35.黄昏の家路
列車が急勾配を登る。ドアの脇に立って外を眺めた。
線路の両脇はモルタル補強の法面で、ちんまりした建売住宅が乗る。
三木は二木鉄の満員電車を見たことがなかった。帰宅ラッシュの時間帯でも乗車率が百パーセントにならない。座れないが、立つ人の間はスカスカだ。
……不景気で定時に帰れる人が減ったからかな?
駅をひとつ越える度に風景が変わる。
線路と同じ高さの町は、小さな個人商店が身を寄せ合って寒さを堪えていた。学校帰りの高校生が、じゃあねと手を振って町に散る。犬の散歩をする人の傍を灯油売りの軽トラがゆっくり通り、郵便配達が大きな封筒を抱えて民家のチャイムを鳴らす。
三木が勤める幸瀬駅前には、低層の雑居ビルが並ぶ。
幸瀬市の中心地で、盆地の中ではまだ活気が残る。単身者向けのアパートも多いが、都市部で働いて寝に帰るだけの住人が多く、三木は隣人の顔も知らなかった。
乗客がごっそり降りる。
発車ベルが鳴り、扉が閉まった。
勤め人や高校生が、空いた席に腰を下ろしてホッとする。
加速に流れるホームで、葉多先輩が列車を送り出すのが見えた。
雲が朱に染まり、山並みが影絵になる。
家々に灯が点り、街灯が家路を照らす。
今の時期、石野駅は無人だ。数人が降り、木造瓦葺の駅舎を出て行く。申し訳程度の駅前商店街は、数える程しか灯がなかった。営業時間外ではなく、もう何年も暗いままだ。
おうちカフェは今日もあたたかな灯を点している。西口に報酬のケーキを渡した日が遠い昔に思えた。
かつては「新興」だった町を過ぎ、列車は冬枯れの山中を走る。
葉を落とした木々には、ツタや葛が無数に絡んで垂れ下がっていた。線路のすぐ傍まで枝が手を差し伸べる。
トンネルを抜けると刈り跡が残る田が続き、宵闇にポツリポツリと灯が見える。この辺りは昔ながらの日本家屋が多いが、夕暮れに紛れて家の形もわからない。
線路と並走する農道を軽トラが走ってゆく。遠くの竹藪が大きく揺れた。
幾つもの寂れた町と農村、ペンキの剥げたボロボロの木造駅舎、田畑と山とトンネルを越え、終点の粟生井駅で降りたのは、三木ひとりだけだった。
他路線との乗換え駅で、二社で駅舎を共有する。車も通行人もなく、駅舎併設のパン屋も閉まり、駅前はしんとしていた。
振り返ると、二十年前に再整備された他社側がまだキレイな分、二木鉄側のみすぼらしさが際立つ。
三木は逃げるように粟生井駅を離れた。
駅前は日本家屋が並ぶ古い町で、一区画向こうには田畑が広がる。疎らな街灯の下を歩くのは三木だけで、灯の漏れる家々の間で靴音がやけにはっきり聞こえた。
高校時代は自転車で通った道をとぼとぼ歩く。
冷たい風にコートの裾が翻り、耳の感覚が持って行かれた。
……鉄道マンの誇り? ずっと営業ばっかで運行も輸送も保守もしたことない奴が鉄道マン気取りって、言ってて恥ずかしくないのか?
唐櫃営業部長の顔を思い出し、心の中で毒を吐く。
その誇りとやらは、資産価値が幾らで、赤字補填と黒字化にどれだけ貢献できるのか。
鉄道っ娘コレクションとコラボした大手や他のローカル線には、鉄道マンの誇りがないとでも言うのか。
……コラボできた他所のローカル線は、どうやって社内調整したんだろう?
地元民と鉄道マニア以外に知られていない小さな鉄道会社が、ノウハウも人脈もない中、ゲーム会社にコラボの打診をするのにどれだけの勇気を振り絞ったのか。
山から吹き下りる風にどんどん体温が奪われるが、腹の底はふつふつと煮えたぎる。
土の道を踏みしめ、青白く瞬く冬の大三角の下を黙々と歩いた。




