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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第六章 大国の狭間で
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チコの星1

 酒場は夜通し祝杯を上げる声に賑やかしく、明かりは煌々と点き、窓からは人々の踊るような喧噪が窺える。市場は未だ品薄の商品を切り盛りするために忙しなさの中に詫びさが散見されるものの、露店や屋台には人だかりができ、人々の財布の紐も緩み切っていた。

 帰路に着く巡礼船がやっとウネッザの統治領に足を踏み入れたという知らせは、戦線で疲弊しきっていた兵士達に歓喜の讃美歌を歌わせる。ウネッザは、とにかく戦勝祝いのお祭り騒ぎに発展していた。


 展望台の上から一望できるウネッザの賑やかさは、普段のそれよりも何倍も豊かなものに映り、慣れ切ったカルロの目から見てもつい胸を躍らせるような明るいオレンジの灯りが集いあっていた。

 聖マッキオ教会への被害は極端に少なく、あれだけ多数の砲弾が放たれたにもかかわらず、傷一つ付けられていない。

 加えて、広場の穴ぼこを修復する人々も首を傾げるのが、教会方向への着弾数の極端な少なさである。元首官邸はひびが入り、最早倒壊もやむなしという被害を受けている部分があるのであり、「技術的な問題によって」教会への攻撃が出来なかったわけではない。むしろ、穴や亀裂の入った元首官邸は休戦と共に一気に議員を避難させ、元首一人が執務をこなしながら修復作業を行っているのであり、教会にも同様の被害が生じても不思議ではなく、またそうあって然るべきである。


 カルロは元首官邸を見下ろす。官邸の天井にはぽっかりと穴が開き、一旦形の崩れた壁を意図的に崩して修復作業を始めようという跡が残っていた。穴の開いた部分から覗くことのできる官邸の内部は、ぐしゃぐしゃに砕けており、赤絨毯が血のように床に広がっている。倒壊した天井に押しつぶされたチェストや陶製の花瓶は、天文室からでは遠すぎてとても視認できない粉塵となっていた。カルロは先ほどの心躍る喧騒から、一気に現実に引き戻されて溜息を吐く。


「カルロ君、手伝ってください」


 モイラがカルロの背後で食器を鳴らす。カルロは返事をして、珍しい陶板に乗せられた料理を陳列した。献立は赤く、暖かいスープと具材を詰めた小判型の揚げパン、串焼肉、ロールキャベツなどであり、カルロの知るものはウネッザの島嶼部で生産されるワイン程度のものであった。陳列の最中にカルロの手が止まるのを見たモイラは、実に楽しそうに笑った。


「私の故郷の料理ですよ。私は農家の出身でしたので、知ったのはユウキと知り合った後なんですけどね」


 モイラは給仕の手を止めずに言う。カルロは赤いスープをまじまじと見つめ、相槌を打つ。


「なんか、豪華ですね」


「今日はお客さんが見えるんですよ」


「お客さん?」


 カルロはモイラを見る。モイラは楽しそうに笑い、手を休めずに答えた。


「そろそろ見えると思いますよ」


 カルロは階段に視線を送る。猫が階段の入り口を塞ぐように寝そべり、寝息を立てている。階段をのぼる音は三つあった。一つは軽いが老人然としたふらつきのある足どりで、膝を気に掛けるような鈍重な足音、一つは、少女らしい軽やかで弾むような足音、また一つは軽やかではあるが騒々しい、品のない小娘のような足音であった。カルロは皿を並べ終えると、モイラと共に階段の傍で待つ。三つの足音は徐々に近づき、最初に顔を出したのは軽やかな足取りのチコであった。


「食事の用意はできているかな?」


 モイラは頷く。チコは猫の首辺りをつまみ上げて駆けのぼり、猫にすりすりと顔を押し付けた。チコに続いてやってきたのはグレモリーであり、普段の町娘の衣装の裾がふわりと持ち上がる。両手を後ろに回し、二人に笑顔を見せた。


「こんばんは!頑張ったみたいだね、カルロ君。今日は、先日の違法転移者の件……つまり、ニッコロなる人物の件でお話があって伺いました」


「あぁ!例のジロードの偉い人ですね」


 カルロの言葉に二度頷いたチコは、飛び跳ねるようにしながらカルロに近づいた。


「そう!ただし、私は死霊魔術は専門外です。そ・こ・で!今日は専門家にも来ていただきました」


「専門家?」


 カルロはチコを見る。チコは階下を指さした。未だ遠くに感じられる足音が徐々に近づく。一同はその鈍重な動きを息を呑んで見守る。やがて仄暗い中にその姿が視認できるようになると、カルロは思わず顔を顰めた。


「えっと、子供?」


「私の後輩です」


 グレモリーは自慢げに答える。姿を見せたのは、白髪で髪を整えた、赤い瞳の少年であった。服装は少年然としたものではなく燕尾服とYシャツ、さらに白い手袋と長ズボン、革靴という紳士的な物で、やや疲れた表情をしていた。彼はこれまでに顔を見せたどの人物よりも丁寧かつ紳士的に、深い礼をする。


「ご紹介にあずかりました、僕は、ビフロンス、ソロモンの72柱は伯爵、第46番の悪魔です。本日は、宜しくお願い致します」


 ビフロンスは顔を上げると、チコ、カルロ、モイラの順に握手を交わす。モイラと握手を交わすと、彼は柔和に微笑んでみせた。


「お久しぶりですね、モイラ様。ユウキ博士のお噂はかねがね伺っております。私も悪魔として、たいへん誇らしく感じております」


「こちらこそ。ムスコールブルクではあの人がお世話になりましたね」


「こちらこそ、我々の試験的取り組みの成功例、第一号ですから。モイラ様にも、ユウキ博士にも、頭が上がりません」


 モイラの言葉に、ビフロンスは微笑みながら首を振る。二人が握手を終えると、割り込むようにチコが身を乗り出した。


「挨拶は終わったね!食事をしながら話をしよう!」


 カルロはチコを冷めた目つきで見た。

この章はちょっと長いです。誠に申し訳ありません。

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