55.スマホ没収
両親と兄が血相変えて病院にすっ飛んで来た。
駅長が帰ってからほんの二時間足らずだ。明らかにスピード違反だが、つっこめる状況ではなかった。
「いや、あの、別に……命に別条なくって……お医者さんが一応、精密検査って……えっと、明後日には仕事していいって……」
安心したのか母が泣きだし、父は険しい顔で言った。
「さっき、お医者さんと話した。検査の結果が悪かったら、手術って言われたぞ」
「大丈夫だって。健康診断で引っ掛かったことないし、メタボじゃないし、高血圧じゃないし、煙草吸わないし、お酒はちょっとしか飲まないし、そんな悪くなる理由ないんだから」
三木は半ば自分を安心させる為に、大丈夫だと思う要素を並べた。
「そうか? まぁ素人がごちゃごちゃ言ってもしょうがない。検査の結果が出てからだな」
「お父さん、あんまり長居したら栄が疲れるから……」
母がハンカチで涙を拭い、着替えが入った紙袋を椅子に置いて、父の背中を押す。
黙ってやりとりを見守っていた兄が右手を出した。
「スマホ!」
「スマホ?」
「退院するまで没収な」
「えぇッ?」
兄はずいっと一歩近付いて三木の鼻先に掌を突きつけた。
「例のツイッター見たけど、お前、いつ寝てんだよ? 原因、明らかに過労と睡眠不足じゃないか」
「いや、あの、でも、会社から連絡来たら困るし……」
「駅長さんには俺が言っとくから」
「お願いだから、入院してる間くらい休んでちょうだい」
母がまた泣きだし、三木は渋々スマホを預けた。
四人部屋だが、他のベッドはカーテンが閉まって静まり返っている。取り残されたような不安を覚えた。
夕方、西口鈴が一人で見舞いに来た。
「これ、幸瀬駅のみんなからです」
「あ……何か、すみません。あの後……駅、どうでした?」
くまくま茶屋のクッキー詰め合わせを受け取り、三木は恐る恐る聞いた。西口が中指で赤いメタルフレームの眼鏡を押し上げ、やっぱり、と呟く。
「駅長さんに『あいつ、絶対気にするから言うなよ』って口止めされました。別に事故とか大きなトラブルはなかったんで大丈夫です。強いて言うなら、三木さんが倒れたこと自体がトラブルですね」
「すみません」
ズバリと言われ、三木は項垂れるしかない。
視界の端で西口の手が動いた。ナースコールのコードを引っ張り、三木の手に握らせる。思わず顔を上げて西口を見た。
「ここなら逆に安心なんで、心臓に悪いコト言っちゃいますね」
「えっ?」
「土曜日……明日からニコパのグッズ販売が始まります。二木駅と幸瀬駅でも土日限定で、売切れるまで対面販売します」
「駅のどこって言うか、誰が……?」
あんなにキレていた本社が、有人駅での販売を決定したのが意外で、三木は拍子抜けした。
……これのどこが心臓に悪い話なんだ?
西口はベッド脇の椅子に腰を下ろし、バッグからスマホを取り出した。
「幸瀬駅は下りホームで、売るのは二木鉄の乗客を増やす会のママさんたちが、交代でボランティアしてくれるそうです。ママさんたちの都合がつかない時間帯は、私か老人会の人が入ることになりました」
「西口さんも、ボランティアなんですか?」
「私は勤務時間中の代理なんで、フツーに給料の範囲内です。ママさんたちには、駅長さんが『本社に置いてても仕方ないだろう』ってグッズのサンプルもらってきて、あげてましたよ」
まさかの現物支給。
ののママは、絶対に買うと言っていたから喜ぶだろうが、他のママさんたちはどうなのか。ハイテンションなメッセージを思い返してホッとした半面、不安も残った。
手許にスマホがなく、二木あおいとしてお礼を言えないのが申し訳なかった。
……退院したらすぐ言わなきゃな。
西口がスマホに表示させたリストを読み上げる。
「幸瀬駅の販売ノルマは、マグカップとTシャツが二十個ずつ、アクリルキーホルダーとクリアファイルが五十個ずつです」
「えっ? あれっ? 種類、増えてませんか?」
「私は知りませんけど、多分、本社がニコパに打診されてOK出したんでしょうね。サンプル見ましたけど、全部元絵とアレンジだったんで、私は何もしてません」
「そうなんですか……」
三木はあの時、誰が二木あおいのイラストを描いたか口を割らなかったので、西口に追加の手間が発生しないのは当然だが、キャラクターの使用料も入らない。
申し訳なさで小さくなりながら、ナースコールを手の中でこねくり回し、西口の顔色を窺った。
ポーカーフェイス。
怒っているのか、迷惑しているのか、面白がっているのか。
全く読めなかった。




