刀匠、女神と会う
真っ白な世界。何もない、ただただ真っ白な世界。
「ここは・・・俺は死んだのか・・・。」
何もない空間を前に、自分の死を悟るのは必然だった。
するとどこからともなく声が響いてくる。
「貴方、本当に落ち着いてるわね。アズマさん?」
「誰だ・・・?!」
突如自分の名前を呼ばれ、後ろを振り返る。
そこには白い衣服に身を包んだ女性がいつの間にか佇んでいた。
ただ、人と言うには印象が違う。
「初めまして、最後の刀匠、アズマさん。私は女神『アルセナス』。貴方がいた世界と隣接する別の世界の女神です。」
「は・・・?女神・・・?!俺が死んだことは何となくわかるが、女神だって・・・?!」
正直、今の現状を理解することができないでいた。
女神が目の前にいて、しかも別の世界の女神だという。
新手のどっきりかとも思ったが自分が死んでることは理解してしまっているため直ぐにその可能性は消えた。
だとしたら、本当に・・・?
「まぁ、突然隣の世界とか言われても驚くよね、そりゃ。けど、自分が死んだことは理解しているのでしょ?」
「それは、まぁ、自分のことは自分が一番理解できるからな・・・。」
「だとしたら、現世で無いことはわかるわよね。ここは神界。魂が浄化され輪廻転生に還されるところよ。」
アルセナスの言葉を聞いた直後、辺りの景色が少しずつ変わったように感じた。
正確には、周りの景色をやっと認識した、というべきだろうか。
薄らと光る川の流れのようなものが上下にうごめいている。
「じゃあ、どうして俺はその輪廻の川みたいなものから出ているんだ?」
「あら、貴方、認識したの?すごい順応力ね・・・。けど、話が早くて助かるわ。
貴方には、二つの選択肢があります。」
「選択肢だって?」
俺の言葉にアルセナスは無言でうなずき、両手を前に差し出し、手のひらを上に向けると薄らと光
を放ち、それぞれ別々の光景を映し出す。
「ええ、選択肢。一つはこのまま元の世界で転生する。今まで経験も記憶も全て失って世界の流れに戻るという選択。そしてもう一つは、私の世界に転生して、今までの経験や知識を持ったまま新たな世界を謳歌する選択肢。」
「貴方の世界に転生だって・・・?それに、経験やら知識を持っていても、所詮赤子からだろう。だったら、元の世界に戻っても変わらないのでは?」
正直、アルセナスの言うことが胡散臭くって仕方が無かった。
転生したところで赤子からだったら経験なんて役に立たない。
そんなことを言う俺に、アルセナスは笑みを浮かべながら答えた。
「もちろん、赤子からということにはなるけれど、私の世界は貴方の元いた世界とは大きく異なるの。」
「何がどう違うって言うんだ?」
「貴方たちが言う『魔法』や『魔物』、ソレが存在する世界。貴方たちの世界には存在しない鉱石の数々。貴方にとって、宝箱のような物だと思うけど?」
「魔法に、魔物、それに鉱石だって・・・?!」
誰もが子供の頃からあこがれる『魔法』。
ゲームや小説の中で見た『魔物』や特殊な『鉱石』。
そういった物に俺自身も確かに憧れた。
刀匠を目指したのも、子供の頃に読んで漫画やゲームに影響されたのは確かだ。
正直、期待で胸が躍る。
「ふふ、その表情、興味あるんだ?」
「そりゃ、憧れの魔法がある世界だったら、興味はあるさ。ただ、その世界で俺は何をすればいいんだ?」
「特になにも?」
「何も?」
「貴方は今まで刀匠としていくつもの銘品を打ってきた。同じように鍛冶師を目指してもよし、やりたいように、生きたいように生きればいいのよ。これはご褒美だから。」
「ご褒美?俺に?」
褒美といわれて俺は益々混乱した。
確かに名刀と言える物を鍛え上げた後は神棚に感謝を捧げたりして神様に奉納するようなことはしたこともあるけど・・・。
「貴方が刀をこよなく愛していたのはもちろん知っているわ。けど、少なからず貴方は打ち続けることを強いられてきたのも確か。だったら、新しい人生は自由に、やりたいことをして欲しいの。全ては自分の選択が第一になる世界。そこが、私の世界なの。貴方が望むなら、刀匠を再度志すこともできる。
貴方が最後に鍛えたこの刀以上の物を鍛え上げることもできるはずよ。」
「ソレは、俺の・・・?!」
いつの間にかアルセナスの手には俺の最後の作品が握られていた。
「・・・わかった、あんたの世界に行こう。俺はそこで、ソレを超える刀を鍛えてみせる。」
「義務感、じゃないわね。うん、その熱意、やっぱりおもしろいわね。」
アルセナスは破顔してうれしそうにうなずいていた。
満足したのか手に握っていた刀から手を離す。するとふわりと宙に浮かび、空間に佇んでいる。
「いいわ、貴方には特別な力をあげるわ。貴方が転生した後、どんな人生を送ることになってもその人生を最大限楽しめるための力を。」
手から光があふれ出し、俺の体を包んでいく。暖かい力が俺の魂に染み込んでいくのがわかる。
直後、意識が希薄になっていく。
「貴方を歓迎します。アズマさん。貴方の人生に女神の祝福を。」
アルセナスの言葉を最後に、完全に俺の意識は反転する。
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それから、10年ーーー
あのあと、俺は無事転生を果たした。
アルセナスの言うとおり、生前とは違う世界で、俺は『アルバス=セルタニス』として生まれた。
セルタニス辺境伯の三男として。
貴族、らしい。
とはいえ三男だからこの地を継ぐとかは無く、成人したら家を出て他の貴族家に婿入りすることが
多いらしい。
まぁ、まだ先の話。
今はただひたすらに勉学と剣術の指導を受けている。
今日もまた、剣術指南役のチャールズと剣を合わせている訳なんだが・・・
「アルバス様、いつの間にこんな体裁きを・・・?!」
チャールズの動きを目で追う。
上段から振り下ろされる木剣を体を反らすことで躱し、木剣の腹でチャールズの足を打つ。
うん、自分でもおかしいと思う。
一昨日よりも昨日、昨日よりも今日、相手の動きが日を追うごとに遅く見える。
いや、違うか。俺が早くなってるのか?
「いやはや、まさかもう一本取られてしまうなんて・・・。アルバス様の成長速度の速さ、感服いたします。」
ポケットから取り出したハンカチで汗を拭いながらチャールズは苦笑いを浮かべる。
汗一つかいていない俺は苦笑を浮かべながらベンチにおいた水筒を手に取り一口飲む。
「女神様の祝福、でしょうかね。早く祝福の儀を受けて祝福の内容を知りたいです。」
「きっとすばらしい祝福が授けられていることでしょう。明日はついに大聖堂にて祝福の儀ですからな。私も楽しみにしております。」
この世界では10歳になると大聖堂で自分に授けられた女神の祝福(通称スキル)を知ることができる。
このスキルは生まれ時から持っている先天的な物と、鍛錬することで覚える後天的な物に分かれる。
祝福の儀を受ける段階で先天的なスキルの他に後天性スキルを2つもっていれば神童と言われるほどスキルの取得は大変なのだ。
魔法は適正さえあれば鍛練を積めば覚えることができるらしいが、適正がわかるのも祝福の儀の時であるため、魔法を使えるようになるのも10歳からといわれている。
「さて、女神様は何してくれたんだか・・・。」
チャールズに聞こえないようにぼそりとつぶやいた言葉は風に乗って誰にも聞かれること無くかき消えた。
全ては明日わかること。
楽しみ半分、やっかいごとになりそうで困惑半分。
そんなことを考えながら、この後の算術の為に屋敷に向けて歩き始めた。
次の日、前代未聞の出来事が起こるとは、この時はまだ誰も思いもしなかった。