61.職場の仲間
「三木ィーッ! 生きてたかーッ!」
「よかった……マジ、よかった……」
水曜日、数日振りに出勤した三木は、先輩二人にもみくちゃにされた。
ヘッドロックした大村先輩が小声で耳打ちする。
「あれから何か……進展あった?」
「進展?」
「西口さんに代表でお見舞い頼んだんだけど……来なかったのか?」
「来ました。くまくま茶屋のクッキーありがとうございました」
「あーッ! 看病フラグ、へし折っちゃったかー!」
大村先輩がパッと手を放し、三木はつんのめった。
葉多先輩と大村先輩が整列して制帽を脱ぐ。
「君の鈍感さには脱帽です」
「筒抜けですよ」
丁度、窓口の客が途切れ、西口鈴が椅子を回してこちらを向いた。
「三木さんだけじゃなくて、みなさんもですけど、ショクバノナカマって言う……異性として云々どころか、そう言う種類のイキモノみたいな感じで、完全に圏外ですから」
「ねっ? ホラ、違うでしょ」
三木は援護射撃にホッしたが、大村先輩はニヤリと笑った。
「なるほど。西口さんは職場恋愛しない派かぁ。三木君、契約終わったらワンチャンあるぞ」
「今の内にメルアド聞いとけよ」
葉多先輩も笑ってスマホを出した。
ホームから降りてきた小野助役が雷を落とした。
「駅長が本社で留守だからって、たるんどるぞ! 明けの奴はさっさと帰れ! 大村君はホームへ行け! すぐ次が入るぞ」
ベテラン二人がバタバタ事務室を出て行くのを見届け、小野助役は最年少社員の三木に向き直った。
「三木君は、仮眠室で何かあるといけないから、今月いっぱいは日勤専門だ。くれぐれも無理するなよ」
ポンと三木の肩を叩いて、小野助役もホームに戻った。
翌日、当初の予定より一日早く、業者からスタンプとクリアファイルが幸瀬駅に届いた。
本社からも、公式のゆるキャラ「ニッキー」のクリアファイルが届いたが、作った当時から不人気で、大量に売れ残って倉庫で眠っていたシロモノだ。
「三木君、間に合ってよかったじゃないか」
谷上駅長が段ボールを開ける。
スタンプラリーコンプリート景品の缶バッジとクッキーは既に袋詰めしてある。袋詰め作業は、二木鉄の乗客を増やす会の会員……老人会と高校生、二木大学鉄道研究会がしてくれた。
ニッキーのクリアファイルは、希望者のみに配布することになった。
ネタとして楽しめるコア層はともかく、ライト層は「タダでもいらない」が多数派だろう。欲しい人に十枚でも二十枚でも渡した方が廃棄率は下がりそうだ。
「本社の協議会の担当者には、私が連絡しよう。さ、ホームに上がって」
三木は事務室を半ば追い出される形でホームに上がった。
後二本でラッシュの時間帯が終わる。
ホームに忘れ物がないか、線路上に空き缶などの落下物がないか、架線にレジ袋などの飛来物がないか、点検していてふと気が付いた。
……駅長は、防波堤になってくれたんだ。
有難さに涙が出そうになったが、信号を見て気を引き締める。
どうも最近、涙もろくなっているようだ。
通勤と通学の人々が幸瀬駅前のバスターミナルから、改札を抜けて続々とホームに上がって来る。バスが来ない時間も、徒歩や自転車でパラパラ人が集まり、停車位置の印を先頭に列が伸びる。
……もし、二木鉄がなくなったら、この人たちは……
三木は春の淡い空の下、山を下る線路の先に目を凝らした。




