01.圏外の依頼
タイトルの読みは「起死回生ブレーキ! 二木粟生井鉄道」です。
「人間の女の子は圏外なんです」
「そこを何とか」
「ムリですって」
「僕よりマシだから、ほら!」
三木は、クリアファイルから取り出した紙をノートパソコンに置いた。
「何ですか? このクリーチャー?」
「電車を擬人化した……美少女です」
「びしょうじょ」
西口が絶句した。
A4のコピー用紙に鉛筆描き。辛うじてヒトに似た何かのような気がしなくもないが、自信をもって断言できるかと言われると、答えに詰まるシロモノだ。
何度も描いては消し、消しては描いた奮闘と努力の跡が白い紙にシワを寄せ、手汗で黒ずんでいる。
西口が、細い指先で眼鏡の赤いメタルフレームを押さえた。
できないなりに一生懸命頑張った絵に向けられたのは、汚い物を見る冷ややかな目だ。
三木は、制服のカッターシャツの袖で冷や汗を拭い、事務室を見回した。
今、幸瀬駅の駅事務室に居るのは、入社七年目にして最年少社員の三木栄と、契約社員の西口鈴の二人きりだ。
谷上駅長は本社で会議中、夜勤明けの大村先輩がホーム、小野助役は券売機の使い方がわからない客の対応に出ていた。
今日は珍しくフルメンバーだ。葉多先輩の出勤時間が迫る。
ノートパソコンは画像処理ソフトが起動中で、POPが表示されている。
毎月、幸瀬駅と観光ボランティアが主催する「花巡りウォーク」の二月の告知だ。参加記念にPOPを欲しがる客が多いので、希望者には葉書サイズでプリントして渡す。
電車と沿線の風景写真は、小野助役が休日に自前のカメラで撮ったもの。季節の花のイラストは、西口が助役に頼まれて自宅で描いてきたものだ。
和風の写実的な筆致で描かれた梅は、とても素人とは思えないクォリティで、コピー用紙のクリーチャーとは比較にもならなかった。
西口は毎月、手描きのイラストを事務室のスキャナで取り込んで、小野助役の写真と合成して告知の文章を付け足す。今は、記念葉書用に告知文を外す作業をしていた。
「西口さん、鉄ムスって知りませんか? 『鉄道っ娘これくしょん~鉄路の彼方へ~』ってゲームなんですけど」
「いえ、知りません」
「スマホのアプリで、鉄ちゃんだけじゃなくて、色んな人に大人気なんですよ」
西口が、はぁ、と気のない声を出すが、三木はめげずに説明を続ける。
「鉄道を擬人化した萌えキャラと一緒に全国を旅するシミュレーションゲームで、実在の鉄道会社とコラボして、グッズや記念硬券が出たり、現実にゲームと同じ旅程のコラボツアーやスタンプラリーができたり……」
「ウチみたいなローカル線に、そんな話が来てるんですか?」
西口が、ずり下がった眼鏡を押し上げる。
レンズの奥の瞳は、そんなコトあるワケなかろうが、と半笑いだ。
「ない……いえ、ありませんよ。でも、まぁ、ほら、あんな感じでやれば、その筋のお客さんを呼び込めるんじゃないかなーって……」
「勝手に便乗したら、ゲーム会社に訴えられませんか?」
「うん。だから、鉄ムスそのものじゃなくって、あんな雰囲気の萌えキャラってだけで……あ、名前だけもう決めたんですけど……」
西口が私物のスマホで「鉄道っこ コレクション」で画像検索する。
一瞬で数百万件ヒットし、サムネイルには公式イラストよりもファンアートが大量に表示された。
「ムリですよ。私、こういう萌え系のイラストって、描いたコトありませんから」
「でも……習ってたんですよね?」
「習ったのは、日本画の花鳥画っていうジャンルです」
「課長画」
「お花とか鳥とか虫とか……人間以外の生き物がメインで、人間の女の子はモチーフの圏外なんです」
取りつく島もない。
西口は、二十九歳の三木より年下にも年上にも見える。最年少社員の三木が飲み会の席などで失言すると、「あらあら坊や」などと茶化すこともあるが、童顔のせいで「オトナの女性」っぽさはない。
二木粟生井鉄道では契約社員だが、それ以前にも他社で働いていたらしい。
小野助役が、どういう経緯で西口に絵が描けるのを知ったのか謎だ。




