刀匠、学徒になる
門をくぐった先、メイン通りをそのまままっすぐ進んだ先が、王宮がある中央区。
右手に向かった先が一般住宅が立ち並ぶ庶民の街である『東部住宅区』。
左手に向かった先が商業施設や宿泊施設がある観光の街『西部商業区』。
王宮前の広場から迂回した先、東部住宅区の奥にあるのが貴族の邸宅が並ぶ『北部貴族区』。
俺たちが向かっているのは丁度王宮と西地区の間にある学業エリア。
王立寄宿学校はもちろん、市民にも開かれた学び舎がある。
ちなみに冒険者ギルドは商業区の中心にあるらしい。
と、ここまでは事前に調べていた訳だが
「・・・想像以上に大きい建物ですね。」
到着した寄宿学校の門扉の前で、俺は愕然とすることとなった。
王立デュッセイア寄宿学校。
12歳から18歳までの貴族の子女や王族、また才能に長けた市民が通う学び舎な訳だが、とにかくでかい。
門の前で呆然と眺めていると、通用口から礼装の女性が1人こちらへ歩いてくる。
「アルバス=セルタニスさんですね。ようこそ、デュッセイア寄宿学校へ。」
腰の前で手を組み浅く一礼をした女性は、優しいほほ笑みを浮かべていた。
「えっと、貴方は?」
「私、当校学長補佐をしております、リンネ=ノースバーグと申します。以後お見知り置きを。」
リンネと名乗った女性が後方へ合図を送ると、通用口から数人の男性職員が歩いてくる。おそらくここの寮に務めている「使用人」だろう。
「お荷物は寮まで運ばせます。手荷物だけお持ちになって私と共に学長室までお付き合い下さい。」
「わかりました。トニー、ここまでご苦労様でした。チ父上たちによろしく。」
「ええ、坊ちゃんもお身体にお気をつけて。」
馬車から下ろした荷物は使用人達がそそくさと寮に運んでいってしまった。なんという手際の良さ。
「それでは参りましょう、アルバスさん。」
「あ、はい。」
腰に届くかと言うほど長い銀髪を翻し、リンネが門をくぐって進んでいく。後に続いて門をくぐると、まぁ予想はしていたがこれまた広大な土地だった。
ほんとに王都の中なのか?と疑いたくなるほどには広い。
まっすぐ学舎に伸びている舗装された道を歩くこと10分、エントランスにたどり着いたのだが・・・。
「ここから右手に向かった先が男性寄宿舎、左手に向かった先が女性寄宿舎となっています。実技教練棟と図書館はこの本館内からしか行けませんのでお忘れなく。」
「は、はい。」
うん、とにかくデカすぎる。スケール間違ってないか、おい。
本館だけでも何階建てだ、これ。パッと見で6階建てはあるぞ。
それでいて実技棟に図書館?やべ、場所覚えられるか・・・?
先を進むリンネの後ろ姿を追うことまた10分、多分最上階だろう階の最奥、学長室と書かれた部屋の前でやっと止まった。
「聞いてはいましたが、本当に広いですね、ここは・・・。」
「ええ、職員ですら週に何人かは道に迷いますので、各所に案内板を設置することになったぐらいですから。」
苦笑いを浮かべつつ、学長室の扉をノックする。
「学長、アルバス=セルタニスさんをお連れしました。」
『どうぞ。』
カチャっと鍵が外れる音がしたかと思うとゆっくり扉が開いた。魔道具か何かが使われてるのか?
「さぁ、どうぞ、アルバスさん。」
「あ、失礼します。」
リンネに促され学長室の扉をくぐる。
中は予想以上に質素だった。
業務に必要なものだけをしっかり集めたような学長の性格を推し量れるような室内。
一番奥に設えられた机、そこに学長が座っている。
窓から差し込む光が彼女に影を刺し、表情を伺うことはできない。
「アルバス=セルタニスと申します。学長先生にお目にかかれて光栄に存じます。」
一応練習していた挨拶を述べ、少し離れたところから一礼。
礼をしたままの俺の耳に微かな笑い声が聞こえてきた。
押し殺すような、笑い声?
「ふふふ・・・いや、済まない。事前にグレイから来た手紙通り、硬い男だと思ってね。顔を上げて、かけてくれたまえ。」
「は、はい。」
学長に言われるまま、礼を解き、ソファーに腰かける。
「初めまして、アルバス。私が学長のミネルヴァだ。ミネルヴァ=フォン=ルーネスタリア。まぁ学長でも先生でも構わん。好きに呼ぶといい。」
目の前のソファーに腰を降ろし、ベルを鳴らす。
隣の部屋に控えていたメイドがカートを押して入ってくると、ほのかな香気が漂ってきた。
この香りは紅茶か。
「紅茶に砂糖は?」
「あ、いえ、私はストレートで。」
「ふむ、わかった。」
学長が目で合図をすると温められたティーカップにちょうど蒸らし終わった紅茶が注がれる。
この香りはダージリンか?
茶葉の品種も香りも転生前と変わりなく、この世界にも伝わっているからこそ、気づいた。
だが、この世界で紅茶と言えば高級品。
貴族の家でも普段はもっと香りの弱い3等茶を飲むことが多い。
「いい香りですね。」
「お、わかるか。これは特級茶葉でな、私もたまにしか開けないんだ。」
わー、こういうところは権力使ってるわけだ。特級なんて王侯貴族、それも中核を担うくらいの家じゃないと買えないよ。
流石だね
「流石はルーネスタリア公爵閣下でらっしゃいますね。」
「おや、知っていたか。いや、お前が博識なのはグレイから聞いているからそこまで驚くことでもない、か。」
クツクツと喉を鳴らして笑う学長を見て、俺は内心ほっとする。
「(貴族家系図、父上が持っててよかった・・・。)」
ルーネスタリア公爵。
代々このデュッセイア寄宿学校の学長を務める名家。
その中でも稀に見る『鬼才』が目の前のミネルヴァ学長。
彼女は学生時代、卒業するまでの6年間で常に首席であり続け、剣術では右に出るものはおらず、風魔法に適正を持ち、宮廷魔法師や王宮騎士団からスカウトが殺到する程だったと言われている。
また、教育熱心な方で学長就任後も自らが教鞭を振るうほど指導に力を入れている。
だが自分の才能や能力をひけらかすでもなく、華美な生活をするでもなく。
ただ自分の求める最高の結果にひたむきになる姿はまさに鬼才と言われている。
「(鬼才というか妥協を許さない職人気質だな。)」
紅茶を1口口に含み、ほっと一息。
あー、こりゃうまいわ。
「気に入ったようで何より。さて、本題に入ろうか。」
紅茶の香気が立ちこめる中、ミネルヴァ学長が居住まいをただし、こちらに視線を向ける。
あれ、入学試験はないよな、確か。
「安心しろ、今更試験などとは言わない。少し確認したいことがあったのだ。」
「あ、はい、なんでしょうか。」
「君はその年で既に鍛冶術を取得している、それも既にLvが2だと聞いた。確かかな?」
「え・・・はい、間違いありません。」
予想外の質問だった。
まさか、ここに来て鍛冶術に話題が来ると誰が思うか。
「君のように貴族の子息は慣例として『黒獅子学級』に所属してもらうのだが、なにぶん基本的に戦術、練兵術に長けたクラスなのだよ。」
「はぁ・・・。」
それがどうした、鍛冶とどう繋がる?
「だが、その分気位が高く高貴であれと貴族を傘にきたような奴らも多い。」
あー、苦手。そういうのいいわぁ・・・。
「だが、君のように類まれなる才能を持つ生徒を集めたクラスがある。」
お、なんだそれ、嫌な予感がひしひしとするが、煌びやか〜な中にいるより数段ましな気がする。
「それが私が直接教鞭をとる『不死鳥学級』だ。君にはそこに所属してもらい、その才能を伸ばしてもらおうと思うが、異論はあるかね?」
「い、いえ。ミネルヴァ学長直々にご指導いただけるのでしたら否はございません。」
言わせる気ないでしょ、まったく。
だが、これはいい方向にころがったようだ。グレイからの手紙と学長は言っていたということは俺がみせたステータスプレートの中身は正しく伝わっているということか。
鍛冶術のことが伝わって期待された、ということはここには鍛冶の施設がある。
「つかぬ事をお伺い致しますが、鍛冶の設備は・・・?」
「もちろん、ある。材料は自分で揃えることになるが、申請さえすれば好きに使って構わん。」
よし、来た!
これは願ったり叶ったりだな。
とりあえずはこのなまくらの打ち直しを早急にでもしたいものだ。
「さて、今日はこの辺にしようか。明日は1日特に何も無い、自由にするといい。明後日が入校式だ。詳しい案内は追ってリンネにさせる。ご苦労だった、下がって良いぞ。」
「ありがとうございます。それでは、失礼致します。」
ソファーから立ち上がり学長に一礼してから室外へ。
学長室の外に出ると、どっと疲れが込み上げてきた。
年甲斐もなく緊張したようだ。
・・・いやまぁ転生してるから12なんだが、うん。
「お疲れ様でした。寄宿舎までご案内します。」
学長室に外で待機していたリンネが先導するように歩き始める。
何事もなく本館を後にし、そのままの足で男性用寄宿舎へ向かう。
寄宿舎までの道は舗装されているのはもちろんだが、両側に街路樹が等間隔に植えられている。
見た事のある樹木だが、楓かな?
やはり似たような動植物が非常に多い。
そんなことをぼんやり考えていると、やはりここまでもきっちり10分、寄宿舎に着いたようだ。
「ここが男性用寄宿舎です。門限は特にありませんが、あまり遅いと寮長がうるさいのでお気をつけを。荷物は既にお部屋に運び込んであります。お部屋は3階奥の328号室です。」
「ありがとうございます、リンネさん。」
「こちらがお部屋の鍵です。明日、もしよろしければ施設のご案内をしましょうか?」
「いえ、そこまでしていただく訳には。あ、そうだ。もしよろしければ施設利用許可だけ頂けませんか?」
鍵を受け取りながら、リンネの提案を丁重に断りつつ、ちょっとお願いしてみようかな。
「施設、ですか?」
「ええ、少し、鍛冶施設をお借りしたいのです。先程学長から申請すれば利用できると伺ったもので。」
「なるほど、そういう事ですか。わかりました、明日の午後からでしたら利用出来るように手配致しましょう。追って寮長に伝達致しますね。」
「重ね重ねありがとうございます。」
よし、約束が取れた。
リンネに別れを告げ、寄宿舎へ入る。
中に入ると俺と同じく今日から寄宿舎に来たであろう学生たちが何人かエントランスにいた。
「おや、アルバスさんですね。ようこそ、寄宿舎へ。」
学生たちに部屋の場所を説明していた男性がこちらへ歩み寄る。
燕尾服を着た見たところまだ20代くらいの男性。まるで執事のような立ち振る舞い。
「私が寮長のアルセーヌ=デュリッツです。お荷物は部屋に運んであります。夕飯は1階の食堂でとることが出来もす。冒険者として活動を始める生徒もいますので食事は基本いつでもとれますので、好きな時に利用してください。浴場は同じく1階奥に。明日は1日自由に過ごしてもらって構いませんが、明後日は入校式です。必ず出席してください。
「よろしくお願いします。」
やはり寮長か。うーん、やはり貴族の子息が暮らしているからか、ビシッとした執事のような人が求められる、と。
挨拶を済ませ、自室へ向かうことにする。
3階奥、328号室はすぐわかった。
扉を開けると聞いた通り部屋に荷物がしっかりと収められていた。
「一人部屋か。良かった、好都合だな。」
正直相部屋も覚悟していたが、一応これでも辺境伯家三男だからか、個室をあてがってくれた。それとも学長直属のクラスだから?まぁどちらにしてもステータスを多少なりと誤魔化さないと行けないことを考えるとこれほどラッキーなことはない。
机脇に鞄を起き、ベッドに腰掛ける。
「やっと一息つけたな。」
一気に疲労感が駆け巡り、ベッドに体を投げ出していた。
ほっとしたら、急激に眠気が襲ってきた。
「あ、シルバーファングの買取、忘れて、た・・・。」
襲い来る睡魔に身を委ね、そのまま気がつけば眠りに落ちていた。