2曲目「あいさつのキス」
ただいまのキス、おかえりのキス
離れていた分、近づきたいの
おやすみのキス、おはようのキス
朝も夜もずっと、感じてたいの
少し私の話を。
名前は、向日葵。向日が苗字で、読み方は「むかいび」で、下が葵で、読み方は「あおい」。繋げて読むと「ひまわり」になるのは、向日家に女の子が産まれたらこうしたいという念願だったらしく、父もそう思っていたので、すぐに決まったらしい。
今年で17才の高校二年生で、一応私立のお嬢様校に席は置いてある。ただ、私はあまり好きではないので、週に一回はサボっている。それでも勉強は好きで、頭もそこそこなので、特に何も言われない。
父は、幼い頃に亡くなっている。今はジャーナリストの母と暮らしているけど、ほとんど家に帰ってこないので、実質一人暮らしみたいなもの。
そして、そんな私は今他人の部屋の掃除をしているのですが。
「生活感しかない」
それが彼女の部屋への感想だった。脱ぎ散らかした服、キレイには食べられてはいるけど置きっぱなしの弁当のゴミ、飲み終わったペットボトル、何かを書いては丸められて捨てられたルーズリーフ。これでもかと生活感を主張している部屋はないと思える。
「……片づけよ」
私でもよくわからない。今日知り合って、家にまでついてきて、突然キスまでされたのに、この状況は理解できないのに、抜け出そうとしない自分がいる。
「……これ、全部歌詞?」
服は畳み、ゴミは捨て、ルーズリーフも一緒に捨てようと何気なく中を確認すると、ボールペンで様々な言葉が書かれていた。読めば、ほとんどがラブソングであった。
「絡み合う指、甘い囁き、溶け会う唇」
どれもが、過激で、甘美で、でもキスで終わる関係。まるで、女同士の夜伽。
「まさかね」
それでも読めば読むほど、熱が高まり、蒸気する。私と彼女であられもない想像をしてしまう。
「……すごい」
そんなことを想像していることよりも、想像させられるくらいに、歌詞が巧みで、繊細で、惹き込まれることに関心した。
私は手当たり次第、転がっているルーズリーフを開き、口に出して読み漁った。
そして、それを書いた本人が帰ってきたのにも気づかずに。
「ただいまのキス、おかえりのキス」
「ふふっ。あなた、ホントに可愛いわね」
私は後ろからの声に驚くと同時に、背中に温もりを感じる。顎を白魚のようで先は硬い指で撫でられ、彼女の方に顔を向ける。
「ただいま」
「おかえりなさい……」
唇に二度感触が伝わる。前より甘く、優しい、挨拶のようなキス。
ただ、ない。麻薬のような感じも。あのときの熱も。全身の疼きも。
「……やっぱり私には合わないわね」
彼女は、照れくさそうに私から離れる。でも、私もそう思ってしまった。
「この歌詞は駄目ね」
そう言って、私の手からルーズリーフを取り、また丸めて近くのゴミ袋にバスケのフリースローのように投げ込む。
「それ、プラゴミの袋です……」
私は、この物足りない感じを抱えながら、平常心に戻ってしまうのだった。