53.駅舎の残像
三木は、お札を詰まらせた客に対応しながら、言い訳を思いついた。
券売機を閉めた途端、大村先輩が含み笑いを向ける。
「俺は応援するぞ」
「そう言うんじゃないんです。こないだの活性化会議で、各駅に駅スタンプを置くのが決まって、その図柄を頼みたいと思って……」
「ん? なんだ、仕事のハナシかよ。さっさと言えよ」
「でも、契約外の仕事で残業代出ないらしいんで……」
「二人でおうちカフェ行くくらい仲いいんだろ? クソ寒い中、待ち合わせまでして。個人的に頼めばいいじゃないか」
話が戻ってしまった。
三木は愛想笑いで誤魔化して作業に集中した。
……それにしても、大村先輩に見られてたなんてなぁ。
油断も隙もない。いや、当然だ。
店も民家も少ないこの界隈、どこへ行っても知り合いだらけだ。
大村先輩が見ていなくても、驚異の超スピードで情報が伝わる。
悪い噂や恋バナは、特に足が早かった。
……横着して仕事帰りに途中の駅で待ち合わせなんかしないで、休みの日に街へ出ればよかったかな?
〈いえいえ、それ! それこそ誰かに見られたら余計にそう思われますよ〉
帰宅後、スタンプの進捗報告と今日の大村先輩の件をメールすると、西口から即レスが来た。
言われてやっと気付く。
この辺りの住民が休日に出かける先は大抵被る。
車で、駅から遠いショッピングモールが大半だ。
免許や自分の車を持っていない若者は、電車で街へ出る。それも、終電の時間が早いので範囲は限られる。
わざわざ休日に出掛けて会うと言うのは、本人たちに他意がなくても、そう思われてしまう。
それをネタにからかわれるだけならともかく、結婚の圧力を掛けられたのでは堪ったものではない。
〈これから、どうしましょうか? 打合せ〉
〈後はメールでいいんじゃないんですか? 画像も添付できますし〉
西口の返信は事務的だ。
周囲の勘違いを迷惑だと詰られないのは気が楽だが、何となく謝るタイミングを掴めず、落ち着かない。
〈これ。細かいとこまで頑張ってもらったんですけど、もう少し線を整理した方がいいですね。スタンプ捺した時に潰れちゃいそうなんで〉
西口の指摘に手許の原画を見る。
それとわかるように特徴を残して簡略化。
スタンプなのだから、単に写真をトレースすればいいと言うものではないらしい。
恐る恐る聞いてみる。
〈やり直しですか?〉
〈いえ、ちょっと修正するだけなんで、私の方で処理しておきますよ〉
軽い調子の返信にホッとすると同時に申し訳なくなる。
〈余計なお手数をお掛けしてすみません。
お願いしていいですか? 僕は他の駅やっときます〉
メールを閉じ、写真に向き合う。
全部の線をなぞればいいワケではないとわかり、急に難易度が上がった。
どこから、どの線をなぞればいいのか、鉛筆を持つ手が開始点を求めて彷徨う。
三木は時が停まったように動けないが、時計の針は情け容赦なく進む。
ふと目を上げた時には二十三時を回っていた。
目を閉じても、写真の残像が焼きついて、瞼の裏に駅舎の輪郭が白く浮かぶ。
……輪郭……? そうか。これなんだ!
駅舎の輪郭部分をなぞり、次に目立つ窓の輪郭線をなぞる。外側から、大きな所から、目立つ所から進め、三十分ばかり描いて手を止めた。
紙をずらして写真と見比べる。
今の段階でも、知っている人が見れば高木駅だとわかるだろう。
……後三十分だけ描いて終わる。足りなきゃ、後で足せばいいんだ。
スマホのアラームを設定し、タイムアタックする。
さっきまで凝視していたお陰か、何かに操られたように手がどんどん動く。
鉛筆描きをペンでなぞり直すところまで済ませたが、まだ午前二時前だ。
昨日より、一時間以上も早い。
「そうか……最初からこうやればよかったんだ」
思わず声に出し、満足感に浸りながら布団に入った。




