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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第四章 ウネッザの商人たち
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帆船って?2

「おぉい、カルロお前何やらかしたんだ?」


 カルロは休み明けの開口一番に、そんな言葉を投げかけられた。困惑気味のフェデナンドは、注文内容を記載した用紙を振りながらカルロに近づく。カルロはニヤニヤしながら、「別に、何でもないですよ」と答えた。


(今日の仕事は決まってるからね……)


 カルロはスキップしながら工具室へと向かう。

 カルロが工具室へ消えて暫くすると、教会の鐘の音に合わせてフェデナンドが手を叩く。

一斉にフェデナンドの周囲に集まった一同の表情を確認し、互いに挨拶を交わすと、フェデナンドは工場全体に響く大きな声で話し始めた。


「えぇー、今回の依頼は帆船だ。お前らも知っての通り、この工房だとちょっと狭い。ので、隣の工場と一緒にやるから、よろしく」


「親方ー、カルロがいませんよ」


 工員の一人が言うと、フェデナンドは声を張ってカルロを呼ぶ。

工具室の中からがしゃん、という音が工場に響く。一同はくつくつと笑いながら工具室の扉を凝視した。乱暴に扉が開くと、工具箱を持ったカルロが息を荒げながら飛び出してくる。工場にはどっと笑いが起こり、フェデナンドがカルロの肩を叩く。カルロは意味が分からず周囲を見回す。フェデナンドはカルロに向けて冷ややかな笑みを浮かべた。


「で、話聞いてたか?」


「えー、えー、えへへー」


 カルロは工具箱を持ち、頬をかきながら苦笑いする。フェデナンドが咳払いをすると同時に、カルロは綺麗な直角の礼をした。


「すいません!」


「まぁ、仕事さぼってたわけじゃねぇしな」


 フェデナンドがそう言うと、工員の一人は腰の低くなったカルロの肩に手を回し、二、三回ほど、向かいの肩をポンと叩く。カルロは苦笑しながら、持っている工具箱を大事そうに両手で掴んだ。フェデナンドは再び手を叩き、大声で話した。


「はいはい、お前たちは先移動しろ!」


 工員たちがぞろぞろと隣の工場に移動し始める。カルロはフェデナンドと工場の出口を交互に見た。


「とりあえず、工具室の片付けな」


 フェデナンドが腕組みをしながら呟く。カルロは工具箱を一瞥し、誤魔化すように笑うと、工具室に引っ込んでいった。



 アルセナーレの特色は流れ作業による効率的な造船体制であるが、船の組み立ては工場ごとに同時進行でいくつか行われることがある。第二工場はカルロのいた第一工場よりも大規模の船舶を造るための工場であり、カルロのいる工場よりもいくらか広い。また、船を進水させるための傾斜がついた船台が長い工場の先にあり、既に殆ど組み立て作業の終わった帆船が手前で組み立てられていた。


「ぼうっとしている暇はないぞ!材木運んで来い!」


 工場の広さを呆然と眺めていたカルロは我に返って先行する工員たちの後に続く。工員たちは巨大な材木を二人かかりで運ぶ。

人を矮小に見せる巨大な板数枚と、長い丸太数本を運び出す。カルロは五人がかりで運ばれた材木の最後尾につき、掛け声と共に一斉にそれを持ち上げた。


「ぅぉ、おっも!」


 カルロが一瞬バランスを崩すと、工員達は笑いながら自身の肩に材木を乗せる。


「大型船だからなー、竜骨もでかいんだ」


「これだけの竜骨を持つ船となると、相当大きいんですね……」


「まぁ、特に帆船はでかいなぁ。積載量が多いから、交易向きなんだよ」


 運び終えた材木は設計図を元に採寸が始められる。設計図を持ったフェデナンドの指示に従い、熟練の工員たちによって竜骨になるべき材木に、小さな印がそれぞれつけられた。

この印に合わせて切断され、曲線を造るためにつなぎ合わせられる。カルロは常備されているらしい釘に目をやる。船台の直前まで規則正しく並べられた幾つかの箱の中に、大量の釘が納められている。釘の箱の前で屈み込みながらメモを取る人物もおり、釘の数は定期的に数えられているらしかった。


「これだけ大きいと肋骨も多いんですかね?」


「ん?そうだなぁ、遠洋航海にも対応しなきゃならないからな。特に船首と船尾は魚の小骨位多いぞ」


「……つまり、この重いものをそれだけ運ぶわけですか」


 カルロは材木を肩に掛けながら訊ねる。工員は苦笑いで返した。


「……甲板を造ったり、船楼を造ったり、マストを立てたりするから、もっと運ぶことになるんだがな」


 工員の声は酷く無感情なものだった。カルロはその日一日材木の運搬作業だけを繰り返し、運んだ材木が使われる部位を設計図に付属した白紙の紙に書き込む。巨大な竜骨は未だ未完成で、夕陽を前に佇んでいた。



 カルロはその日からしばらく、材木の運搬作業を繰り返し、竜骨に肋骨が取り付けられる頃に、必要な材木の運搬を終えた。その後、採寸作業をしながら実際に自分の携わった帆船の骨組みが出来上がっていく様を、時折眺めては満足げな溜息を吐いた。


 やがてウネッザに時化の時期がやってくる。ウネッザの海は荒れることが多くなり、冷たい水飛沫が工場の中にも飛ぶようになると、毎日のように船の引き揚げ作業が行われるようになった。

数人がかりで地上に引き上げられる船の数々は、あわせて点検作業や修復作業が行われ、造船の妨げとなった。


 引き揚げが終わると肋骨をなぞるように板張りが行われる。竜骨側から上甲板方向へと隙間なく板を接合された船は、徐々に巨大な船としての肉を付けられていった。


「随分様になってきましたね!」


 カルロは釘打ちを終えて豆だらけになった手で額の汗を拭う。同様に板張り作業を続けていたメルクも口を開いて上を向く。


「なんか、これはこれで圧巻だなぁ」


「まぁ、まだ中も作ってませんから、これからですけどね」


 通りすがりにカウレスが呟く。カルロは小さく声を漏らし、寒気に晒されて冷え切った白い息を吐いた。

息は天井へと向かい、霧消する。息が霧消すると、息に遮られた船の全容がますますはっきりと確認できるようになった。


 ずんぐりとした船体は縦に長く、巨大で健康的な骨は内側に隠されている。船底から流線形に貼り付けられた外板は、ごつごつと表面を重ねて作られたクリンカー構造よりもいくらか美しく、外からの光を受けるとまっすぐに光の筋が映る。その巨躯に反してふくよかな全体像は、威圧感と共に、ぶれのない安定感も醸し出している。


「船首に柱建てると一角獣みたいでかっこいいんだよなぁ」


 メルクは船首を見上げながら呟く。カルロは目を輝かせた。


「一角獣!速く立ててみたいですね!」


「上にマストを張るともっと大きく見えますから、夜には海の怪物みたいに見えますね」


 カウレスは工具を片付け終えて戻ると、無表情で答えた。カルロが声を漏らすと、カウレスは呆れたように笑みを浮かべる。


「時化が開ける頃には、できてると良いな」


「はい!」


 船台の向こうには、赤く染まった巨大な雲が窺える。波はカルロが来た時と比べて高く、巡礼船の往来もぱたりと止んでおり、外には船一つ認められない。まだ光を受けない船体は薄ら暗い工場にどっしりと腰をおろし、高い波の重なり合う様を見つめていた。

帆船の設計図と造船工程の資料が足りない。

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