56.心臓に悪い
「売れるかわかりませんけど、ここまでは心臓にダメージない話です」
「えっ?」
三木の動きが止まった。
「幸瀬駅でも売るコトになったのは、三木さんが居るからです。本社にあの件、バレたから」
「あッ……!」
言葉もない三木に、西口は淡々と言った。
「本社で随分、絞られたみたいですけど、私のことは黙っててくれたんですね。ありがとうございます」
「そりゃ、西口さんに迷惑掛けるワケ行きませんから……」
「三木さん、本社で『誰が描いたか知ってどうするんですか?』って質問と『すみません』しか言わなかったってホントですか?」
西口が三木の目を覗き込むようにして聞いた。
「そりゃ、これ以上、ご迷惑掛けるといけませんから……」
三木が繰り返すと、西口鈴はニヤリと笑った。
「本社の人も、今日、聞いた駅長さんも、イラストを描いた人がツイッターの中の人で、三木さんは“駅員でないと撮れない写真”を提供しただけだと思ってるっぽいです」
「えぇッ?」
……確かに、僕が中の人だとは言わなかったけど。
少なくとも唐櫃営業部長は、三木が中の人だと決めつけてキレていた。
西口が不敵な笑みを浮かべる。
「この勘違いを利用しない手はありませんよ」
「えっ、ちょっと待って下さい。唐櫃部長は僕を中の人認定してたんですよ?」
「えぇ。だから幸瀬駅にグッズ販売が回って来たんですけど、広報部長さんは、『三木君は、営業部長に二時間以上怒鳴られても、誰が描いたか、ツイッターやってるのが誰なのか、口を割らなかった』って言ってましたよ。少なくとも広報部長さんは、三木さんじゃないと思ってるんじゃないんですか?」
……そんな都合よく勘違いするかなぁ?
「勘違いしてるの、田尾寺部長だけじゃないんですか?」
「そうですか? でも、それ聞いた駅長さんが、写真頼まれただけなんじゃないかって、庇ってくれて……」
「今日、来たんですか?」
「三木さんが救急車乗った次の電車で来ましたよ。入れ違いになってよかったですね」
西口は笑みを含んで言う。
「お兄さんが病院帰りに寄って『弟のスマホ取り上げたから、連絡は実家に下さい』って……これ、誤魔化すチャンスですよ」
「何を……?」
「ツイッターの中の人、誤魔化すチャンスです」
今日は色々あり過ぎたせいで全く頭が回らない。
西口鈴はもどかしそうに眼鏡を押し上げ、二木あおいのツイッターを表示させた。
「三木さんは入院してて、スマホを取り上げられてます。今、ツイートすれば、広報部長さんの誤解がホントのコト扱いされて、営業部長さんは黙らざるを得なくなりますよ」
「そんな上手く行くかなぁ?」
そんなやりとりの間にも、西口がリロードする度にいいねとリツイートが増えて行く。
「さ、パスワード教えて下さい」
三木の動悸が激しくなり、ナースコールを握る手がじっとり汗ばんだ。西口の話を頭の中で何度も繰り返す。
西口は画面を切替え、テキストファイルを表示させた。
「これに入力して下さい。帰ってからツイートします」
「何て……?」
差し出されたスマホに手を出せず、汗ばんだ掌をシーツにこすりつける。
「イラクティブの紹介は、投稿日が古い順で一日五本まで、年齢制限あり作品は除外……ですよね?」
「あ、はい……」
「それと、明日から土日限定でグッズ販売する件。販売時間は九時五時ですってアナウンスしないといけないんで」
「終日じゃないんですね?」
「そりゃそうですよ。ママさんたちを始発から終電までタダでこき使ったら、二木鉄ブラック過ぎでしょ」
「あ、いえ、その……駅員が交代で売るんじゃないんですね」
「まぁ、本社の意向……二木鉄の乗客を増やす会の活動でってコトみたいなんで、二木駅は老人会が売ってくれるそうです」
西口がスマホをいじりながら言う。
「それと、日曜……明後日にはスタンプラリーの告知もします。これは前に打合せで決めた日なんで」
三木の心臓が跳ね上がった。
「僕が描くって言った駅……まだ……全部できてないんですけど……」
「こないだ画像もらったんで、私、やっときますよ」
「すみません、すみません」
三木は、ベッドの上で土下座した。
西口の笑いを含む声が降って来る。
「それは別にいいんで。適材適所ってコトで……IDとパス、入力して下さい」
三木は手の震えを堪えて西口のスマホに触れた。




