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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第五章 ウネッザ攻略戦線
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傾国のインフェクション7

 具体的な対応策が講じられないまま、両国のにらみ合いは一か月続いた。時化が止むとすぐに一年分の食糧を貯えるウネッザであっても、時化を越して直ぐに包囲されてしまった以上、質素な食生活をせざるを得ない状況が続く。カルロも目に見えて荒んでいくウネッザの人々の表情を見ないように仕事を続ける毎日が続いた。


 敵に対する有効打は与えられないまま、ウネッザが持つ多くの海洋拠点からの情報も上手く入らずに続くにらみ合いによって、ウネッザの人々は目の下に隈を作り、死んだような表情で日々の業務を続ける。それは、アルセナーレに交代で帰港するガレー船団の志願兵たちも、例外ではなかった。

 この頃になると、カルロがふと顔を上げるたびに、不機嫌な顔をした志願兵たちが、干し肉に齧り付きながら造船所の壁を蹴飛ばしていく姿を目撃するようになった。


 何隻かの大運河では既に十四隻の船が、無差別なジロードの戦艦の砲撃によって沈められ、その度に、各教区で簡素な葬儀が行われる。その様子を確認していたのか、ジロードの戦艦からは船を落とすたびに耳鳴りが響き、心の籠っていない弔辞が述べられる。

それが却ってウネッザの民の心を逆なでし、カルロが通るとジロード船に向けて悪態をつく人々が必ず一人は見られるほどであった。


 元首官邸は用意された避難場所に避難することなく、議論が進められていた。これは、ドージェが志願して戦いに挑む戦士と危険を共にしようと言う意志を以て行った行動であったが、一部の議員は会議で議場を移すべきだと声高に訴え、無視をして会議を進めようとするほかの議員も舌打ちを返すという事態に陥っていた。

 新聞を通してこれを知ったカルロは、仕事開けに時々ダンドロ邸に赴いては、フェデリコやエンリコにパンなどを届けていた。

 このような状況が改善されないまま、一か月と半週が過ぎた頃である。


カルロはいつもの様に出勤する。広場の前は1ヶ月もの間閑散としており、ウネッザ特有の活気はない。沈んだ表情の男達が往来し、女性子供は一切外出する様子もない。カルロもまた、活気のない町並みに故郷のにおいを思い出しながら、落ち着いた様子で町を歩いていく。彼がマッキオ広場から橋を渡り、細い街路を抜けて広場に出ると、群衆が何かを取り囲む光景を目の当たりにした。


(……なんだろう)


 期待と不安を胸に抱き、カルロは近寄る。群衆の声は怒号や罵声の類であることが分かり、彼は落胆して通り過ぎようとした。


「ジロードの娘を庇うのか!裏切り者め!」


「ポンコツが生意気言ってんじゃねーぞ!」


(……!)


 カルロは真相を確かめるため、背伸びやジャンプをして群衆の視線の先を確認した。最前列には薄曇りで薄暗い程度にもかかわらず松明を持った人、鉄のフライパンや先の尖った棒を突き立てる者など、老若男女、大小さまざまな民衆の姿が確認できた。カルロは群衆の中を掻き分けて進む。


 囲まれているのは、殴打されて頭から流血するカタリーナと、両手を広げて庇うフェデリコだった。フェデリコは頭に瘤、口元には青痣を作り、囲い込む群衆に対峙する。瞳は涙に潤み、遠目からでも明らかなほど身を震わせながら、崩れそうになるのを必死に堪えている。


「何やってるんですか!」


 カルロは群衆の中から飛び出し、二人の前に立つ。驚きの表情をするフェデリコは、カルロの後姿に思わず涙を零した。


「なんだなんだ!」


「あぁ、コッペンの小僧だ!部外者は帰れ!」


 同時に畳みかけるような罵声が響く。罵声は背後の壁に反響し、振動として三人に伝わった。耳まで届く悲鳴のような声に、カルロは歯をむき出して威嚇した。


「こんなことして何になるって言うんですか!」


「何になる?スパイと協力者の首をジロードの戦艦に送り付けてやるんだよ!」


 カルロよりも二回りもがたいの大きい男が叫ぶ。手には鉄棒を持ち、背後には鉈を持つ男がいる。群衆の中からは男に賛同する声がこだました。


「そんなことしたらウネッザは終わりだぞ!」


 カルロが叫ぶと、男は鉄棒で地面を叩き、眉根を持ち上げる。カルロの胸ぐらをつかみ、軽々と持ち上げた。


「はぁ?さてはスパイだなオメー」


 カルロは、服の襟が引っ掛かり、息が出来ない。両腕で男の手を外そうともがき、足をばたつかせて抵抗するが、男の腕は微動だにしない。彼の口から涎が落ちるのを見て、男はほくそ笑んだ。


「考えてみりゃ、コッペンなんてド田舎からどうやってウネッザに来たんだ?金はどうした?ジロードから出してもらったとか?」


 群衆から嘲笑が上がる。カルロの足の動きが徐々に遅くなっていく。フェデリコは首を横に振る。


「カルロを、放せ……そいつは、悪くないから……」


 フェデリコの声は嘲笑にかき消される。ぐったりとして虚ろな目をしたカタリーナは、瞳を動かしてカルロを見つめた。


「その通りだ、コッペンなどと言うド田舎からどうやってここまで来たのだろうな?」


 ねっとりとした男性の声が聞こえる。群衆は背後に視線を向けた。深緑のトーガを着た、鼻の高い壮年の男が、洒落た杖をついて立っていた。男が歩み寄る姿をみて、群衆は道を開ける。不気味な笑みを浮かべた男は、カルロを掴む手を二回払う。屈強な手は微動だにしなかったが、自然とカルロを放した。カルロは尻餅をつき、咳き込む。

 不気味な笑みの男は建物で囲まれ、薄暗い広場で息を切らせたカルロの前に屈み込む。陰は群衆と壁に重ねて一層暗くなり、ほうれい線がぼやけた。


「アル、ドゥス、さん……」


「何の騒ぎかと思ってきたら、ウネッザの民は客人をもてなす心も廃れてしまったのかな?それでは戦に勝ってもマアルフの二の舞だろうな」


 群衆がざわめく。アルドゥスは不気味な笑みを浮かべてカルロの襟を整えた。


「ウネッザにおいて武器を振るったものは、ため息橋を渡り、冷たい地下牢に押し込まれ、冷めたスープを取り合う暮らしが待っているそうだが、客人諸君としては、彼らをどう見るだろうか?」


 アルドゥスは振り返り、カルロを掴んだ男にふり返った。「ねぇ?」同意を求められた男は狼狽し、鉄棒を地面に落とす。カラン、と言う音が静まり返った広場によく響くと、アルドゥスは首を傾げて見せた。


「正直、カルロとかいう男がどうやってコッペンから流れ着いたのかは私にも分からない。その手段がジロードの依頼かもわからない。しかし、私はそれには全く関心がない。諸君、私の得意先様に傷を負わせるというならば、私の出版する人気商品、『罪人白書』に、それはそれは極悪非道の狂人として乗せておくことにするのだがね?……あぁ、勿論、再起不能なまでに具体的、かつ詳細に、見開きを使って案内する予定だ。それはそれは飛ぶように売れる事だろう」


 群衆は背後から順にはがれていく。かさぶたのように外側の人々が離れると、彼らは次々に霧散した。最後に最前列にいた者達は、彼らを止めようとしたものの、舌打ちをして立ち去っていった。

 呆然と尻餅をつくカルロに対して、アルドゥスは眉を持ち上げて見せる。


「君は無事なようだね。厄介ごとに首を突っ込むことは感心しないよ」


 アルドゥスは立ち上がると、杖で高らかに地面を叩き、立ち去っていった。カルロは暫く呆然とその後姿を認めていたが、我に返って後ろを向く。カタリーナを抱き上げて泣くフェデリコに近寄った。


「おい、そんなとこで泣いててどうする、医院とかなんか、近くにないのか!」


「あ、あぁ!ある!ちょっと手伝ってくれ!」


 フェデリコは涙を拭い、カタリーナに肩を貸す。ふらつく二人をカルロが支え、最寄りの病院に向かった。

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