第九話「雪は龍の思いを知る。」
第九話「雪は龍の思いを知る。」
姉はコーヒーを片手に運転をしていた。
「ごめんね。変な空気にしちゃって。気になる?」
「別に気になりませんよ。家族の事に他人が口を挟むのはおかしいですから。」
「そっかー。まっそうだよね。でもお母さんが君に酷いことをしたから君には知る権利が与えられるのだ。」
一花はさっきの出来事を話した。
「ゆーちゃんが狙われてる?」
神崎は驚いて少しの間固まっていたがすぐに窓の向こうを見た。
「この車は防弾だから大丈夫よ。」
雪乃は神崎を落ち着かせた。
「なんでSPに頼まないんですか?」
蒼龍が問うた。
「雪乃ちゃんが嫌がってるからよ。」
「いや、だからってなんで俺なの?」
「昨日助けてくれたじゃない。」
「俺だと余計に危ないんじゃないか?」
「それでもあなたがいいの。あなたじゃなきゃダメなの。」
「そうなのか?分かった。引き受けよう。」
「それだけ?」
「それだけって?」
雪乃の問に蒼龍は混乱した。
《蒼龍って鈍感なの?》
「他にあるじゃん。大切な言葉が。」
姉からの思わぬ助け舟に驚いた雪乃は一花を見ると一花はニヤニヤしながら運転してた。
《大切な言葉?君を守る。とか大舟に乗ったつもりでいろとか?》
「分かんない?それとも鈍感のふりをしてるの?」
「一体なんのことを言ってるんだ?奥沢さんを必ず守るとか、大舟に乗ったつもりでいろとか言えばよかったのか?」
蒼龍はついに考え込んでしまった。
「はぁー。どうやら鈍感を超えてアホのようね。」
「だね。」
雪乃と神崎は深い溜息をついた。
「なんで俺がアホなの?」
「あはは。」
一花が笑い始めた。
「姉さんまでおかしくなってしまったわ。」
「いやー、蒼龍君は面白いねー。お姉ちゃんそういうの好きだなー。ねぇ雪乃ちゃん?遠回しに言っても無駄よ。素直にならなくちゃ。」
雪乃は顔を赤らめた。深呼吸をして彼の顔を見て言った。
「ずっとあなたのそばに居たいから。こんな恥ずかしいこと言わせないでよバカ。」
小声で言った。
《さすがにこれなら分かるでしょ。》
「そんなに信用してくれるとこっちが恥ずかしいな。期待に応えられるように努力する。その、俺を頼ってくれてありがとう。」
《全然分かってないじゃん。この人には好きですって言わないと伝わらないの?それともこの人に恋愛感情は無いのかしら?》
「ゆーちゃんこれ以上言っても無駄みたいね。諦めよう。」
「そのようね。」
「ところで帰りはどうするつもりなんですか?帰る家がないんじゃ野宿になりますよ。」
神崎が心配そうに問うた。
「そーなのよ。ねー蒼龍君泊めてくれる?なんてね。」
「別に構いませんが。」
「え?」
一花は驚きのあまり信号に気づかなかった。
「姉さん止まって。赤よ。」
「うわぁ。」
一花は急ブレーキをかけた。一花は急ブレーキの衝撃で頭を打った。
「あいたたた。ごめんね。三人とも大丈夫?」
一花が後ろを見ると面白い光景が映っていた。雪乃と神崎を腕で庇い、自分は顔面衝突している。
「有言実行とはこのことかな?」
一花は蒼龍を助け起こした。
「ありがとうございます。」
「いえいえ。それよりさっきの言葉は本当?」
「俺は大丈夫ですが姉たちが承諾してくれるか分からないので少し姉と連絡をしてもいいですか?」
「そうしてもらえると助かるわ。」
一花はコンビニの駐車場に車を止めると蒼龍は車を降り、電話をかけた。
「もしもし。姉さん?」
一方車内では二人に質問をしていた。
「蒼龍君って雪乃ちゃんの言う通り親切で優しくて面白い人ね。いつ出会ったの?まさか合コン?」
「そんな訳ないでしょ。合コンは母親が許さないわ。」
「冗談冗談。で、どこで出会ったの?」
「同じ小学校で出会いました。」
神崎が答えた。それを聞いた一花は表情が強ばった。
「という事は、まさか蒼龍ってあの蒼龍?」
「そうよ。私が助けて貰ったのに酷い言葉を言って傷つけたあの蒼龍君よ。」
「何で他人のフリをしてるんだろう?蒼龍君は気づいてないのかしら?」
「蒼龍君なら気づいてるよ。」
神崎は神妙な面持ちで言い始めた。
「あれは中学生の時でした。」
(回想)私が蒼龍君と一緒にお弁当を食べていた時のことだ。(回想終わり)
「ちょっと待って。何で彩ちゃんが蒼龍君と一緒にご飯を食べてるの?」
雪乃は首を傾げた。
「それはね、蒼龍君が虐められていたからよ。」
「何で?」
「彼を人として見てくれなかったからよ。」
「そう。」
雪乃は下を向いてしまった。
「辛いなら言わない。私だけの秘密にしておく。」
「大丈夫。私ね、彼の全てを知って分かるんじゃない。理解するって決めたの。だから続けてちょうだい。」
「うん。まずは回想から片付けていいかな?」
「わかったわ。」
(回想)私は彼が彼女の事をどう思っているのか気になり問うた。
「ねぇ蒼龍君。もし、ゆーちゃんと高校で再会したらどうするの?」
「他人のフリをするな。」
私は驚いた。
「どうして?」
「俺は化け物だ。美女と野獣とは程遠いただの人類を脅かす化け物だ。」
「それはアイツらが言ってるだけじゃん。気にしちゃダメよ。」
「普段ならそうしてるさ。でも、奥沢さんに言われたんだ。化け物は死ねってね。だから俺は同性の蒼龍を演じようと思う。」
「昔の事よ。きっとゆーちゃんも忘れているわ。」
「まぁ、そうだとありがたい。それでも他人のフリをする。奥沢さんの知っている蒼龍政則は死んだ。そして彼女の記憶からも消える。二度と蒼龍政則の名前を呼んだり知ったりすることもないだろう。」
「何で?話し合えば分かってくれるよ。」
「俺は奥沢さんに分かってもらいたいんじゃない。理解してほしいんだ。」
「どういうこと?」
「簡単に言えば分かったは、その場で理解したけど忘れる。理解は、分かるまで時間がかかるけど忘れることは無い。」
「それだったら上書きをすればいいんじゃない?」
「上書き?」
「ゆーちゃんの知ってる蒼龍政則に新しい蒼龍政則を付け加えるの。」
「それは無理だ。化け物は化け物にしかならない。」
彼の返事に私は戸惑った。いつも見ていた蒼龍政則は何事もすぐに出来てしまう完璧超人だ。蒼龍君が弱音を吐いたのを初めて見た。
《これが私の知らない蒼龍政則。私はなぜ今の蒼龍君を拒むの?》
「なぁ、どうしたらいいんだ?どうしたら人間って認めてくれるんだ?」
私は言葉を失った。
《どんな言葉をかけたらいいのか分からない。彼の長所であり短所でもある彼の才能。その才能が自分を苦しめる。》
私はとっさに彼を抱きしめた。自分でもなんでこんな行動をしたのか分からない。
「どうしたんだ?急に抱きついて。」
蒼龍は困惑していた。
「私はどんな蒼龍君でも素敵だと思う。だから本当の自分をゆーちゃんに知ってもらったらいいと思う。だから今の自分を責めないで肯定してあげて。」
自分で何を言ってるのか分からなかった。
「そうだな。ありがとう。」
「どういたしまして。」
私は彼の頬に口付けをした。
「なっ。今何を・・・・・・。」
「蒼龍政則は人間であるという証拠よ。」
蒼龍は顔を真っ赤にして俯いた。
「蒼龍君って案外こういうのに弱いんだ。全然化け物じゃないね。」
(回想終わり)
「最後のは余計だけれど、まぁ何となくわかったわ。」
「ほー。神崎ちゃんも見かけによらず大胆ね。それで雪乃ちゃんは今のを聞いてどうするつもりなの?」
ニヤニヤしながら雪乃を見た。
《私が彼にすべきことは一つしかない。》
「電話終わりました。」
蒼龍が入ってきた。
「どうだった?」
「二人ともOKだそうです。」
「そう。ありがとう。それじゃ行こっか。」
一花はマダール高校へと車を急がせた。
「ねぇ蒼龍君。聞きたいことがあるの。」
《彼の答えで私の人生が変わる。》
「なんだ?聞きたいことって。」
「彼女が欲しいって思ったことは無いの?」
「ないな。」
私は予想だにしなかった。やはり彼に恋愛感情というものが無いのだろうか。でも理由はすぐに分かった。
「約束したから。一緒に暮らそうって約束したから。」
蒼龍は恥ずかしそうに言う。
「乙女か。」
雪乃は思わずツッコんだ。
《約束か。確か私も誰かと約束した覚えがあるの。誰だっけ?》
「そろそろ着くよ。」
一花は駐車場に車を停ると、
「帰りは三人仲良く帰るんだよ。」
そう言い残し去っていった。
「それじゃ行こっか。」
三人は校内へと入っていった。
第九話「雪は龍の思いを知る。」~完~