004 新人の洗礼…?
その日の孤児院は普段よりも賑やかだった。
それもそのはず、今日は孤児院を去る11歳組の送別会を兼ねた普段より豪華な夕ご飯が出るのだから。
料理班は昼過ぎから料理の仕込みに取り掛かっており、午後中ずっと食欲を誘う香りが孤児院中に漂っていた。
年少組は純粋に豪華飯に盛り上がる一方で、10歳組の次のリーダー格達は、来年は我が身となるのだと少し不安に思っているようだった。俺も何度か相談や質問をされた。
そして当の11歳組は、小さなお茶会を開いていた。今日に限ってシスターが気を利かせて孤児院の仕事を抜いていたのだ。
目の前には、普段は食べられない甘い菓子と薬草でないちゃんとした紅茶。
以前、ギルド選びで注意されたのもあり、カーティとは少し気まずいものの甘い菓子は最高だった。
文明の味だ。思わず頬が緩む。
ただ、紅茶は子供舌になっているのか苦く感じた。早く美味しく感じられるようになりたい。
「結局、マルルクは商業ギルド。リョウカは私の助言を無視して冒険者ギルドを選んだのね」
カーティはお菓子を食べる手を止めると、呆れたように俺のことを見た。
マルルクは背中を丸め、申し訳なさそうにこちらを見る。
「あぁ、カーティには悪いが俺にはやりたいことがあるからな。でも、カーティのおかげできちんと冒険者ギルドっていうのがどんな場所なのか考えてから決められた。感謝してる」
「……そう。まぁ私には関係ないけど。……もし魔法で困ったら相談してくれていいわ。適正価格で請け負ってあげる」
「あぁ、そうする。カーティは魔法ギルドに行くんだよな。そんでカーティのお得意さんになるよ。そしたら値引きしてくれよな」
「ふっ、考えとくわ。マルルクも私の商品を沢山売ってくれたら仕入れ値が変わるかもね」
「う、うん!僕、頑張るよ!」
それからは終始賑やかに話をし、菓子を食べ、夜には贅沢な晩餐を食べ、ぐっすりと眠った。
「荷物よし、片付けよし、掃除よし。これでもう、出られるな……」
翌朝、俺はこれまで住んできた部屋に別れを告げているところだった。
転生してから早六年、初めは身体の年齢と心の差に悩んだり、そもそもの転生自体に気持ちが追いつかなくなっていたりしたが、孤児院の仲間と過ごせて純粋に楽しかったな。
第二の人生も悪くない。
そして、今日からはまた新しい場所で生活をしていく。
旅をしたい。軽い思いつきの言葉だったが、今となっては強い願望となっていた。
「強くなって、いっぱい旅行してやるぞ〜!」
両手を天にぐっと伸ばして宣言した。
「リョウカ!用意できたからさっさと来な!」
「はい、シスター!」
「あ、リョウカくん!来た来た!おーい!」
シスターの声の方へ向かい、孤児院の外に出ると聞き覚えのある声が聞こえた。声までも中性的なこの人は、
「シャーウッドさん!おはようございます!」
「おはよう。私がギルドまでの引率を行うことになるからよろしくね。ついでにその後の指導係にもなる」
「わかりました!」
「じゃあ行こうか」
「はい!その前に少しだけ……」
俺は孤児院前で仁王立ちしているシスターを振り返った。
「お世話になりました!」
「あぁ全くだ。……今日という旅立ちを迎えられた奇跡、主たる神に感謝を。そしてこの者のこれからの道行きに祝福あれ。次はお前が誰かを世話するんだよ!」
「はい!」
シャーウッドさんに連れられて俺は王都の中を歩いていた。地味に、これまでは孤児院の中と限られたお使いに行くだけだったから、自由に外に出るのは初めてだった。
「さあついたよ。ここが私たちのホームとなる、冒険者ギルドだ」
シャーウッドが示したのは、王都の繁華街ーーー中央の貴族街を取り囲むようにある流通の中心地だーーーの一角にある質実剛健といった建物だった。
重そうな扉は開かれており、中では依頼者が何人か並んでいるのが見えた。
「思ってたより静かだ」
「まぁこっちはお客様向けだからね。普段私たちが使うのは、この裏側なんだ。入口を間違えないようにね」
冒険者ギルドの裏口は、道を挟んですぐだった。こっちも大通りだが、先程までより活気に溢れている感じがする。
裏口の扉も表のものと同じものだったが、こちらは閉じている。
中からはガヤガヤと沢山の人の声が聞こえているから、それをシャットアウトしているのだろう。
「いつもすごくうるさいし中には態度が大きい人もいるけど、気にしないでね。さぁ入ろう」
シャーウッドさんは見た目の細さと裏腹に思い扉を簡単に開けると、中に入っていった。
続いてギルド内に入ると、それまで騒いでいた冒険者達が一斉に静まり返った。
「みなさん、告知があったように孤児院からの紹介で入ることになった、リョウカくんです!粗相のないようにお願いしますよ!じゃあリョウカくん、簡単に自己紹介を」
「え、あ、はい!紹介に預かりましたリョウカです!至らないところが沢山あると思いますが、その際はご指導ご鞭撻お願いします!」
しーん…。
誰か、何か言ってくれよ。
何か不味かったのか?
その時、受付前のテーブルで酒盛りをしていた男がジョッキ片手にこちらにやってきた。
如何にも強そうな男だ。
「おう坊主、武器はなんだ?」
「武器はまだないです。これまで習ったのは護身術だけで……」
周りの人達がやたらうんうんと頷いている。
男はジョッキを持っていない方の手で軽く胸をこづいた。
「ふむ、年齢にしちゃいい具合だがまだまだ仕上がってないな」
周りも揃いも揃って険しい顔をしてこちらを見ている。
冒険者なめんじゃねえってことか?
「あー、すみません」
「いんや。で、採取や解体の経験は?」
「採取はあまり経験がないです。でも市場に来るものならある程度の目利きはできます。解体はシス…たまに孤児院に動物や魔物をくれる人がいたので簡単なものなら何とか」
男はぎろりと見定めるように俺を見ている。面接リベンジか?合格してやる。
「坊主の話し方は、やたらお偉い依頼者とか商人みたいだが、文字とか計算とかできたりすんのか?」
「文字も計算も簡単なのは習いました」
そこでついに沈黙を破り、おおー!と感心したようなどよめきが広がった。特に大きいのは冒険者の後ろの受付の人達だったが。
「つまり、お前はある程度はてめぇのことは出来るようだがまだまだ冒険者としては経験のないひよっこってぇことだな?」
「はい、そうなります、ね……」
男は体を震わせて堪えるように拳を握った。
殴られる?!
衝撃に備え、頭をガードして目を瞑ったが、衝撃はなく、代わりに浮遊感を味わった。
「っしゃぁああああ!しごきがいのある新人だぁああ!!」
男は俺を簡単に肩に座らせると雄叫びを上げた。
それを皮切りに他の冒険者も喝采に沸く。
「おおおお!!アドバイスとか?新人なんだから奢られておけとか言えちゃう??やったぜっ!!」
「マジかよ!俺、これ教えてほしいですとか言われちゃうかも!どうしよう!」
「アタイもこんな可愛い後輩ができるなんて……!王都来て初めての癒しに出会えちまった!祝酒だ!エール持ってきて!」
盛り上がる冒険者、置いてきぼりの俺。
しかしどうやら歓迎されていることだけは伝わってきた。
助けを求めるようにシャーウッドさんを探すと彼も受付仲間と共に喜びを分かち合っていた。
シャーウッドさん!あなた指導係でしょう、こんな時こそ指導して助けてくれよ……。
あれよあれよの間に男の肩からテーブル席に移り、勧められるままに飯を食べた。酒は断腸の思いで拒否した。この体はまだアルコールには耐えられない……。
それにしてもいつまで続くんだこれ。
何はともあれ、俺は冒険者ギルドへと入ったのだ。
はやく旅に出してあげたいんですけどなかなかできないですね……。
魔物とかが普通にいたり冒険者なんてジョブが成り立つ世界、なんの知識も戦闘力もない奴が外に出たら即お陀仏になっちゃいそうなのでもう少し準備パート続けます。