は休みだから絶対仕事は入れないって言っていたのに。何かあったんですか?」

「いいから。緊急要件だと言って、強引に入れてくれ」

 有無を言わさずという冷えたものの言い方に、徳島は訝る。

「……わかりました。わかりましたけど、理由を言ってください。そもそも、今どこにいるんですか?」

「病院」

「……今すぐ、場所を教えてください」

 慌ただしい音を聞きながら状況と場所を教えると、ものの数分で息を切らした徳島がノックとともに入ってきた。


「水島さん……大丈夫ですか?」

「たぶん……。で、そっちは?」

 唯から目を離さずにそういう亮の横顔は、一見冷静そうに見えるが全く違うことに気付く。

「いわれた通り、緊急案件だといって、明日の朝一番にアポイント入れておきました。だいぶ渋っていましたけど」

 そうか。といいながら、亮は手にもっていた茶封筒を徳島に差し出した。徳島が中身を出した途端、目が飛び出さんとばかりに大きく見開き、何故亮がビッグテレビの社長と面会したいと言い出したのか嫌になるほど理解した。唯の元に届いたのは週刊誌のゲラ刷り。校正を加えればいつでも世に出せる段階にまで仕上がっていた。普段は温和な亮をここまで怒らせるのは、唯が理由だということは大方予想はついていたが。

 

「……頭に来るのはわかります。ですが、こんな時こそ冷静になってください」

「あぁ。わかってるよ」


 口ではそういう亮だったが、全身に怒りを纏ったような赤黒いものが徳島の目に映る。普段は穏和な男を怒られせると怖いというのは、正にこの人のことなのだろうと思う。

 ここまで露骨に唯をターゲットにされてしまえば尚更、今の亮に何を言っても無駄であることはこれまでの付き合いで呆れるほど理解している。本人たちではない、マネージャーという身であるだけの自分にさえもこの汚いやり口に怒りが湧いてくるのだ。ならば、亮の憤怒は想像を飛び越えたところにあるはずだ。

 本来なら彼がこれからやろうとしていることを止めるべきだ。そんなこと頭ではわかっているし、止めるべき立場だ。

 すべてが悪い方向に向かってしまえば、映画の話も築いたキャリアも消えるという最悪の事態も考えなければならないかもしれない。だが、彼のやることをここで止めて、何になる? 私だって、亮と同じような立場であったら、到底怒りを抑えきれるはずがないと思う。泣き寝入りなんて、御免だ。

 ならば。自分がすべきことは、ただ一つだ。どんなことがあろうと彼らを支えよう。どこまでも真っ直ぐで、面倒なほど穢れない彼を。そして、傷つきやすく繊細でありながら、純粋な思いを貫き通し、彼に力を与える彼女を守り抜こう。

 そう徳島は密かに覚悟し、翌日を迎えた。



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