009 開国祭1日目
翌日、俺は予定通りマルルク達の出店の護衛任務に入ることになったのだが……。
「お支払いは商業ギルド発行の小切手ですね。規則となりますのでギルドカードのご提示をお願いいたします。
はい、確認いたしました。ではお品物を荷車までお運びいたします。
この度は、お買い上げありがとうございました」
買い上げたお客様が見えなくなるまで俺は店先で見送りをした。
「リョウカさん、ご苦労様です。先ほどのミューヅ様はキルーティでも影響力の大きな方なのですが、人の好き嫌いが激しいお方でして。リョウカさんが気に入られたようで良い商いができましたよ」
隣で同じく見送りをしていたカムヒャット子爵がそこはかとなくほくほく顔で話しかけてきた。
「あはは、カムヒャット子爵。そんなに高貴な方でしたら事前に教えていただきたかったです。いえ、もちろん一目見て貴きお方なのだろうとは思いましたが」
「では次はそのようにいたします。それでは引き続きよろしくお願いいたしますね」
「承りました」
店に入り一度バックヤードに入ると、先程の取引の記帳をしていたマルルクが気を利かせて水を持ってきてくれていた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。あのさ、マルルク。ひとつ聞いてもいいかな」
「何かな?」
「俺のしている業務、護衛とか店番とかそういう次元の業務じゃない気がするんだけど、俺の気のせいか……?」
マルルクはそっと目を泳がせた。
早朝、出店場所に出向いた俺に渡されたのはガードマン用でもバックヤード業務用のではない、完全な接客定員用の服装だった。
そして商隊の方からなぜか接客方法、商品説明の仕方のレクチャー、大店や貴族がきた時の対応の説明など多岐に渡り教わることになった。
てっきり、荷物運びの延長上であったり裏方業務をやるとばかり思っていたのだが、予想を大きく裏切られた形だった。
「ほら、今回出している商品ってお高いものじゃない?だから、ほら、いざという時にすぐ対応できる人が表にいたほうがよかったというか、ね?」
「でも、ほら、それなら向かいの3軒先みたいに用心棒として俺を置いてくれたらよかったんじゃ」
3軒先では屈強な用心棒が店の端と端に2人立っている。
ちなみに武具店だった。明日ちょっと覗いてみようと心のメモに記入する。
「そこは、商隊長が物々しい雰囲気は商品コンセプトと反するから置きたくない。ちょうどリョウカがいるしいけるだろうって、ね」
「あぁ、今日ほど事前の契約内容の確認をおろそかにしたことを後悔した日はない……宿の居心地の良さに気を取られていたせいだ……」
マルルクは帳簿を見るのに忙しいという体をしているが、俺と目を合わせないようにしているのは明らかだ。
もしや、俺に接客能力があるって伝えたのは?昨夜、夕飯を食べようと誘ってきたのはーーー。
思っていたことが口から漏れ出ていたのか、マルルクがビクっとして申し訳なさそうに背を丸めた。
「その、意図して貶めようとかないんだけど、商隊長に誘導されちゃったんだ。ごめんね……。代わりに、今回の商品のうちの何かしらを報酬として渡せるように今、商隊長と交渉しているから、それで勘弁してくれると」
「さすが、歴戦の商業ギルド員は違う、ということか……いや、むしろ追加の交渉は俺がしなくちゃだったのにありがと」
「ううん、僕の方が本当は接客をしなくちゃいけなかったんだけどランク的に問題が発生するかもしれないからって出れなくてーーー」
チリリン。
戻ってこいという合図だ。商隊で接客をしているのは俺含めて2名しかいないので、来客が多くなると大変なのだ。
あぁ。また、分不相応な接客の時間が始まる。
「ようこそ、先進魔道具販売店へ。当店では、パルクの商業ギルド、魔法ギルド、薬師ギルドとの共同開発により生み出された行商や長期の業務に役立つ先進的な魔道具を中心に扱っております。何かございましたら私共スタッフにお申し付けください」
先進魔道具販売店ーーマルルク達の商隊の出店名ーーーの販売商品はそこまで多くはない。
というのも共同プロジェクトというのが発足したのが2年前。
商品開発に成功したのが1年前と驚異の速度であったが、サルマリアでの販売許可や品質基準の設定などに1年かかったのだという。
今回、売られているのはその工程を全てクリアしたものだけなのだそうだ。
商隊の目的としては、プロジェクトの認知度を向上させて潜在的な市場を拡大すること。
また、パトロンや提携先の開拓だそうだ。ベンチャー企業の初展示会的な感じだろうか。参加したことはないけど。
ということで、販売する商品を少しだけ紹介しよう。
まずは、魔物避け。
従来は燻煙タイプのものが主流であったが、その臭いが商品や衣服に染み込んでしまうというデメリットがあった。
特に飲料系の行商人だと、匂いの変化は売れ行きにも大きく影響する。
また、燃えやすいものを運搬する業者にとっても、火を使う燻煙タイプは一定のリスクを負うことになる。
それを解決したのがこの、無臭無煙タイプだ。
原理はアロマディフューザーや加湿器と同じものだ。魔物避けの成分を含む(どんな成分かは俺はよく知らない)蒸気を飛ばす仕組みとなっている。
蒸気を出す動作に使う魔石の燃費の悪さや、蒸気自体の有効範囲の狭さからこれまでは販売できなかったそうだが、今回の商品はそれを解決したものになっている。らしい。
荷車の荷物の大半はこれだった。安価な客寄せ商品という位置付けだ。
次に、魔物迎撃機。
戦闘力のない行商人用に、馬車に設置するタイプになっているものだ。
スイッチを押すと馬車の左右と後方に爆発系統の魔法が発射、着地のタイミングで一緒に飛ばされた魔導体(魔法を通す物質や魔法の発動の起点だそう)が散乱、次の瞬間魔導体同士に雷系統の魔法が炸裂するという仕様だ。
恐ろしい攻撃力だ。しかも省音化に成功しており、遠くの魔物を引き寄せる可能性が低くなっている。
これは緊急避難用のものとなるため、むやみに使わないようにお客様に説明するときはくどいくらいに言っている。
ちなみに受注生産になっており、馬車への設置費用もかかるのですごく高額だ。
でもちらほら購入している人がいるんだから、需要はあるのだろう。
そして、最大の目玉商品が収納鞄。
マルルクも愛用している鞄なのだが、まさかの空間拡張機能付きだった。
四次元な取り外し可能なポケットは、この世界では夢ではなく現実となったのだ。
拡張率は2倍で、小さなものならポシェット型、大きなものならリュック型が最大だ。
拡張率と販売できる大きさは国から指定を受けており、この技術の使用は個人の私的利用にも許可が必要となるらしい。
まあ、国としては必要な措置だろうな。
技術の流出防止策がうまく機能することが確認できたため、ようやく市井に出せることになったのだそう。
と、お客様ご来店だ。
「ようこそ、先進魔道具販売店へ」
「こちらの代表を勤めるカムヒャット様へお取り次ぎをお願いしたい。こちらの手紙を渡してくれればわかるだろう」
手紙の差出人と受取人を確認し、事前にアポのある人であると確認できた。
商隊の他の接客員に子爵への連絡を任せる。
「お待ちしておりました。ただいまお部屋にご案内いたします」
この後も途切れることなく来客は続き、あっという間に日が傾き閉店時間を迎えた。
人は旅行を楽しむには金を稼がねばならない。貧乏旅も楽しいけれども歳をとるごとに体への負担が一気に重くなる。あと満足にお土産も買えない。
この世知辛さは異世界でもきっとなくならない気がします。