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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第四章 ウネッザの商人たち
72/151

竣工

「でっけぇ……!」


 一角獣の角が取り付けられた帆船に、カルロの運んだ帆が取り付けられる。巨大な船体をさらに巨大に見せる純白の麻布は、一本の帆に三枚ずつ、突き出た帆下駄に縄を結んで取り付けられた。さらに、帆と帆の間にも台形、三角形の帆が張られ、船首に突き出た角にも帆が取り付けられている。マストとマストの間を縫う縄は、混ざり合うことなく斜めに帆柱へと結ばれる。防腐剤を塗装された船体は濃い茶色をしており、船倉には重り用の荷物が既に積み込まれている。

 船首像は航海の安全を願うため、屈強な獅子の像が選ばれた。獅子の像は、船台の向こうに広がる穏やかな海を真っ直ぐに見据える。波は左右上下に押し合い、打ち消しあいながら留まることなく流れ続ける。


「うーし、進水式と行こうか!」


「はい……!」


 カルロは目を輝かせ、出来立ての帆船を見上げる。工員たちはカルロを見ると顔を見合わせて微笑む。


 やがて進水式に案内された人々が現れる。いずれも背が高く、にこにこと微笑みながら互いに帆船の大きさについて様々な見解を述べる。任せる積み荷を大量に詰めるという好意的なものから、予算は大丈夫かなどといったものまで様々であり、いずれも長いひげを蓄えた商人達だった。そこに紛れて、一人離れた場所から船を見るイネス神父が、微笑を湛えながら静かに佇んでいた。そんな中、出資者たちの祝いの言葉に丁寧に対応をしていたアントニーが、工員の中にカルロを認めた。


「カルロ君!カルロくーん!」


 カルロは声を受け、周囲を見回す。大きく手を振るアントニーの姿を認めると、カルロも両手を振って返した。アントニーは駆け下りると、船台に控えているカルロの下に駆け寄った。


「いやぁ、立派な船だ!ウネッザの船はどれも質がいいが、一際立派に見えるよ!」


 アントニーは駆け寄った勢いのままカルロに抱き着く。カルロは「ぐぇ」と小さく唸るが、興奮気味に鼻息を立てながら答えた。


「ね、俺もびっくりしました!」


「君のお陰だ、まさか、こうして再び仕事ができるとは!」


 アントニーは手を解き、涙ぐむ。カルロは小さく会釈を返した。


「いえ、お役に立ててうれしいです!」


 カルロは再び帆船を見上げると、鼻から深い息を吐く。


(俺たちの作った、船だ……)


 二人が感極まって涙ぐんでいると、再び案内を受けた人物が工場の扉を開いた。


「おぉ、こんなに出資者がいたのか」


 遅れて訪れたアルドゥスが声を上げると、商人たちの視線は一気にアルドゥスに向けられる。その後ろには、工場の中でもひときわ若く白い肌のエンリコが控えていたので、商人たちはぞろぞろと二人を取り囲み、我先にと祝言を述べる。喧噪の中、イネスだけが一人集団から外れた場所で水平線を見つめていた。


 アントニーは複雑な表情でそれを見上げる。カルロが何かを言おうとすると、アントニーは苦笑する。


「いや、まぁ。仕事があるだけでもありがたいよ。出資者の皆様には、食いつなぐために仕事を貰ったり、お世話になったから」


 カルロは無理に口角を上げるアルドゥスを見ると、一旦目を瞑る。そして、騒々しい招待客の方を見て、大きく息を吸いこんだ。


「みなさーん!俺たちの船を見てくださーい!」


 カルロがよく通る声で叫ぶ。アントニーは面食らってカルロを見る。カルロはアントニーに歯を見せて笑うと、直ぐにカルロに注目する人々に視線を戻す。


「皆様、ご覧ください!皆様のお陰で、ついに帆船が完成いたしました。この度は、ご厚意厚く御礼申し上げます。俺たちがこうして船を造ることが出来たのも、俺が初めて帆船を作って、この雄姿を見ることが出来たのも、皆様の温かいご支援のお陰です。重ねて、御礼申し上げます。そして……今回の主役である、事業主アントニー・ベルモンテ氏からお言葉を頂きたく思います」


 大きな拍手が工場を包み込む。アントニーは拍手をする人々呆然と見上げる。アントニーの頬を涙が伝った。カルロは肘でアントニーをつつく。アントニーは小さく頷くと、指で目頭を抑えて涙を止めると、大きく息を吸いこんだ。


「本日は御多忙の中御来席いただきまして、誠にありがとうございます!ご紹介にあずかりました、アントニー・ベルモンテです!皆様、外をご覧ください。穏やかな海に、優しくかかる白い雲、青く高い空、そして幾つかの旅立つ帆船たち。皆さまの温かいご声援が、こうして聖マッキオにも届き、旅立ちに相応しい空模様となりました。神の寵愛を受けた私達の船は、必ずや皆様に眩い黄金と胡椒と……服に煩いご婦人にはレースなどをもたらしてくれることでしょう。そして、私事ですが、こうして事業を再開できますのも、皆様のおかげで御座います。また、ここにいるカルロ・ジョアン君、彼がいなければ今日の日はありませんでした。ご出資頂いた皆様、陽光の赤と海の青が映える帆船を作ってくださった彼らに、改めて感謝申し上げます」


 アントニーは深く頭を下げる。静まり返った工場に再び割れるような拍手が起こる。彼らの視線を一身に受けたアントニーは、息を荒げながら満足げな笑みを浮かべる。


「よぉし、お前たち、船出すぞ!」


 野太い男達の掛け声が拍手と重なる。白く大きな帆が下ろされる。工員たちは巨大な帆船を全員で引き、船台の傾斜にかける。ゆっくりと滑走する帆船は、徐々に速度を上げながら船台を滑っていく。一同が見守る中、滑走する船底が荒波を立てて進水する。流線形の船体が海水を掻き分けて海上を暫く漂う。帆が風向きに合わせて動かされ、穏やかに波打つ中をゆっくりと旋回しながら遠ざかっていく。

海上を滑る帆船は速度を速めながら海上を滑り、再び旋回してカペレッタ教区の港へと向かって行く。


 遠ざかる船に向けて、トーガを着た見物人たちは帽子を振る。アントニーのすすり泣く声を聴きながら、カルロは靡く帆に合わせて悠々と水上を舞う船の勇姿を見つめていた。



「……イネス神父。今回の航路の件ですが……」


 船を見送る人々の波を掻き分けたアルドゥスは、離れた場所で船を追うイネスに耳打ちをする。イネスはそれに気づくと、さり気なく耳をアルドゥスの口に近づけた。


「貴方の思惑通りにはいかないと忠告しておきます。ですので、航路の変更を提案することをお勧めいたします。エンリコ・ダンドロ氏と私で、護衛船を増やすように告げておきましたので」


「……アルドゥス殿、少し、何を言っているのか分からないのですが?」


 イネスは涼しい顔で船を見つめる。アルドゥスは先ほどよりも小さな声で続けた。


「……それよりよろしいのですか?エンリコ・ダンドロ氏により、貴方の「被害者に見せかけた」海賊行為のことは、ドージェに伝わる可能性が御座いますが……。そろそろウネッザを立った方がよろしいかと」


 イネスは眉を顰める。不気味な笑みを浮かべるアルドゥスの方を向こうともせず、小さく舌打ちをした。


「私がこの地を離れるという事が、君にとって利益になるとは到底思えないのだがね」


「えぇ、えぇ……。本土行の船は私が手配いたしますよ。と、いうのも、私に貴方のお知恵をお貸し頂ければと思うのです」


「……ほう、どの様な?」


 イネスは目を細める。アルドゥスは両手で地面を押すようなジェスチャーを何度かし、本を捲るジェスチャーをする。イネスは初めて、アルドゥスの目を見た。


「息を吐く様に嘘を吐く、ペテン師の弱みを握る方法とでも申しましょうか?唇を震わせれば銀貨が飛び、文字を綴れば金貨を吐き出すような、とても興味深い人物が居りましてな」


 アルドゥスは本を閉ざすようなジェスチャーをする。遠くから船の背を追いかける歓声が響く中、イネスは薄ら笑いを浮かべた。


「あとでお宅に伺いましょう」


 遠ざかる船は確実にカペレッタ教区へと進む。空には海鳥が飛び立ち、誰もが前進する船へ視線を送る中、二人はそそくさと踵を返して工場を後にした。

 少し短いですが、ウネッザの商人達はここで終わりです。

 次回からは国際関係が少し絡む話になるかなと思います。

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