I妹な関係
「これで、ついに俺にも⋯⋯よっしゃーーーーーーー!!!!!!!!!」
そう家の二階にある自室で叫んでいるのは高校二年生の柳田智也。
学校から家に帰ってくる途中の本屋で買った本を掲げ、息をはぁはぁ言わせつつ地面に膝をついていた。
「智也ー。あんたうるさいわよー」
「⋯⋯」
一階から聞こえた母の声にどれだけ大声で喜んでいたのか智也は気づき、すぐに口をつぐんだ。
「よし、では早速」
先程のような大声ではなく、小声でそう言った智也は本をおもむろに開く。
「えーなになに、まずは魔法陣を作らなきゃいけないのか。魔法陣を書くものはなんでもいいと」
智也が持っている本は「いろいろな魔法陣」という何とも危ない本だ。
その中に自分の欲しているものを召喚させる魔法陣というものがあった。
それを智也は見つけ、実践に移そうとしているわけだ。
「召喚させたいものがその魔法陣の中に入るのであればいいのか」
智也は自分の欲している物の大きさを考える。
そして机にあったA4サイズの紙を6枚繋げ一枚の大きな紙にする。
「これに魔法陣を書けばいいんだな」
筆箱からシャーペンを取り出し、本に書かれている魔法陣を紙に書き写していく。
魔法陣を書き終えた瞬間、智也の顔が一気にニヤつく。
「ぐへぇ、ぐへへへへへ、もう少しで俺の、俺の妹が」
もうお気づきかも知れないが智也は極度の妹好き。
ずっと妹が欲しくてたまらなかったのだ。
智也はニヤケ顔のまま本の続きを読む。
魔法陣を作ったあとは、召喚の義というものを行わなければならないようだ。
「我が欲している物よこの召喚の儀に基づいて馳せ参じ給え!!」
智也は本に書かれている召喚の言葉を仁王立ちをし、掌を魔法陣に向け、キメ顔でそう言った。
「・・・」
仁王立ちをしたまんま時は流れて行く。
その時間が、興奮しきった智也の頭を冷やすにはそうかからなかった。
そして冷静になった智也は恥ずかしさとともに怒りが湧いてきた。
「いや、まて。本に何か書いてあるかもしれない。うん。絶対そうだ。書いてなかったら俺、ただの変人じゃん」
怒りをどうにか抑えるために自分の中で合理化していく。
そして、本を捲る。
だが、知りたいことは何も書いていない。
遂に最終ページに差し掛かった。
最終ページには真ん中に文字が書かれているだけだった。
『この本はジョークグッズですwwまあ、こんなこと本気にする人なんていないと思いますけどww』
「死ねぇーーーーーー!!!!!!!!!!!」
智也は本を思いっきり壁に叩きつけた。
智也が怒っているのは、恥ずかしさに対する八つ当たりでしかない。
その八つ当たりはどんどんエスカレートしていき。
「こんなもの、粉微塵にしてやるわー!!」
終いには筆箱の中からカッターを取り出し、乱暴に本を切りつけていく。
しかし、今の智也には、カッターを乱暴に扱ったら当然起こりうる事象を考える暇もなかった。
「っ、痛っ!!」
智也は自分の指を浅く切ってしまった。
切り口から血がタラーと流れてくる。そして、ポタポタと床に落ちた。
「あれ、俺は何をして」
怒りで我を忘れていた智也はカッターに作られた痛みによって正気を取り戻す。
そして、指に痛みがあることに気づき、ゆっくりと自身の指を見る。
「なんじゃこれは!? って床に垂れてるし。あ〜も〜全部この本のせいだ」
血は床に落ちていた。
だが、床には魔法陣を書いた紙がある。
当然その紙にも血が少しだけ付いていた。
「こっちにもついてるじゃんか。まあ、いいか。どうせ何にも起きなかったし」
期待を打ち砕かれひどく落胆し、ため息をつく。
その瞬間、魔法陣から赤い光が放たれた。
「うっ!!」
智也は慌てて腕で目を塞ぐ。
光が徐々に弱くなっていることを確認し、ゆっくりと腕を退かした。
「えっ?」
智也の視線の先には何やら可愛らしい女の子が。
だが、その女の子の表情はかなり険しい。
「え、何これ、、、どういうこと?」
その女の子は何が起こっているのかさっぱりわかっていなかった。
無論、智也にもわかっていないのだが。
女の子は智也の存在に気づき、落ちていた視線を上に上げる。
「あなた、誰?」
「俺か?」
智也は考えた。
今、何故女の子がここにいるのかを。
そして、ある一つの答えにたどり着く。
魔法陣の効果で、女の子が召喚されたんじゃないかという答えに。
とすると、この女の子は智也が欲していた物、否、者になるわけだ。
「俺は君のお、」
「お?」
「お兄ちゃんだーーーーーーーーーーー!!」
「え!?」
「はっ、はっ、はっーーーーー」
「ジョーク本様。先程はいろいろ言ってしまい誠に申し訳ございませんでした。誰に傷つけられたのかわかりませんが許せませんね。傷つけた本人を即刻死刑にしてやりたいですよ」
と心の中で言いつつ、智也は召喚が成功していた事実に笑わずにはいられなかった。
そして、女の子は智也のことを一層険しい表情で見ることしかできなかった。
「お、お兄ちゃんってなんですか!? 私はあなたの妹では」
「あんたたちさっきからうるさいわよー。ちょっと下に降りてきなさい」
「はーい。 ⋯⋯ん? 今あんたたちって言ったか?」
一階にいる母がしびれを切らし二人を呼びつける。
ここで智也だけではなく二人、つまり母からしてみれば知るはずもない、この女の子まで呼びつけたことに智也は疑問を感じていた。
「ちょっと何なんですか。それになんで私は生きて・・・」
妹はそこまで言い、口籠ってしまった。
智也は母の声により落ち着きを取り戻し、何故妹のことを知っているのか疑問に思った。
「妹よ、とりあえず一緒に来てくれるか?」
「だから妹じゃないです」
「な、んだ、と。俺の、妹では、ない?」
「初対面の人にいきなり妹呼ばわりされる気持ちをわかってください」
「いや、普通にキモいだろ。それくらいわかる」
「わかってんじゃねーかーーーー!!」
「でも、間違いなく俺の妹だ」
「もうなんでもいいです。で、この状況は一体何なんですか?」
智也たちは会話するたびに声が大きくなっていた。
そうなると当然一階にいる母が反応するわけで。
「もうあんたたち、何回言えばわかるのよ。これで何回目よ。グチグチグチ⋯⋯」
母は、智也の部屋まで来て説教を始めた。
「グチグチグチ⋯⋯わかった?」
「は、はい。⋯⋯それで一つ聞きたいんだけど」
「何?」
「なんで妹のこと知ってるの?」
智也からしてみれば妹だが、母からしてみれば赤の他人のはず。
だが、母は妹のことを見ても特に変化はなかった。
「え、智也の妹でしょ。何を言ってるのよもう。冗談やめてよねー。それじゃあ次から気をつけること」
あたかも当たり前のようにそう言い放った母は、「あー、私のヨ○様が待っているわ」そう言い、そそくさと一階に戻っていった。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
智也の部屋を沈黙が支配する。
だが、二人とも沈黙の意味が違った。
智也の沈黙は「よっしゃー。親公認の妹だーーーーーー!! いえーーい。やっほーい」という思考が脳内を埋め尽くしていたから。
その証拠に智也はしっかりとにやけ顔をしている。
対して妹は「どういうこと? 私、本当に妹になってる? え、ええ!?」という思考が脳内を埋め尽くしていたおり、戸惑いの顔をしていた。
「そ、それでさっきの話の続きだけど」
今度は声の調子を落とし先程の会話の続きを始める。
「えっとなんでこんな状況になっているのか、だっけ?」
「うん」
「ああ、それはな。この偉大なる本様を使い、俺の欲している物、いや者を召喚したからだーーーー!!」
「どうしてその偉大なる本様は切り傷だらけなの?」
「気にするな。これは何者かにつけられた傷だ」
「そ、そう。⋯⋯っでどうしてその本で私を召喚したの?」
妹は智也の話が嘘だとは思わなかった。
召喚なんて普通からしたら馬鹿げてる話だが、妹は実際に体験している。
だから、智也の話が嘘だとは思えないのだ。
「どうしてか。ふっ愚問だな。俺が欲している者、それは妹しかいないだろーーー!!」
「知るかー!!」
全力で智也を殴る妹。
だが、痛みに顔を歪ませることはせず逆に笑顔になっていた。
「あー妹にお兄ちゃんなんて呼ばれたいなー」
チラッチラッと妹の方を見る智也。
「なんであんたのことをお兄ちゃんって呼ばないといけないのよー」
「なんでってそれは俺の妹だから」
「妹が兄に対してそんなんだとか夢見過ぎだわ」
「え、ち、違うのか!? はっ、もしかして妹はお兄ちゃんのことが好きっていうのも」
「全然違うわー。そんなんだったらこの国終わってるわ!!」
「ち、違うのか、はは、はははははははははははははははは」
智也が壊れた。
自分の思い描く妹のイメージとリアルの違いにショックを隠せない様子。
智也の頬を涙が伝った。
「あ、あれ、なんで涙が。妹がお兄ちゃんって呼んでくれないとか、妹はお兄ちゃんのことを好きじゃないとか聞いたら不意に涙が」
「う、うわー」
妹はガチ引きしていた。
だが、妹は智也が馬鹿すぎて冷静になり、自身の抱えている問題を思い出し妹も涙を流す。
「え、ど、どうした妹よ?」
智也は妹が泣き出したのを見て冷静になり、涙が止まった。
「な、んでも、ない」
「なんでもないはずがないだろ。妹よお兄ちゃんで良ければ話してくれないか」
智也はこれまでに見せたことがない真剣な顔で妹に言う。
その表情が妹に話してもいいかなという気にさせた。
「私はさっき自殺をしようとビルから飛び降りたの」
「えっ?」
「私の心の支えだった両親が病気で亡くなって、もうどうでもいいやってなっちゃって、それで自殺しようって思ったの」
「・・・」
「ビルから飛び降りてあとは死ぬだけってところでいきなりここに召喚されたの」
「そ、そうか」
智也にこの話は重すぎた。
うかつに聞くべきではなかったと思う反面、話してくれて嬉しいと思っていた。
「話してくれてありがとう」
「もしかしたら両親は死ぬなって言ってんのかもね。その結果がこれだけど」
妹は不本意と思いながらも今の状況を嫌っている様子は見られない。
そうこうしているうちに時刻は19時になっていた。
「二人ともーご飯できたわよー」
「おっと、もうそんな時間か」
「・・・」
「どうした妹よ」
「私も行っていいのかな」
「行っていいもなにも俺の妹じゃん」
「でも」
「それに俺たちもう、家族だろ」
「・・・わかった。私も行く」
妹はもういちいち妹では無いとは否定しない。
面倒くさいっていうのもあったが、智也の妹でいいと少なからず思っているからだ。
その二人の兄妹は一階に降りる。
「あんたたち本当に仲いいわね」
「え、そうかな?」
食卓につき、母にそう指摘された智也たち兄妹。
「昔から美咲が智也にベッタリとしててこっちも困ったわー。まあ、今となっては当たり前なんだけどね」
「美咲?」
「あんたまた冗談? 妹の名前でしょーまさか忘れたの?」
「い、いやだなー母さん。冗談だよ冗談」
智也はチラッと妹視線を向ける。
妹はなんで知っているとでも言いたげな表情をしていた。
柳田家は食事の際、いつもテレビをつけている。
ちょうど今はテレビのニュース番組を見ているところだった。
『えーただいま入ってきたニュースです。高校一年生の女子生徒が五階建てのビルから飛び降り自殺をしました。この女子生徒が何故自殺をしたのか原因はわかっていませんが、原因究明のため遺書などはないか捜査する見込みです。えー続いてのニュースです』
「高校一年生の女子生徒が飛び降り自殺ねー。そんな若いのに自殺するなんてよっぽど追い詰められていたのね。可哀想に」
このニュース報道は十中八九美咲のことだ。
そのニュース報道に対して本当に可哀想と思う母。
「ありがとうお母さん」
「え、なにか言った?」
「ううん。何も」
美咲は顔を隠し、母に感謝を述べる。
この感謝の意は私の死を悲しんでくれてありがとうという意味だ。
と言っても美咲は死んでいないのだが。
智也と美咲はこの世界が改変されたことに気づいた。
自殺をしようとした美咲は死に、柳田美咲として生まれ、柳田智也の妹となった。
「お兄ちゃんもありがとね」
「え、い、今、お兄ちゃんって」
「っ!? い、今のはなし!!」
「もう一回、もう一回お兄ちゃんって言って!!」
「はあはあ言うなーー!! そして死ねーーーー!!」
美咲は柳田家の一員として生きていくことを決めた。
妹か何なのかわからないこの曖昧な関係で。
お読み下さりありがとうございます。
この作品のタイトル「I妹な関係」と曖昧な関係がかけられていることに気づいたでしょうか?
この作品の他に「三秒転生」を投稿しているのでそちらもどうぞご覧ください。