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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第六章 大国の狭間で
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チコの星4

 昨今では動力と魔法の関係を研究する魔法科学者が少しずつ現れ続けているが、元来、魔法とは、長らく元素と結び付けられてきた。

 星と魔術の関わりについては、既に数多の先達たちが解き明かしてきたものである。星の巡り、月の満ち欠け、これらは全て地上の支える力に起因し、然らば星と地上は結び付く。そして、地上と人は結び付き、人は星と結びつく。

 しかし、彼方の光が永遠のような長い年月を越えて残り続けるのに対して、人間の命はあまりに短い。神に認められ、星へと帰った人々は、その星が消えると、再び地上に舞い戻る。それ故に、安息を得た人々の永劫の住処として、「星」とは本来人間に触れられることのない永遠の光であるべきなのだ。


 私が星見を始めたきっかけは酷く単純なものであった。遥か千年の年月も前、元となった「チコ・ブラーエ」は侵入する陸の民から身を守る為に、集団で海を渡り、葦の原しかない干潟の大地へと逃れた。人々は陸の民が侵略することのないその地に根を下ろし、艱難辛苦を乗り越えて安住の都「ウネッザ」を作り上げる。祈りの日に備えて島嶼ごとに教会を建て、教会の管轄する地域をそれぞれ「教区」と名付けた。


 陸の民の侵略が終わった後も、彼らには本土に安住の地がないことを悟る。最早故郷は彼らのものではなくなってしまっていたのだ。

 彼らは塩と魚しかないこの大地に根を下ろし、新興した異教徒たちや、古代の神々を祭る酒蔵のような島々を巡り、本土と取引をすることによって生計を立てることになる。


 ちょうどその頃、チコ・ブラーエは島に土台を作り、石を積み、柱を立て、家を作り上げ始めた。しかし、その頃の彼には知識と言うものが些か不足していた。そこで、指導者チコ・ブラーエは知識を蓄えるために音に聞く異形の力に縋ることを決意したのである。


 異形の呼び出しに必要な物は、人の心臓、即ち、肉体の器が必要であった。喚起の魔術のため、チコは古代より伝えられた法陣を描く。あとは肉体の器を待つばかりであるところ、彼はそこで足を止めてしまう。


「肉体の中にいた魂はどこへ行ってしまうのか?」


 彼の疑問は沸々と沸き立つ湯の水泡のように溢れ、その肉体を探すことが出来なくなってしまう。そして、沸騰した湯が鍋を伝い落ちるように、その噂は徐々に人々に広がっていった。


「どうやら主様は黒魔術を使って知識を得ているらしい。主様に目を付けられると、殺されてしまうに違いない」


 その噂はまことしやかに囁かれ、チコは教会に籠り、地下で法陣を見つめることしかできなくなっていた。外に出れば、彼は畏怖の目で見られ、誰一人近寄るものもなく、また、近づくものも敬愛とは程遠い恐怖に震えた瞳を揺らすのだから。


 彼が教会に籠って暫く、ウネッザは停滞の色を見せた。彼の知識や知恵とは無関係に、恐怖による停滞が生じたのであろう、多くのものが現状から踏み出すことを、頭を突き出すことを拒んだのだ。

 「これではいけない」という気持ちがチコの中にも沸き立ち始めた。彼は終に自らの手で自らを殺める決心をしたのだった。そして、教区の跡を継ぐ甥に、異形の喚起を任せることを選んだ。それが、彼にとっての最善の選択だった。

 その晩、チコ・ブラーエは甥ヨハネス・ブラーエにこれを打ち明ける。甥は年老いたチコの選択に、苦渋の表情を浮かべながらも承諾をした。チコが死ぬことは、どの選択肢よりも素晴らしい選択肢だったのだ。


 しかし、二人だけの会話を見ていた者がいたのだ。チコは、その晩自らの選択を後悔することになる。



「私の時間は、あの日から止まったままなのだ……」


 貼り付けられた夜空の中に、微かに光る星が一つある。どの星よりも弱く輝くそれは、献身的な女の面影をよく遺していた。

 常に私の後ろに立ち、常に私の言葉を信じ、また誰よりも私を叱った女、ナーディア、私の(むすこ)たちを産み、その乳房で彼らを育て上げた。彼女は、このか弱い星が爆発的な光を放ち、星雲を携えて現れたその日に死んだ。

 胸を自ら切り開き、彼女は最期に私にこう言ったのだ。


「貴方の星が降るその日まで、千年、待ってくれますか?」


 それは、私のかき集めた古代の英知を隣で見続けた、彼女だからこその言葉だった。私は息を引き取った彼女の美しい心臓を引き千切り、法陣に捧げた。最早私には、そうするよりほかに彼女に報いることが出来なかったのだ。

 炎に包まれる心臓は、徐々にその形を人間のものに変える。私は嗚咽を漏らしながらその姿を見たので、私が赤く立ち上る炎の中の陰がはっきりと人の形を取ったことに気付いたのは、炎が消えた後であった。

 それは、ナーディアのように献身的で、ナーディアのように明るく、ナーディアのように世話焼きな、少女の悪魔であった。ウネッザが石と木の家、水面の杭、濾過式の貯水井戸、頑丈で安定した船、ガラス張りの天文室を用いるようになったのは、彼女の献身の果ての成果である。


 私はその日から、千年を正しく測るために星の巡りで年月の流れる様を追っている。そこで生まれた数多くの副産物もまた、彼女と私の産んだ甥なのであろう。


 私は展望台を眺める。散乱した書籍の中に、乱雑に置かれた花がある。ナーさん、私の膝に眠る猫のにねだられて、私が買った数々の植物だ。アイビー、麻 、アネモネ、イソトマ、カイザイク、クローバー、白のチューリップ 、モルセラ、ヨルガオ 、勿忘草 、そして桑の実。私はそれらを拾い上げ、そのすべてを束ねると、椅子の前でくつろぐ猫に渡した。寝転がっていた猫は、花のもとに歩み寄り、小さく、切なそうに鳴く。


「どうして、気づかなかったんだろうね……。今日で丁度、千年目だよ。ナーディア」


それらはすべて、私が悪戯で書いた千年若返る秘薬の材料だった。千年目を迎えた星は、ついに見えなくなった。

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