16.パンケーキ
正面に座り直した西口が、ホットコーヒーを啜る。
「でも、こう言うのって、例の……なんだっけ……リスのキャラでしないんですね」
「そうですよね。あれ、ずっと前に作るだけ作って、運用してなかったんですよね」
従業員にすらロクに覚えられないマスコットキャラ「ニッキー」は、ネットではもっと使えない造形だ。今回の式典ニュースで改めて思い知らされた。
あのキャラ造形こそが、西口に萌えキャラのイラストを頼んだ最大の理由だ。
「折角、公式キャラ居るんですし、私のヘボ絵じゃなくて、あっちを今時の絵師さんにかわいく描き直してもらえばよかったんじゃないんですか?」
「いえ、無理です。それだけは断じてできません」
「えっ? どうして……」
例のまとめサイトを表示させ、スマホを向けた。
怪訝な顔で覗いた西口が小さく息を呑んで固まる。三木は気マズい沈黙に思わず目を逸らした。
西口が堰を切ったようにまくしたてる。
「……えぇ、はい。無理ですねって言うかダメ、絶対! これ、偉い人たち気付いてないんですか? キャラ廃止しないんですか? せめて栗を外したデザインにリニューアルするとか……」
「多分、気付いてません。唐櫃営業部長の肝煎りなんで下からは言えませんし……お客さんから苦情があれば別ですけど……」
三木の溜め息で珈琲の湯気が倒れた。
西口が自分のスマホを取り出し、素早く指を走らせる。
三木も、後で公開するパンケーキ写真のツイート内容を考えながらスマホをいじった。
西口が画面から顔を上げ、珈琲を啜る。
「捨てアカで本社にアドレス教えてみました」
「それって、ツイッターですか?」
「はい」
西口がスマホを向ける。
二木粟生井鉄道公式アカウント宛に、例のまとめサイトのURLを@ツイートしていた。
……本社の人に見て欲しいような、見て欲しくないような。
微妙な顔で西口の目を見る。眼鏡の奥の大きな瞳は、何の期待も不安もなく、静かに三木の反応を待っていた。
「このアカウント、遅延情報専用なんで、何事もなければ、誰もログインしませんよ」
「そうなんですか? 会社のメールに通知が来ても、見ないんですか?」
「えーっと……僕、このアカウントのメルアド、どこの部署の誰が管理してるか知らないんで、ちょっとそこまでは……」
仕方ないなぁ、と言いたげな目を向けられ、三木の声がだんだん小さくなる。
いつ伝わるか不明だが、全く何もしないよりはずっとマシだろう。
……いや、掲示板ユーザとか、まとめサイトの閲覧者が面白がって、とっくの昔に西口さんと同じことしてるハズだ。
それでも本社に何の動きも見られないと言うことは、全くチェックしていないのだろう。
「あ、でも、ありがとうございます。いつか伝わると思うんで……」
「いつか……ねぇ? あ、パンケーキ、早く食べましょう」
一瞬遠くを見た西口が、たった今、存在に気付いたようにフォークを手に取る。三木もつられて、ナイフとフォークを手に取ったところで動きを止めた。
「これ、どうやって分けましょう?」
「てっぺんのクッキーはどうぞ。お譲りします」
「あ、どうも。じゃ、お言葉に甘えて……」
三木はクッキーの登頂者をつまんで口に放り込んだ。
……今の僕たちって、回りからどう見られてるんだろ?
ふと不安になり、こっそり周囲を窺う。
席はこの時間でも半分くらい埋まっているが、誰もがスマホいじりに余念がなく、三木と西口のテーブルに注意を向ける者は居なかった。
……でも、これって、傍目には付き合い始めで会話も他人行儀な「ぎこちないカップル」に見えるんだろうなぁ。
言いようのない申し訳なさを抱え、ホイップクリームの山を崩さないよう慎重に一番上のパンケーキを降ろした。
「私は栗ケーキいただいたんで、一枚でいいですよ」
西口がくまくま茶屋の箱をチラリと見て、パンケーキと裾野の苺を取り皿に回収する。
三木は、積み重なった申し訳なさで押し潰されそうになりながら、どうにか言葉を発した。
「何か、すみません。別のにすればよかったですね」
「いいですよ。割引券、今日までなんで……あ、そうだ。イベント情報だけじゃなくって、一日乗り放題の切符、利用期限は何月何日までですよって言うのも、ツイートした方がよくないですか?」
西口は取り皿にホイップクリームを盛り、その上に苺を等間隔に並べ、三木を見もせずに言った。
「ありがとうございます。その辺、すっかり忘れてました」
「いえ、いいですよ。私も乗り掛かった船ですし、ネタ出しくらい。それより、早く食べて帰りましょう」
西口に促され、三木は汽車の石炭のようにパンケーキを口に運んだ。




