57.延びる退院
久し振りにスマホを触らない夜を迎えた。
他の患者はみんな眠っているらしく、病室は静かだ。同室の三人は昼も静かで、看護師が見周りで声を掛けるまで、居るのか居ないのかわからなかった。
消灯時間を過ぎたが、三木は西口が睡眠時間を削って残りのスタンプ原画を描いてくれる申し訳なさと、西口のツイートとフォロワーの反応が気になって眠れない。兄は、栄が睡眠不足にならないように、とスマホを取り上げたが、逆効果な気がした。
……あー……でも、やっぱ、あったら、一晩中見てそうだから、ない方がいいのか。
グッズ販売の件で、ニローやののママから連絡がありそうだが、伝え忘れた今、西口に全て任せるしかなかった。
……アリバイ工作までしてもらって……!
三木は病院の白い枕に顔を埋め、涙を堪えた。
翌朝、三木は医師の説明に困惑した。
「血液検査の結果……」
「悪かったんですか?」
三木の不安な声に、医師は申し訳なさそうに答えた。
「いえ、月曜の午後まで来ないんですよ。忘れてました。すみません。それと、CTの検査技師、土日は急患しかやってないんで」
「僕、急患じゃないんですか?」
「一応、救急車で来ましたけど、即手術って言う程の緊急性はないんで、そんな心配しなくていいですよ」
安心させようとする笑顔が微妙に引き攣っているのは、医師が疲れているからだろう。
……だったら、退院させてくれればいいのに。
「今日と明日は一日中、携帯用の心電図付けて過ごしてもらって、月曜にCTと負荷心電図、それと血液検査の結果を見て、手術の必要がなければ、火曜の朝に外来でお薬渡して、お昼くらいにはおうち帰れますよ」
「えっ? あの、仕事は……?」
「電車は土日も走ってますけど、今は仕事のことは忘れてゆっくり身体を休めて下さい」
「こう言う、頑張り屋さんの仕事人間が罹りやすい病気なんですよねー」
年配の看護師が横で苦笑する。
「ご家族には伝えてあります。ストレス、よくありませんからね」
三木は、看護師にあやすような口調で寝かしつけられた。
火曜の朝、兄が来て一緒に結果を聞いてくれた。
医師がレントゲンやCTの画像を示し、三木の病状を詳しく説明する。
「やっぱり心筋梗塞じゃなくて狭心症ですね。動脈硬化で常に血管が狭くなるタイプじゃなくて、冠動脈が何かの拍子に痙攣するタイプなんで、痙攣を防ぐお薬を……取敢えず二週間分、出しときます。何ともなくても忘れずに飲んで下さい」
手術を受けずに済んだが、兄の顔は険しい。薬局で順番待ちの間、イヤそうに伝えられた。
「駅長さん、心配してたぞ。……仕事は明日の日勤からでいいけど、ムリそうだったら、有給全然使ってないし、自宅療養して欲しいって」
「う……うん。お見舞いもらっちゃったし、お礼言いに顔だけ出しとかないと……」
「今日は実家に帰るぞ。お前が救急車で運ばれたって聞いて、ばあちゃん寝込んじまったから」
「えッ? ご……ごめん」
兄の眉間から皺が消えた。
「元気な姿見せてやりゃ、ケロっとして起きて来るよ。ま、あんまムリすんなよな。仕事キツかったら、いつでも辞めて帰って来ていいから」
「……ごめん」
襖を開けた瞬間、祖母が布団を飛ばして跳ね起きた。
「栄ちゃあぁあぁあぁあぁぁぁんッ!」
三木に抱きつき、頭のてっぺんからつま先まで撫でさする。
「どこも……どこも何ともないの? ね、大丈夫なの?」
「うん。大丈夫。念の為に一応、検査しとこうってなっただけで……検査の係の人が土日休みだから入院延びただけで、大丈夫だから」
「うあぁあぁぁぁッ! よかったあぁぁぁッ! 栄ちゃあぁぁぁんッ!」
祖母が三木の胸に顔を埋めて泣きだした。布団の傍に座っていた祖父も、孫の無事な姿に涙ぐむ。
……薬……しばらく飲まなきゃいけないとか言えないな。
隣を見ると兄も苦笑していた。




