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起死回生ブレーキ! 二木粟生井鉄道  作者: 髙津 央


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53/65

53.駅舎の残像

 三木は、お札を詰まらせた客に対応しながら、言い訳を思いついた。

 券売機を閉めた途端、大村先輩が含み笑いを向ける。


 「俺は応援するぞ」

 「そう言うんじゃないんです。こないだの活性化会議で、各駅に駅スタンプを置くのが決まって、その図柄を頼みたいと思って……」

 「ん? なんだ、仕事のハナシかよ。さっさと言えよ」 

 「でも、契約外の仕事で残業代出ないらしいんで……」

 「二人でおうちカフェ行くくらい仲いいんだろ? クソ寒い中、待ち合わせまでして。個人的に頼めばいいじゃないか」

 話が戻ってしまった。

 三木は愛想笑いで誤魔化して作業に集中した。


 ……それにしても、大村先輩に見られてたなんてなぁ。


 油断も隙もない。いや、当然だ。

 店も民家も少ないこの界隈、どこへ行っても知り合いだらけだ。

 大村先輩が見ていなくても、驚異の超スピードで情報が伝わる。

 悪い噂や恋バナは、特に足が早かった。


 ……横着して仕事帰りに途中の駅で待ち合わせなんかしないで、休みの日に街へ出ればよかったかな?


 〈いえいえ、それ! それこそ誰かに見られたら余計にそう思われますよ〉


 帰宅後、スタンプの進捗報告と今日の大村先輩の件をメールすると、西口から即レスが来た。


 言われてやっと気付く。


 この辺りの住民が休日に出かける先は大抵被る。

 車で、駅から遠いショッピングモールが大半だ。

 免許や自分の車を持っていない若者は、電車で街へ出る。それも、終電の時間が早いので範囲は限られる。


 わざわざ休日に出掛けて会うと言うのは、本人たちに他意がなくても、そう思われてしまう。

 それをネタにからかわれるだけならともかく、結婚の圧力を掛けられたのでは堪ったものではない。


 〈これから、どうしましょうか? 打合せ〉


 〈後はメールでいいんじゃないんですか? 画像も添付できますし〉


 西口の返信は事務的だ。

 周囲の勘違いを迷惑だと詰られないのは気が楽だが、何となく謝るタイミングを掴めず、落ち着かない。


 〈これ。細かいとこまで頑張ってもらったんですけど、もう少し線を整理した方がいいですね。スタンプ捺した時に潰れちゃいそうなんで〉


 西口の指摘に手許の原画を見る。

 それとわかるように特徴を残して簡略化。

 スタンプなのだから、単に写真をトレースすればいいと言うものではないらしい。


 恐る恐る聞いてみる。


 〈やり直しですか?〉


 〈いえ、ちょっと修正するだけなんで、私の方で処理しておきますよ〉


 軽い調子の返信にホッとすると同時に申し訳なくなる。


 〈余計なお手数をお掛けしてすみません。

  お願いしていいですか? 僕は他の駅やっときます〉


 メールを閉じ、写真に向き合う。

 全部の線をなぞればいいワケではないとわかり、急に難易度が上がった。

 どこから、どの線をなぞればいいのか、鉛筆を持つ手が開始点を求めて彷徨う。



 三木は時が停まったように動けないが、時計の針は情け容赦なく進む。

 ふと目を上げた時には二十三時を回っていた。

 目を閉じても、写真の残像が焼きついて、瞼の裏に駅舎の輪郭が白く浮かぶ。


 ……輪郭……? そうか。これなんだ!


 駅舎の輪郭部分をなぞり、次に目立つ窓の輪郭線をなぞる。外側から、大きな所から、目立つ所から進め、三十分ばかり描いて手を止めた。


 紙をずらして写真と見比べる。

 今の段階でも、知っている人が見れば高木駅だとわかるだろう。


 ……後三十分だけ描いて終わる。足りなきゃ、後で足せばいいんだ。


 スマホのアラームを設定し、タイムアタックする。

 さっきまで凝視していたお陰か、何かに操られたように手がどんどん動く。

 鉛筆描きをペンでなぞり直すところまで済ませたが、まだ午前二時前だ。


 昨日より、一時間以上も早い。


 「そうか……最初からこうやればよかったんだ」

 思わず声に出し、満足感に浸りながら布団に入った。

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