傾国のインフェクション2
昼食の席では、カルロはメルクとカウレスと共に食事をしていた。後輩は多くの工員と食事を共にするために半ば食卓を梯子するように往来させられていたため、静かに食事をする彼らの席に向かうことはなかった。
「戦争は肩凝るから嫌なんだよなぁ……」
「命かけて戦える人の気が知れませんね、俺は」
カウレスは洗練されたマナーを当然のものとするように食事をする。メルクは肩を回しながらくちゃくちゃと音を立てて咀嚼した。
「んまぁ、仕事の後の飯は仕事の大変さに比例するもんだからな、有事の飯は美味いや」
「くちゃくちゃ音を立てられる飯の気持ちにもなってください」
カウレスはパンをちぎって口に放る。メルクは頭を掻いて笑った。カルロは上の空で食事を口に運ぶ。手には余ったスープを吸い込んだパンが握られ、机上にはパンかす程度しか残っていない。彼は話の合間に相槌のような動きを取りながら、食事を業務のように淡々とこなしていた。メルクはカルロをまじまじと見つめる。カルロが視線に気づき、食事を飲み込んだ。
「えっと、何かありましたか?」
「……今日変だな、お前」
メルクはカルロのでこに手を当て、首を傾げる。彼は手を組み、「熱はないな……」と呟いた。
「戦争の事気にしてるんじゃないですかね?こっちに来て初めての経験でしょうから」
「おぉ、そうか!こんなとこまで船が来ることはねぇから大丈夫だって!」
メルクは豪快に笑う。カウレスは煩そうに眉を顰めてメルクを睨む。カルロは一層表情を曇らせた。
食堂に集った人々の後輩いじりが終わると、今度は別部署の新人たちが集まって談笑を始めた。中年の男たちの豪快な笑いと下世話な話と比べるといくらか瑞々しく、流行ばかりで明確な論点のない話が延々と続けられる。高いという程ではないが、若く瑞々しい笑い声は、食堂に華やぎを与えることに役立っている。机上に落ちた屑を掃除する食堂の従業員たちは、台ふき片手に若者たちの様子をしきりに気にしていた。
メニュー表の掲示されたカウンターに、新たにデザートの為に行列ができると、熟達した職人たちは微妙な表情をする。机上に食事がなくなると運び込まれる冷水は、賑やかな声に合わせて微細な波を立てる。その食堂の片隅で、沈んだ表情のカルロが俯いていた。
「……どうした。何かあったのか?」
「いえ、昔の事を思い出しただけです。いやぁ、ウネッザは大丈夫なんだと、勝手に思ってました」
メルクとカウレスが顔を見合わせる。
「えーっと、つまり、それは?」
「いいえ、何でもありません。すいません」
カルロはパンを口に押し込み、席を立つ。彼は乾いた口の中でパンを咀嚼しながら、工場へと戻る。二人は顔を見合わせ、首を傾げた。
フル稼働のアルセナーレにおいては、一日に一隻の船ペースが造船されるほど手際よく船舶が量産される。軍事的衝突に備えて常にストックされている数十隻のガレー船団は、非常事態に備えて出港の準備がされている。ガレー船には食料、穴から覗かれる巨大な櫂、砲口には火薬と弾丸が積み込まれ、造船作業をする工員を除き、これらの船団に荷積みをする作業が進められていた。
カルロは荷積みの作業に目もくれず、ガレー船の組み立て作業に入る。肋骨・竜骨等の骨組みが完成していたガレー船は、船倉から積み重ねるように板が張り付けられていく。肋骨の内側にも内壁が組み込まれ、船自体の強度を高められる。
船倉が完成すると、ガレー船にも帆柱が建てられる。ガレー船と異なり、良好な風向の際にのみ帆が立てられ、通常は見張り台としての役割が与えられていた。
下甲板には櫂を漕ぐための穴が作られ、穴のある列には横一線に長い腰かけ用の材木が取り付けられた。腰掛はごつごつとしていたが、丁寧に鑢掛けされて滑らかな平面を作り、一つの櫂につき三人が座れる長さが取られて取り付けられた。
中甲板は砲弾が積まれ、鈍色の鋼で鋳造された火砲が積まれた。火砲の為の穴は櫂の為のそれよりいくらか広く作られ、方向転換が容易なように設計されている。左舷・右舷の両方に三つ乃至四つの砲口が準備されると、上甲板の取り付けがなされる。船楼は中に作られ、低めの船高と広めの船腹によって、帆船よりも安定した航海が可能な設計がされた。設計図の通り完璧に作られたガレー船の船楼には、パイプを利用した通信機材が取り付けられ、全ての船倉に迅速な指示が可能なように作られた。
翌日になると、教会の鐘が鳴ると同時に、工場に毎日のように兵を引き連れた役人や将校が往来するようになり、翌日には荷積みを終えた船が次々と出港することになった。
また、迅速に出航できるために、造船所の船着き場には完成した船舶が浮かべられている。ゴンドラ等の小舟は各教区の船着き場に一隻ずつ待機され、往来する船舶へ対する検問作業は強化された。そして、徐々にこなされる海戦への準備と共に、工員達の口数も少しずつ少なくなっていった。




