44.白百合農園
翌日のシフトは休みで、三木はニローとの約束の時間より少し早く、国包駅に着いた。
駅前には、小さなよろず屋がぽつんとある他、何もない。
タクシー乗り場の看板はあるが、今は観光農園がシーズンオフで一台もなかった。
ワゴン車のコミュニティバスは、ほぼ住民の通院送迎で、駅前と診療所の間を午前と午後にそれぞれ二往復ずつ。今の時間帯はコミバスもなかった。
国包駅からニローの白百合農園までは、三木の足なら歩いても十分程度だ。
冬枯れの駅舎をスマホで撮ってスーツの襟を正し、田んぼと畑に挟まれた一車線道路に足を向けた。田んぼと白菜が丸々と育つ畑を抜け、芽吹いたばかりの麦畑の角を曲がる。畦には雑草が芽吹いていた。
三木に驚いた青鷺が用水路から飛び立つ。大きな鳥が悠然と飛び去る先に白百合農園があった。
観光農園は苺狩りの季節まで閉まっているが、野菜や果樹の世話は通年ある。閉園期でも、直売所は営業中だ。
三木は道に面した直売所を覗いた。
米と白菜、白葱などの冬野菜とジャムなどの加工品が並ぶ。ドライフルーツを混ぜたパウンドケーキなどの菓子もあり、既に幾つか売れたようだった。
テントの下は無人だが、奥のプレハブ小屋に人影が見えた。
精米作業中の老婆に声を掛ける。老婆は片手を挙げて応じ、投入した米の処理が始まるのを待って出て来た。
「ハイハイ、いらっしゃい。何しましょう?」
「買物じゃなくてすみません。二木鉄の者です。ニローさんにご相談があって参りました」
「あぁ、二木鉄さんかいな。どうもどうも。孫は畑へ出てますんでね、番号わかる? ケータイ呼んでちょうだいな」
老婆はにこにこ言って、精米作業に戻った。
ニローにダイレクトメッセージを送り、老婆の精米作業を眺めて待つ。
十分程で作業服姿のニローが直売所に姿を現した。対して、三木は休日だがスーツだ。
「お呼び立てして恐れ入ります。幸瀬駅の駅員、三木と申します」
「いえいえ、こちらこそ、わざわざお越しいただいてすみません」
互いにスマホを見せる。
これまで、ネットで遣り取りを重ねた相手と対面で会話するのは、何とも妙な感覚だ。二人は微妙な顔でうなずき合い、立ち話もあれですから、とニローの家に案内された。
生活感あふれる茶の間に通され、こたつに入るよう促される。三木は遠慮して正座したが、冷えるでしょう、と足を伸ばすように言われ、結局崩した。
「じゃ、ちょっと待ってて下さい」
「あ、いえ、お構いなく……」
十人掛けの大型こたつに一人残され、三木は恐縮しつつ茶の間を見回した。
三十六インチの液晶テレビが乗った台には、人気アニメのぬいぐるみがちょこんと座り、壁のカレンダーは別のアニメのイラスト入り、部屋の隅には子供が描いたらしき落書きが一枚落ちていた。
こたつには、みかん。白百合農園は、みかんを作っていない。近所で買ったのだろう。
「や、どうもどうも。お待たせしました」
戻ってきたニローは、同じ年頃の女性二人を連れてきた。一人はセミロング、もう一人はショートカットで目元がニローによく似ている。二人も畑に出るのか、よく日焼けしていた。
「こっちが嫁で、こっちは姉です。今、ウチの野菜や果物を混ぜた焼き菓子、二人で作って売ってるんですよ」
三木は立ち上がって最敬礼した。
「初めまして。いつもお世話になっております。二木粟生井鉄道、幸瀬駅の駅員、三木と申します」
「いえいえ、こちらこそ、お世話になってます」
「いつもありがとうございます」
ニローの妻と姉も頭を下げ、互いに何度もお辞儀を繰り返す。
三木が手土産を渡すと、ニローは頭を掻いた。
「何か余計に気を遣っていただいて、すみませんねぇ」
「あら、くまくま茶屋の!」
妻が目を輝かせて受け取る。クッキーの詰め合わせだ。生菓子は競争が激しく、早朝から並ばなければ手に入らない。
「わざわざありがとうございます~」
三木の前にクッキーを盛った小皿を置きながら、姉が申し訳なさそうに言う。
「お茶請け、ウチの売り物ですみませんけど……」
「あ、いえ、とんでもない。ありがとうございます」
妻がみんなの前に紅茶を置くと、何となく場が落ち着いた。
三木とニローは同時にスマホをこたつに乗せ、ツイッターのダイレクトメッセージを表示させた。
女性二人が興味津々でニローの手元を覗き込む。
「あ、そうだ。先にこれ……」
ニローが手を止め、作業服のポケットから封筒を引っ張り出して、こたつに置いた。
「失礼します」
一声掛けて中身を改める。
版権使用料の一万円と、新しいイラストの使用料らしき紙幣が入っていた。




