傾国のインフェクション6
造船所の中は兵舎と見紛う程の志願兵達が集結していた。サインをしていないカルロは志願兵ではないため、この光景には場違いな普段着で訪れたが、不思議な事に多くの志願兵がカルロとあまり代わり映えのしない服装をしていた。
志願兵達は次々に点呼を取られ、順序正しく船に乗り込む。カルロは兵士達の列に紛れ込むようにしながら、工具室に入っていった。
点呼を取る熟練の軍人は一瞬カルロを一瞥したものの、すぐに志願兵の署名が集められたリストに視線を移す。カルロは胸を撫で下ろし、工具室の中から主要な造船の道具を取り出した。
(俺には船しか作れないから……!)
点呼を終えた軍人達が巨大な船団の最後列に乗り、「前進!」と叫ぶ。下甲板から伸びる櫂がこがれ、ゆっくりと船出がされると同時に、カルロは工具を手一杯に持って工具室から飛び出した。ガレー船団はカルロを気に留めることなる出港し、大運河の出口へと向かう。船出をするガレー船団を彼方で睨み付ける船は、件の戦艦よりもかなり小ぶりの、大量の砲門を持ったガレアッツァだった。重厚な立ち振る舞いのガレアッツァは、船団に砲撃を食らわせることなく、ゆっくりと遠ざかっていく。
カルロは彼方のガレアッツァが微動だにせずに漂っているさまに奇妙な感覚を覚える。戦艦と同じ火砲を持っているのであればアルセナーレも射程圏内であるうえ、精度の低さも接近によって解決可能である。
(もしかして、あっちも警戒しているのか……?)
カルロは目を凝らして、ガレアッツァの動きを確かめる。暫く観察しても接近することもなく、食糧を摘んだものと思われる商船がウネッザに寄っている姿を確認することしかできなかった。
カルロは諦めて、設計図通りに部品を作成する。船首像や帆などのカルロの手に負えないものはひとまず放置し、一隻の造船に必要な下準備を終えると、それらの部品を工場の隅に寄せ、アルセナーレを後にした。
翌日、カルロは朝の体操を終え、パンだけを口に放り込んで教会を下りていく。食卓にはチコの姿もなく、モイラが一人、ウネッザを包囲するジロードの戦艦を見下ろしていただけだった。
カルロはマッキオ広場に出てすぐに、砲弾を取り出す石工たちの姿を目にした。石工たちは慎重に鉄球を掘り起こすと、三人がかりでそれを穴の外へ運ぶ。砲弾の生々しい跡は、豪奢な石造りの広場を抉り取り、小さな貯水池のようにへこんでしまっていた。カルロがそちらに注視していると、じょり、という小石を踏んだような音がする。彼が足元を確認すると、そこには飛び散った広場の石の欠片が飛び散っており、不気味に光を反射していた。
「……行かなきゃ」
カルロはゴンドラの航行が禁止されたウネッザの入り組んだ道を通り、普段よりも時間をかけてアルセナーレに向かう。通り過ぎる街並みの閑散とした様を避けるように、カルロは最短距離を駆け抜けていった。
カルロが出勤すると、完成した部品の数々を見て驚くフェデナンドが、一つ一つの検品作業を行っていた。
ガレー船が出撃した影響もあって、工場に停泊していた船は殆どなくなり、がらんとした造船所の停泊所から望む海は、ウネッザのガレー船団と対峙するジロードのガレアッツァが見える。
砲門を全開にして睨みあう二国の船は、穏やかな海の上で準備運動をするように上下に揺られている。教会の鐘が鳴って初めて始まる業務についても、今日に限っては鐘の鳴る前に造船が開始され、工場は直ぐに木屑と塗料のにおいに塗れた。
「……おっかないな。落ち着いて仕事も出来ねぇ」
メルクは顔を上げるたびに外の様子を確かめて呟く。両国の船が横一線になって睨みあっているさまは、二つの島が、向かい合っているようにも見えた。
「ガレー船で無暗に突っ込めないのももどかしいなぁ……」
「相手の砲門が明らかに多すぎますね。仮にこちらの船舶が近づいたとして、砲撃の為に旋回する必要がある以上、どうしても砲撃が後手に回ってしまいます」
カウレスは手を休めずに答える。トン、カン、トン、カンと釘を打つ音がこだまする。
(あ、カウレスさんイライラしてるな……)
食事のマナーや仕事に不真面目な態度を取るとき以外には基本的に無表情なカウレスが、メルクと作業を共にしながら足でリズムを取るように爪先で地面を叩く。カルロは船の内部で船底の取り付けを行いながら、聞き耳を立てていた。
「ガレアッツァとガレーじゃあ、入っちまえばこっちのもんなんだがなぁ……」
「三倍近い乗組員がいますからね……もっと近づく方法を考えないといけませんね」
「十人委員会が速く動いてもこれじゃあ、どうしようもねぇな」
メルクの声がくぐもって聞こえる。不安になったカルロはちらりと上を確認する。しかし、カルロの不安をよそに、メルクはただ釘を咥えて補充用の釘まで向かう時間を短縮させただけらしかった。カウレスの眉が少し寄る様を確認すると、カルロは安堵して作業に戻る。手が痺れるほどの造船作業は、一隻が完成するまでずっと続けられた。




