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レディアンドレディ  作者: レオサリー
1/3

1曲目「レディアンドレディ」

 あいしてる、あいかわらず

 あいしてる、あなただけ


 初めての恋よ、少し早いの

 麻薬みたいって聞いてるし

 ちょっと待ってね、女だから

 準備いるのよ、私


 キスでしか交われないわ

 この時は大切にしたい

 見つめあって心あわせて


 「レディ、アンド、レディ」

 それは本当に偶然だった。いつものように学校をサボり、ウザいナンパや補導から逃げるように人混みを避け、ふらふらと流れ着いた公園。ベンチと滑り台しかなく、いるのは猫くらいな閑散とした所に、酷く妖艶で、女の私でも惚れてしまうようなアルトボイスが、アコースティックギターの伴奏とともに響く。誰に聴かせるわけでもなく、誰かに捧げるのでもなく、自分の思ったように愛を歌う彼女は、雨の中に佇むアジサイのようだった。

 私は彼女の演奏を聴き終わると自然と拍手をしていた。彼女はそれに気づくと私に目の焦点を合わせる。

 黒縁メガネの奥に見える吸い込まれそうなほど深く澄んだ瞳。誰もが見惚れる整った顔。黒く綺麗に流れるロングの髪。そして、清楚な大和撫子には似つかわしくない、唇に惹かれる紫のルージュ。それこそまさしく、雨に濡れる艶やかなアジサイ。先程の例えが間違いではないことがわかる。

 「聴いてくれてありがとう。アジサイって名前で活動してるの」

 「あっ、私ヒマワリです‼え、えと」

 「可愛いわね、あなた」

 紫のルージュにしか目がいっていなかったせいで、笑みを浮かべ、そこから紡がれた言葉にしどろもどろしか返せず、恥ずかしさがこみ上げてくる。そこでやっと我に戻る。

 彼女は、私が在籍している学校の制服を着ていた。リボンの色から先輩だとわかる。それに気づいた私はとっさに聞いてしまう。

 「あの、その制服」

 「あー、バレちゃったかー。みんなには内緒ね?」

 彼女は、イタズラっぽくウインクをする。先程の雰囲気ほど、中身は大人な女性ではないらしい。彼女は、ギターをハードケースにしまいながら話を続ける。

 「あなたは学校に行かないの?制服に見覚えがあるってことはうちの生徒でしょ?」

 「いえ、あの、その」

 「……まあ、色々あるものね。とりあえず、ここだともう少しするとお巡りさんがパトロールに来るから、うちにくる?」

 彼女は、ハードケースを背負い、向かいのマンション指さして、そちらに歩きだす。私は、喋るとまた言葉に詰まりそうな気がしたので、うなずいて後を追う。本当に先程と雰囲気が違いすぎてよくわからない人だ。


 「あの、その紫のルージュ、似合ってますね」

 彼女の後を追い、部屋に向かうエレベーターの中で、私は我慢できなくなり、思っていた事を話す。

 「そうなの?ありがとう」

 彼女は、こちらは見ずにそう答える。

 「これね、お父さんから盗んだものなの。私のお父さんは、海外で有名なロックバンドのギタリストなんだけど、そのせいでお金はあるけど時間はない人だった。私は、母に育てられたの。でも、母は死に、家には毎月の生活費が振り込まれる銀行の通帳とカードだけ残ったの。そして、たまたまの気まぐれで海外の父の拠点に呼ばれたときに、この紫のルージュを見つけて、盗んできたの」

 淡々とそんな話をする彼女の声は、何の感情も籠もっていないのか、わざと抑えているのかわからない。私も話題を間違えたと思い、黙り込んでしまう。そして、目的の階につき、無言のままエレベーターを降り、彼女の部屋らしき扉にたどり着く。彼女は、カードキーで手慣れた手付きで鍵を開け、中に入る。その後を追い、扉を閉めた途端、彼女の顔が私の視界を遮る。その顔は、さっきの歌っていた時と同じ。そして。


 「……抵抗しないの?」

 「……」


 初めてのキス。なんでとか、女の子同士なのにとか、そんなことどうでもいいようなくらい。


 唇から入り、身体を蝕み、脳を揺さぶる。


 麻薬みたいに。


 「唇にしか興味持たないから、好きなのかと思ったけど、まさか初めて?」

 また、紫のルージュが私の唇に接触しようとしている。私は、このまま快楽に溺れてもいいと思うくらいあの一瞬を感じていたとともに。


 「待って、準備が」


そういいながら、両手で彼女の身体を突き放す。ただ、力ずくではなく、やんわりと。

 「ふふっ、そんなこと言われたの初めてだわ」

 彼女は、手を唇に当て笑う。そして、背負っていたギターを置き、靴を脱ぎ、奥の部屋に入っていく。私は、状況が把握できず、その場に立ちつくす。ふと、奥の部屋の掛け時計を見ると、自分の思っていた以上に時間が経っていたことに気付いた。

 「私は学校に行くけど、あなたは好きにしていいから。部屋はオートロックだから忘れ物だけ気をつけて出てね」

 そういいながら、手持ちカバンを持ち、私のいる玄関に向かってくる。そして、靴を履き直し、耳元にささやく。

 「また、準備できたら、しようね」

 

 彼女の唇に引かれていた紫のルージュは、今は落とされていた。

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