02.ムチャ振り
三木は粘った。
「でも、絶対、僕より上手いですよ。くまくま茶屋の栗クリームケーキで頼まれてくれませんか?」
「んー……じゃあ、まぁ……一応、描いてみますけど……」
グルメ雑誌常連店のスイーツの威力は絶大だった。
くまくま茶屋は、二木粟生井鉄道にとって、足を向けて寝られない洋菓子店だ。
オーナー兼パティシエは有名ホテルで働いていたが、新鮮な果物が手に入るこの地で十数年前に独立開業した。
都市部の熱烈なファンが、幸瀬駅前の店に週イチで通う。デパートのイベントで味を知って、ここまで足を伸ばす観光客も多かった。
またひとつ、借りができた気がするが、三木は一気に畳みかけた。
「じゃ、今の内にちゃちゃっと……できれば、今日中に」
「画材もないのにムリですよ」
「紙と鉛筆とパソコン、あるじゃないですか」
何の問題があるのか、と三木は首を傾げた。
西口が眉間にシワを寄せ、絵心が全くない七年目の新人に説明する。
「私、いつも江戸時代みたいな描き方してるんですよ。和紙と筆……って言うか、硯で墨をすって、土鍋で膠を煮て絵の具を作るところから」
「でも、パソコンでPOP用のロゴとか、いっぱい作ってますよね?」
「単純な形ならマウスでも何とかなりますけど、こんなの、ちゃんとしたペンタブがないとムリですよ。マウスで描く人もゼロじゃありませんけど、紙に鉛筆描きした主線をスキャナで取り込んでゴミ取りする作業だけでも、どんだけ時間掛かると思ってるんですか?」
三木は、パソコンなら手描きより早く色を塗れると思っていたが、どうやら違うらしい。「ぺんたぶ」「おもせん」に至ってはモノが何なのかすらわからないが、今、押さなければ、二度とこんな機会は巡って来ないだろう。
検索結果には、制服が改変され、良い子のみんなには刺激が強過ぎるファンアートも表示されていた。
三木は、キャラクターデザインの最低限の要望を口にした。
「えーっと、キャラの名前は“二木あおい”です。何でもいいんですけど、偉い人に怒られるとイヤなんで、取敢えず、胸のサイズと露出度は控えめでお願いします」
「何でもいいって言うのが、一番困るんですけど……」
細かく指定すると描きにくそうだと思ったが、どうやら違うらしい。
もう少し、具体的に言ってみる。
「例えば……こんな感じで、車輌とか沿線のイメージを盛り込んで欲しいんですけど……」
海岸沿いを走る大手私鉄の鉄ムスのファンアートを指差す。
車輌と同じカラーリングのセーラー服の美少女が、浮輪を小脇に抱えて敬礼していた。推定Eカップの胸が上着を押し上げ、ヘソが見える。
二木粟生井鉄道は、内陸部の山間を走るローカル線だ。
奥地の農村から、数十年前に開発されたベッドタウンを経由して、中核市に出る。沿線住民の通勤通学に使われる生活路線だった。
西口は微妙な顔でスマホをみつめた。
「胸と露出は控えめ、車輌、沿線……」
「あ、それと、非公式なんで、社章や本物の制服はナシでお願いします」
「おはようございまーす」
もう一人の遅番、葉多先輩が出勤してきた。
三木は、制服のコートと制帽を手に取り、帰宅ラッシュのホームへ出た。




