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起死回生ブレーキ! 二木粟生井鉄道  作者: 髙津 央


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36/65

36.家族の意見

 「おかえり。言ってくれりゃ駅まで迎えに行ったのに。タクシー代、勿体ないだろ」

 「歩きたい気分だったから……」

 トイレから出てきた兄と廊下で鉢合わせした。相変わらず玄関の鍵は開けっ放しで、音を立てないようにそっと開けたが、無駄な抵抗だった。


 「何かあったのか? ……まぁ、寒いだろ。こたつ入れよ」

 兄は、言葉を飲み込んで三木を居間に通した。年末年始と農作業の手伝い以外で帰ったのは、人身事故の日だった。心配してくれた気持ちに涙がこぼれそうになるのを(こら)えて兄について行く。


 夕飯はとっくに終わり、両親はこたつで晩酌しながらテレビを見ていた。久し振りに帰った次男に複雑な顔を向ける。兄と同じ心配をしたのだろう。


 「ただいま。……事故とかじゃないよ」

 「そうか。元気してたか?」

 「晩ごはんは?」

 両親が頬をゆるめる。三木が首を横に振ると、母は、残りものしかないけど、と言いながら台所へ立った。

 冷え切った身体にこたつのぬくもりが痛い。


 「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは温泉で、明後日帰って来る。入れ違いになっちまったな」

 「藍那さんも?」

 「もう遅いだろ。子供らを寝かしつけてるよ」

 時計を見ると二十一時を回っていた。


 「腹減ったろ」

 父が枝豆の皿を押しやる。自家栽培の黒豆だ。冷凍して次の収穫まで小出しでちびちび楽しんでいる。小声で礼を言って、ひとつつまんだ。

 兄が発泡酒とコップを持って来て、何も言わずに弟の前に置いた。

 「栄、まぁ一杯やれ」

 「そうだな。今年は正月に帰れんかったんだ。日本酒も持ってこよう。山田錦のいいのをもらったんだ」

 父が「どっこいせ」とこたつを出る。

 三木は泡立つグラスに手をつけず、黙々と枝豆を食べ続けた。



 母が戻って来た。お盆には、肉じゃがとご飯と味噌汁、ほうれん草のおひたし。三歩遅れて父が、燗をつけた酒とスルメを持って来た。

 父と兄は何も言わず、枝豆で発泡酒をやる。

 三木が手を合わせて遅い夕飯に箸をつけると、母はミカンを剥いてチャンネルを変えた。


 アナウンサーが、買物難民を支援する移動販売店の活動と、各地で増えるシャッター街の様子を伝える。三木には、二木鉄の現状が重なって見えた。



 高度成長期、二木粟生井(にきあおい)鉄道沿線にもニュータウンが開発された。

 好景気に沸いた街開き当時、新入社員がローンを組んで新しい街にマイホームを建てた。彼らが定年を迎えた今は、不景気で少子化が進む。


 第二世代は親元を離れ、遠方で就職して戻って来ない。

 児童数が減り、数年前には小学校がいくつか合併した。

 同時に、商店街にはシャッターが開かない店が増えた。


 街開き当時、誰もこんなことになるとは思わなかったのだろう。



 「ここらもその内、こうなっちまうかも知んないんだよな……」

 「そうならんように、栄たちが頑張っとるんだろうが。なぁ?」

 父が兄をたしなめ、末っ子次男の三木に話を振る。


 「もし、廃線になったら、畑手伝わせてくれる?」

 「なに言ってんの。いいに決まってんじゃないの」

 「まぁ、ウチを手伝ってくれてもいいけど、思い切って遠くで働いてもいいんだぞ。ここらの子は大体そうだもんな。無理して土地にしがみつかんでもえぇ」


 両親の話を聞いて兄が笑う。

 「潰れないように会を作ったんだろ? 隣の岡場さんが入ったの知ってるだろ?」

 「入ってくれたんだ? 総会に来てなかったけど……」

 「まぁ都合があるからな」

 「大手みたいに鉄ムスとコラボしないのか? あれ、儲かるからやってんだろ?」

 「偉い人が、あんなの犯罪者予備軍を呼び込むだけだから、絶対ダメだって……」

 「は?」

 兄は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、二木鉄で駅員をしている弟を見た。


 「似たようなのネットでやったら、本社に呼び出されて二時間くらい怒鳴られた」

 「鉄ムスのパクリで著作権的にアウトの奴?」

 「オリジナル。絵……描ける人に頼んで作ってもらった」

 「パワハラじゃないか。なりふり構ってられるレベルの赤字じゃないんだろ?」

 兄がテレビを消して家族を見回す。


 父も怒りを抑えた声で言った。ここに本社の者が居れば、五枚向こうの田んぼまで轟く声で怒鳴りつけただろう。

 「だったら堂々とやればいい。身内があんまり口出すのもどうかと思って見送ったが、今からでも会に入って会社に意見してやろうか?」

 「いいよ。そこまでしなくても……」


 過保護だと思われたら、駅に居場所がなくなってしまう。


 兄がこたつにスマホを置いた。

 「ネットでやったのって何てキャラ?」

 三木が私物のスマホに表示させて兄に向ける。両親が画面を覗き込み、兄も自分のスマホで検索した。


 「あぁ、これ。この間から話題になってる奴じゃないか。宣伝効果あんのに何で怒られなきゃなんないんだ?」

 「二木鉄のイメージダウンだからって……」

 三木は味噌汁を啜った。干し椎茸の出汁が身体にじんわりぬくもりと力を与えてくれる。


 「鉄ヲタはいいけど、こっち方向のヲタはダメってか。何? その謎基準」

 「会話が成立しないレベルでキレてたから、生理的にムリなんじゃない?」

 実家で作った白米の甘みを噛みしめて言うと、兄が乾いた声で笑った。


 両親が渋い顔をする。

 「役所や住民に泣きつくのは良くて、女の子のキャラクターはいかんとはどう言う料簡だ? 確かに絵はあんまり上手じゃないが、それにしてもなぁ……」

 「選り好みできるような懐具合じゃなかろうにねぇ」

 母が溜め息をつく。


 三木は喉が詰まりそうになりながら、味の染みたジャガイモを飲み込んだ。

 「どうせダメって言われるだろうから、会社に内緒で非公式キャラで宣伝したんだ」

 「内緒か。それも怒られた理由だろうが、それにしてもなぁ……二時間か……」

 「でも、もう引っ込みつかないくらい話題になってんじゃん。タダでこんだけ広告できただけでも充分だと思うけどなぁ」


 「……クビかもしれない」

 「は? 逆だろ? お前、浮いた広告料の分ボーナス寄越せって、キレていいレベルだぞ?」

 「やっぱり、ウチも今から会に入って……」

 「いや、いいからいいから! それと、おじいちゃんとおばあちゃんには絶対、内緒で!」

 三木は箸を持った手で、腰を浮かせた父を押しとどめた。

 そんな理由で三木と西口をクビにするなら、二木粟生井(にきあおい)鉄道はそれまでの会社だ。


 ……そうだよな。あんなパワハラされてまでしがみつくような会社じゃない。



 翌朝、日勤に間に合うように兄が車で幸瀬駅まで送ってくれた。


 「兄ちゃん、ありがとう。久し振りに話せて元気出た」

 「そうか。栄……あんまムリすんなよ」

 兄に見送られ、三木は足取り軽く駅舎に入った。

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