獅子の庭3
ざわめきの中で真っ先に挙手をしたのは、カルロの意見に訝しむというよりは関心を持った様子の貴族の一人だった。元首が彼に発言を許すと、貴族は立ち上がり、カルロに最敬礼をする。カルロは慣れない様子で会釈を返した。それに対して議場からは罵声も響いたものの、貴族の視線を感じた議員たちは即座に大人しくなった。
「お初にお目にかかります、カルロ・ジョアンさん。私、ルッツィーニ家の当主として議会に参加させていただいております、マリーノ・ルッツィーニと申します。本日は造船所の御業務も多忙を極める中、わざわざご足労頂きありがとうございます。さて、早速ですが、貴方の言う「包囲」と言うものは、具体的にはどのようなものなのでありましょうか?概要を教えていただきたく思います」
マリーノは、流麗な立ち振る舞いでカルロに語り掛ける。彼は質問を終えると同時に元首に視線を送り、元首もそれに応じてカルロに視線を送った。
「確かに、マリーノ卿の仰るとおりです。具体的な内容をお聞かせ願えればと思います」
カルロは立ち上がり、マリーノの方を向く。マリーノは言葉を促すために小さく頷き、目を瞑って首を縦に振る隣席の男の頬を抓った。目を覚ました男は一瞬元首の方を向き、焦ってカルロに視線を向ける。カルロは吹き出しそうになりながら、人差し指で上唇を押えて「お答えします」と言った。
「まず、わが国の状況を整理したいと思います。巨大な鉄の船を中心として、主要な寄港地はガレアッツァを中心に据える船団に道をふさがれており、マッキオ教区の広場には稀に鉄の船から砲撃が届く、非常に危険な状態です」
議員席の人々は皆腕を組み、難しそうに眉を顰めている。元首の表情も強張っており、沈んだ空気が重くのしかかっていた。
「しかし、ジロードの戦艦は皆我々の下に兵を出すことはない。それはなぜか」
マリーノが答えた。
「水位がどの程度であるか分からず、どう進軍していいのか分からないからですね?」
「仰るとおりです。そして、同時に、彼らは既に進軍をする利益がない。ウネッザ本島、そして幾つかの海上基地の主要な港を抑え込むことによって、我が国の交易を完全にシャットアウトしている。これは攻城戦でも有効な手段ですが、食糧自給率の極端に低いわが国では更なる効果が期待できるからです」
カルロが言い終えると、議員たちは頷きながら両隣と話し始める。俄かにざわめきを取り戻した議場で、カルロは立ったままで会話がおさまるのを待った。エンリコは隣で満足そうに頷く。
(こういう時は話しても無駄……だな?)
元首が何度か咳払いをする。ざわめきはおさまらず、声を荒げた一部の議員によって、白熱した議論が始まった。元首はガベルを強く叩く。議員たちの議論はいったん収まり、一拍おいてカルロが発言を続けた。
「……つまり、我が国の現状は補給路を完全に断たれたままでジロード船団からの砲撃に耐えるという、危機的状況にあります。勿論、この国の人口を考えても、警備を強化することは土台不可能な状況であるといえます」
「それでは、どの様に包囲するのですか?」
議員が手を挙げて発言する。カルロは頷き、質問を投げかけた議員に向けて言った。
「我々には、どこにどの程度の干潟があり、干潮時、満潮時にどの程度の水位になるのかがわかっている。然し、相手はそうではないため、明確に上陸可能な「港」を包囲しつつ、巡回させている中型の船舶によって水位を測りながら、わが国の船舶が通行可能な、危険と思われる区域に船を停めようとしている、と考えられます。つまり……」
議員たちが何かを察し始め、次々にカルロに視線を向ける。カルロは時々視線を変えながら、議員たちに訴えかける。エンリコは黙って前を向き、カルロの言葉だけを聞いていた。
「彼らの巡回の効果が薄れる夜中に、小型の船舶で水位の低い個所から船出をし、敵船舶の裏側へと回り込むことが可能なのです」
「でも、それだけではだめだ。簡単に踏みつぶされて包囲は失敗する」
議員が手を挙げようとする前に、エンリコが手を挙げて発言する。手を挙げた議員は静かに手をおろし、カルロの言葉を待った。
「簡単です。石を積んだ小舟を曳き、ジロードの船の背後に下ろす。敵戦艦は身動きが取れなくなり、食糧の補給路を断つことが出来る」
「しかし、わが国の食料が底を尽きるのではないですか?」
一人の議員が前のめりになって訊ねる。カルロはできる限り不気味な笑みを零して見せた。
「お忘れですか?「元」海賊の根城出身の俺の事を」
議場が静まり返る。暫くの沈黙の後、マリーノが哄笑した。
「確かに、こそこそと船に忍び込んでは食料やら何やらを盗み、気づかれずに去っていく海賊が、コッペンのあたりにいるとは聞いたことがありましたなぁ!」
「正直、海賊行為をしていたことを明かすのは、とてもお恥ずかしいのですが、私たちは生き残るために、あのあたりに来る船から食料を盗んでいました。それが、ジロードのそれなのか、ウネッザのそれなのか、よくわからないままでしたが」
「ジロードの船だったようだ。もとよりあの土地は海賊の軽犯罪に困り果てた領主から、何も聞かされずに売りつけられた土地だ。勿論我が国はそのあたりは確認済みだったが、内地の食料庫は少しでもほしかったからね」
議員の一人が腕を組んで発言する。議場の誰もが、その仔細を知っていたものの多くを語らなかったのは、彼らが状況を読み、最善の選択をするウネッザの男達だからだった。
「コッペンの人々は、売られて感謝されているんです。塩も、魚も、開墾のための技術も、ウネッザから受け取ったものですから」
議員たちのカルロへ対する視線は明らかに変わっていた。「ここは通れない」というウネッザを知り尽くした人々の当然の思い込みを、海を知らない男に教えられた奇妙な作戦によって解かれた彼らは、カルロに凱旋した将軍を見るような羨望の眼差しを送っていた。そして、それは、かつての大罪を洗い流すには十分すぎるほどの成果が期待できるように思われた。
「気を引くために、ガレー船団が彼らの船に近づこうとするとよいでしょう。ウネッザの操船技術の高さは、俺もよく知ってますから、被害も少なく済むはずです。何か、質問はありますか?」
元首は議員席を見渡す。議員たちは手を挙げなかった。元首はカルロに目配せをする。カルロはそれを受け、議員席と議長席に頭を下げると、席に着いた。
「では、採決を取りましょう。皆様、賛成か反対に挙手をお願いします」




