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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第五章 ウネッザ攻略戦線
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傾国のインフェクション3

 カルロは朝の体操を終えると、すぐさま外に出て広場の中心に立つ男から新聞を購入する。

朝に営業を許される珍しい新聞屋は一枚の紙切れに様々な情報を詰め込んでいる事を宣伝しており、カルロには威勢良く対応した。

朝食の間に、カルロは今朝購入した新聞を広げ、それを精読する。新聞には、「海事日報」と記された、政府からの公式な海上の情報に関する記事が掲載されていた。そこには、各地の海上要塞に現れた不審なジロード籍船舶に関する情報が大量に記されており、その被害状況が記されていた。


「……はぁ」


 カルロは露骨に肩を落とす。食事にもあまり手を付けず、くだらない情報も記載された記事を上から下まで確認した。


「君が悩んだって何にも好転しないじゃないか。気にするだけ無駄無駄」


 チコは楊枝を歯の間に突っ込みながら言った。カルロは薄い紙で作られた新聞をおろすと、小さく溜息をもらす。


「そうですけど……」


「ジロードに送った手紙、ちゃんと届いたかしら……」


 モイラはカルロのコップに白湯を注ぎながら、困ったように呟く。チコは楊枝を大げさに振るった。


「ジロードに知り合いかい?」


「いえ、私ではなくて。カタリーナさんが送った手紙ですよ」


 チコは楊枝をスープの皿の上に投げ捨てる。楊枝は皿の側面を滑り、中心に少しだけ残ったスープに浸された。彼はそれを見て、満足げに口角を持ち上げた。


「あぁ……それは実にいい手段だ。父親は娘に甘い」


「そっか。それが一番平和的なのかな」


 カルロはスープに視線をおろす。今日の献立はいつものそれよりいくらか質素で、パンが一個と、スープの豆の量が減っている。


「しかし、年頃の娘は財産だ。普通の貴族ならば乙女の恋を許さないし、カタリーナちゃんはああ見えて我の強い性格だから、それはそれで揉めるだろう」


「でも、仮にもドージェの息子の嫁ですよ?」


 カルロが訊ねると、チコは立ち上がり、若い腰を摩る。彼が立ち上がると同時に、パンくずが地面に散らばった。


「ウネッザのドージェほど権威のない支配者はそうそういないよ。まして、王になろうとしているメディスが、大した権力者でもない、あろうことか覇権を争う海洋国のトップに拠出金を渡したりはしないだろうよ」


 チコは腰を摩ったまま、日当たりのいい展望用の椅子に腰かけた。チコは窓の外を眺めながら、膝に乗った猫を撫でる。

展望台からの眺めはよく、絶好の航海日和であったが、そのことが却ってカルロを不安にさせた。雲は穏やかに流れ、帆船が進むにはちょうどいい風向となっていた。快晴の空は高く、陽光も直接目に届きそうなほど近くで眩く輝く。


「いい天気ですね……」


 カルロは沈んだ声で呟く。チコは向き直ることなく、外海を見下ろしていた。


「あぁ、そうだね……」


 カルロはスープに視線を戻す。スープは静かに波を立て、外からの振動を受け入れていた。カルロがそれを見て眉を顰める。


 その瞬間、巨大な爆発音と共に、教会を縦に揺るがすほどの振動が起こった。カルロは展望台に駆け寄り、窓に張り付く。マッキオ広場の中心に、巨大な隕石のようなものが落とされていた。

チコは猫を抱き上げ、窓に近づく。そして、海上に突如現れた巨大な戦艦の砲口が、煙を上げている姿を確認すると、早足で階段を下りて行った。


「な、なんだ!あんなのいなかったぞ!」


 カルロは戦艦を認めると、恐怖が込み上げる。

文字通り突如現れたそれは、視界を誤魔化すには明らかに大きく、どの様な魔法を用いてさえ、展望台から確認できないようなものではなかった。そのうえ、海上に浮かぶ戦艦は決して近い距離にいるわけではなく、どの様に風が手伝っても、マッキオ広場に弾丸を落とせる距離にはない。彼が広場に視線をおろすと、パニックになった人々が散り散りになっていく姿が確認できた。そして、元首官邸に向かうチコの姿をとらえると、カルロは階段を駆け下りた。


「待ちなさい!どこに行くの?」


 モイラがカルロを止める。カルロは振り返って怒鳴った。


「あんなの黙ってみていろっていうんですか!」


「あんたに何ができっか!」


 モイラは険しい表情で怒鳴り返す。カルロは、聞いたこともない極端な訛りを発したモイラに驚き、一瞬硬直する。モイラは一拍おいて、カルロの手を離した。


「今は待ちなさい。いつ砲弾が降ってくるかもわからない。チコ先生と国を信じましょう?」


 カルロは息を荒げながら、階段の上から三段目で佇む。頭を掻きむしり、「くそっ……」と呟いて階段をのぼり、再び展望台のガラスに張り付いた。アルセナーレを発ったガレー船団が戦艦に向けて進軍する。船団はどれも獅子の国旗を掲げ、かなりの距離を取りながら戦艦の砲撃に備えた。

カルロは息を呑み、その姿を見守る。囲まれた戦艦は殆ど微動だにしないまま、第二発目の砲弾を返す。ガレー船団の五隻が小枝のように真中で割れ、水底へと沈んでいった。カルロは思わず声を裏返らせて悲痛な声を上げる。


 ガレー船団の動きが止まる。彼らは大運河の前まで後退し、そこを塞ぐように横列になって火砲をジロードの戦艦に向ける。


 暫くすると、教会の鐘よりも高く不快な、耳鳴りのような音が鳴り響く。カルロは耳をふさぎ、戦艦を睨み付けた。上甲板には、簡易なテントのような陣が建てられており、カルロには真上から短髪の男性が陣の中で腰かけているらしい姿が確認できた。耳鳴りのような音が鳴ると、ウネッザ全体に響くのではないかと錯覚するほどの大音量で、男の静かな言葉が響き渡った。


「ウネッザの諸君、それは私達からのささやかな贈り物です。是非とも受け取っていただきたい。……そして、贈り物にはお返しをするのがマナーと言うもの。ウネッザの諸君は良くそれを理解しておられると思うので、特別恐喝まがいの言葉など並べることもしないが、我が主人、メディス卿の一人娘であらせられる、カタリーナ・ド・メディス様をお返し頂ければ至上の幸福。これ以上の砲撃はやめ、平和的な解決に応じましょう」


 煙を上げて沈んでいくガレー船五隻が完全に水底に消えて見えなくなると、カルロは窓が割れそうなほどの勢いで地面を蹴った。


「くそ……!」


 不快な耳鳴りは、ゆっくりと終息する。元首官邸には、再び灯りが灯った。

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