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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第四章 ウネッザの商人たち
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再び、アルドゥス印字商店へ

 狭い街路の奥には、殺風景な出版業者、アルドゥス印字商店がある。ベルの音が鳴るとき、店主・アルドゥス・マーシャスは新作の製本作業に精を出していた。

 祈りの日には小僧たちも従業員も居らず、アルドゥスは一人原本の推敲作業をしながら、魔法を用いて店舗の扉に鍵をかける。そして、途中だった一文を書き終えると、立ち上がって腰を摩りながら受付へ向かった。


 カルロは店先でドアのかぎが閉まる音に反応しながら、自らの力で読む事の出来そうなウネッザの説話集をぱらぱらと捲っていた。

 腰を摩るアルドゥスがやってくると、彼は説話集を閉じ、直角に頭を下げる。アルドゥスは訝し気に眉を寄せながら、会釈を返した。


 仄暗い店内は大量の書棚と小ぶりの書籍が並ぶほか、古代の巻物などが受付裏にあるガラス張りの書棚に陳列されている。乱雑なようでバランスよく組まれた古代の巻物や古典の類の隣には、色味のないコップに入れられた水が置かれている。アルドゥスが受付の椅子に腰かけると、カルロを見ながら受付前の椅子を手で勧めた。カルロは本をもとあった場所に戻すと、勧められるままに椅子に腰かける。


「チコ先生の所の。今度はどのようなご用件で……?」


 アルドゥスは机に肘をつき、両手を合わせる。カルロは前のめりになり、なるべく小声で囁いた。


「一つうまい話に乗ってみる気はありませんか?」


 アルドゥスは体を引く。


「ほぅ、聞きましょうか」


「有難う御座います。コンメンダの計画なのですが……」


 カルロはそう言うと、アルドゥスにアントニーとの計画をできる限り詳細に説明する。アルドゥスは水飲み鳥のように定期的に頷きながら、しきりに手を組み替える。口角は上げたままで、冷ややかな視線をカルロに向けていた。カルロが言葉を区切ると、彼は視線を上に向ける。


「……アントニー氏と言えば、私の記録を辿ると破産寸前の人物……ですね。そのような人に資産を預けることは、流石に憚られるのですが。直近の掛金はどうなさるおつもりで?」


「はい、それに関しては、先刻……」


 アルドゥスは咳払いをする。


「結構。匿名組合は未だ計画段階、身分を隠して取引をしたい人物が出資なさる場合もある以上、私達はその方の名を関係者から知ることは憚られる」


「はい、そう、ですね。ですが、直近の掛金については御心配には及びません」


 カルロは皮財布の中から先ほど教会で受け取った銀貨を見せる。アルドゥスはその刻印を確認すると、「なるほど」と答えた。


 アルドゥスは再び視線を上に向けると、唸り声をあげる。カルロは微笑したまま待機した。

 ただでさえ日の射さない街路にある店内に、積み上げられた書籍で日光が遮られる。その上、ますます入らない日がゆっくりと西に傾こうとする。アルドゥスは眉を顰め、わざとらしく小首を傾げて見せる。


「少しばかりお時間を頂けますか……?」


「わかりました。よいお返事を期待しております」


 カルロは着座のまま頭を下げる。アルドゥスは満足げに微笑み、「それでは」と言って立ち上がる。カルロも同様に立ち上がり、深く頭を下げた。


 アルドゥスが立ち上がったカルロの服をまじまじと見つめ、会釈をすると、扉の鍵が開く。カルロはその音に体を起こし、背を伸ばしてぎこちなく店を後にした。


 立ち去るカルロの姿が積み上げられた書籍の隙間から確認できると、アルドゥスは受付に暫く腰かけたまま、窓を遮る本の山に視線を集中させる。


(……さて、アントニー・ベルモンテは不慮の事故による財産の損失、それ以外には特別問題を起こしていない善良な商人であったはずだが……)


 アルドゥスは店舗を後にすると、店舗から廊下へ入った直ぐの場所にある鍵のかかった部屋へと入る。

 店舗と比べて整頓された部屋の中には、頭文字の順にウネッザの商店名が並べられていた。

 アルドゥスは、その中から、アントニーの取引記録を取り出すと、小ぶりな机と丸椅子に腰かける。そして、蝋燭の火を灯し、取引記録をゆっくりと捲る。丁度記録の真中あたりの頁で手を止め、取引記録を持ち上げた。


(本当に味気のない、商売人としては有力者になりえない男だが、チコの所の坊主が来たとなると、聖職者かチコとの関係が気になるところだ。匿名組合に参加を予定しているものが何者か、改めて調べる必要があるな)


 アルドゥスは取引記録を閉じると、小さくため息を吐く。蝋燭の火を消し、再び取引記録を棚に戻した。


「あの男、祈りの日に先刻と言ったな。出資者の一人は聖職者……もしや、イネスか……」


 アルドゥスは腕を組んで唸る。ゆっくりと別の書棚の前に移動すると、これまでの取引記録の中から、自身とカペレッタ教会の得意先帳簿を開いた。

 彼は頁をめくる毎に、手を止める。彼は眉間を指で押さえ、再び唸り声をあげた。


「うぅぅぅぅ……。悩ましい、悩ましいぞ、これは」


 書棚は沈黙を保ったまま、アルドゥスの姿を見つめる。仄暗い資料室に、アルドゥスの唸り声が響いた。

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