36.家族の意見
「おかえり。言ってくれりゃ駅まで迎えに行ったのに。タクシー代、勿体ないだろ」
「歩きたい気分だったから……」
トイレから出てきた兄と廊下で鉢合わせした。相変わらず玄関の鍵は開けっ放しで、音を立てないようにそっと開けたが、無駄な抵抗だった。
「何かあったのか? ……まぁ、寒いだろ。こたつ入れよ」
兄は、言葉を飲み込んで三木を居間に通した。年末年始と農作業の手伝い以外で帰ったのは、人身事故の日だった。心配してくれた気持ちに涙がこぼれそうになるのを堪えて兄について行く。
夕飯はとっくに終わり、両親はこたつで晩酌しながらテレビを見ていた。久し振りに帰った次男に複雑な顔を向ける。兄と同じ心配をしたのだろう。
「ただいま。……事故とかじゃないよ」
「そうか。元気してたか?」
「晩ごはんは?」
両親が頬をゆるめる。三木が首を横に振ると、母は、残りものしかないけど、と言いながら台所へ立った。
冷え切った身体にこたつのぬくもりが痛い。
「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは温泉で、明後日帰って来る。入れ違いになっちまったな」
「藍那さんも?」
「もう遅いだろ。子供らを寝かしつけてるよ」
時計を見ると二十一時を回っていた。
「腹減ったろ」
父が枝豆の皿を押しやる。自家栽培の黒豆だ。冷凍して次の収穫まで小出しでちびちび楽しんでいる。小声で礼を言って、ひとつつまんだ。
兄が発泡酒とコップを持って来て、何も言わずに弟の前に置いた。
「栄、まぁ一杯やれ」
「そうだな。今年は正月に帰れんかったんだ。日本酒も持ってこよう。山田錦のいいのをもらったんだ」
父が「どっこいせ」とこたつを出る。
三木は泡立つグラスに手をつけず、黙々と枝豆を食べ続けた。
母が戻って来た。お盆には、肉じゃがとご飯と味噌汁、ほうれん草のおひたし。三歩遅れて父が、燗をつけた酒とスルメを持って来た。
父と兄は何も言わず、枝豆で発泡酒をやる。
三木が手を合わせて遅い夕飯に箸をつけると、母はミカンを剥いてチャンネルを変えた。
アナウンサーが、買物難民を支援する移動販売店の活動と、各地で増えるシャッター街の様子を伝える。三木には、二木鉄の現状が重なって見えた。
高度成長期、二木粟生井鉄道沿線にもニュータウンが開発された。
好景気に沸いた街開き当時、新入社員がローンを組んで新しい街にマイホームを建てた。彼らが定年を迎えた今は、不景気で少子化が進む。
第二世代は親元を離れ、遠方で就職して戻って来ない。
児童数が減り、数年前には小学校がいくつか合併した。
同時に、商店街にはシャッターが開かない店が増えた。
街開き当時、誰もこんなことになるとは思わなかったのだろう。
「ここらもその内、こうなっちまうかも知んないんだよな……」
「そうならんように、栄たちが頑張っとるんだろうが。なぁ?」
父が兄をたしなめ、末っ子次男の三木に話を振る。
「もし、廃線になったら、畑手伝わせてくれる?」
「なに言ってんの。いいに決まってんじゃないの」
「まぁ、ウチを手伝ってくれてもいいけど、思い切って遠くで働いてもいいんだぞ。ここらの子は大体そうだもんな。無理して土地にしがみつかんでもえぇ」
両親の話を聞いて兄が笑う。
「潰れないように会を作ったんだろ? 隣の岡場さんが入ったの知ってるだろ?」
「入ってくれたんだ? 総会に来てなかったけど……」
「まぁ都合があるからな」
「大手みたいに鉄ムスとコラボしないのか? あれ、儲かるからやってんだろ?」
「偉い人が、あんなの犯罪者予備軍を呼び込むだけだから、絶対ダメだって……」
「は?」
兄は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、二木鉄で駅員をしている弟を見た。
「似たようなのネットでやったら、本社に呼び出されて二時間くらい怒鳴られた」
「鉄ムスのパクリで著作権的にアウトの奴?」
「オリジナル。絵……描ける人に頼んで作ってもらった」
「パワハラじゃないか。なりふり構ってられるレベルの赤字じゃないんだろ?」
兄がテレビを消して家族を見回す。
父も怒りを抑えた声で言った。ここに本社の者が居れば、五枚向こうの田んぼまで轟く声で怒鳴りつけただろう。
「だったら堂々とやればいい。身内があんまり口出すのもどうかと思って見送ったが、今からでも会に入って会社に意見してやろうか?」
「いいよ。そこまでしなくても……」
過保護だと思われたら、駅に居場所がなくなってしまう。
兄がこたつにスマホを置いた。
「ネットでやったのって何てキャラ?」
三木が私物のスマホに表示させて兄に向ける。両親が画面を覗き込み、兄も自分のスマホで検索した。
「あぁ、これ。この間から話題になってる奴じゃないか。宣伝効果あんのに何で怒られなきゃなんないんだ?」
「二木鉄のイメージダウンだからって……」
三木は味噌汁を啜った。干し椎茸の出汁が身体にじんわりぬくもりと力を与えてくれる。
「鉄ヲタはいいけど、こっち方向のヲタはダメってか。何? その謎基準」
「会話が成立しないレベルでキレてたから、生理的にムリなんじゃない?」
実家で作った白米の甘みを噛みしめて言うと、兄が乾いた声で笑った。
両親が渋い顔をする。
「役所や住民に泣きつくのは良くて、女の子のキャラクターはいかんとはどう言う料簡だ? 確かに絵はあんまり上手じゃないが、それにしてもなぁ……」
「選り好みできるような懐具合じゃなかろうにねぇ」
母が溜め息をつく。
三木は喉が詰まりそうになりながら、味の染みたジャガイモを飲み込んだ。
「どうせダメって言われるだろうから、会社に内緒で非公式キャラで宣伝したんだ」
「内緒か。それも怒られた理由だろうが、それにしてもなぁ……二時間か……」
「でも、もう引っ込みつかないくらい話題になってんじゃん。タダでこんだけ広告できただけでも充分だと思うけどなぁ」
「……クビかもしれない」
「は? 逆だろ? お前、浮いた広告料の分ボーナス寄越せって、キレていいレベルだぞ?」
「やっぱり、ウチも今から会に入って……」
「いや、いいからいいから! それと、おじいちゃんとおばあちゃんには絶対、内緒で!」
三木は箸を持った手で、腰を浮かせた父を押しとどめた。
そんな理由で三木と西口をクビにするなら、二木粟生井鉄道はそれまでの会社だ。
……そうだよな。あんなパワハラされてまでしがみつくような会社じゃない。
翌朝、日勤に間に合うように兄が車で幸瀬駅まで送ってくれた。
「兄ちゃん、ありがとう。久し振りに話せて元気出た」
「そうか。栄……あんまムリすんなよ」
兄に見送られ、三木は足取り軽く駅舎に入った。




