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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第四章 ウネッザの商人たち
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商談1

 応接室に招かれたカルロは、周囲を見回す。薄暗い中ではっきりとわかるのは、窓がない扉と頑丈な壁に、ぽつりと置かれた机と椅子だけであった。


 エンリコは奥の椅子を引くと、それに座るようにカルロに勧める。カルロはなされるがままにそれに座る。エンリコは椅子を引き、最後に手前の席に着いた。微笑をたたえたままの彼は、前かがみになり、机に肘をつけて手を合わせる。彼はその張り付けたような笑みを浮かべたまま、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「本日はご足労いただき有難うございます。カルロ・ジョアン様。コンメンダのお誘いということですが、さて、アントニー・ベルモンテ氏は現在信用もなく、商談に応じるのは難しいと言わざるを得ません。何か彼の信用を裏付けるものはあるのでしょうか?」


「えっと……今はちょっと、ないんだけど……」


 エンリコは柔和に微笑んだまま、身を起こした。


「……なるほど、では後日、彼が信用に足る人物であることを証明していただくとしましょう。あぁ、そうだ。具体的な航路などはお決まりでしょうか?」


 ノックがあり、先程の使用人が二人に水を給仕する。カルロは困惑気味にそれに礼を返すと、使用人は静かに頭を下げて引っ込んでしまった。エンリコはそのままの姿勢でカルロを見つめる。カルロは少し気味が悪くなり、無味無臭の水を啜る。そして、小さく息を吐くと、友人との雑談から目上の人物との会話へと頭を切り替えた。


「今はまだ構想段階です。残念ながら、具体的な予定は後日決めることになるかと存じます」


 カルロの雰囲気が変わったことを確認したエンリコは、口角を持ち上げる。彼の眉は静かに、細やかに動き、片時も微笑を隠さない。牢獄のように堅牢な、しかし白く純朴な美を示す壁は、圧迫するようにカルロの側に聳えている。カルロの目が暗闇に慣れると、何かの額縁がエンリコの後ろにある事が視認できるようになった。その情報からは絵画の詳細までは判然としないが、獅子の足のようなものが描かれている。


「……そうですか。私といたしましてはカルロ様のご提案を受けたいと考えているのですが、現在の曖昧な情報では判断しかねる。出資者リスト等があればせめてもの判断材料になるのですが……」


 カルロは徐々に俯き、小さくなっていく。こうべを垂れるとエンリコの視線につむじを焼かれるような視線と未知の恐怖とを感じた。


「えっと、構想としては、まずはアントニー氏の関係者に協力を仰ごうと思います。あとは、私の友人、知人にも協力を要請したいと考えています」


「失礼ですが、あなたのメリットは?」


 カルロは顔を上げ、間抜けな声を出す。壁が迫り来るような緊張感の中、涼しげな表情を崩さないエンリコは静止したままで動かない。カルロが顔を下に向けると、水の中に映る自身の顔と目があった。憔悴しきったその顔は今にも泣きそうだった。


「人生というのは、利益だけではありませんので」


 エンリコは貼り付けた仮面のような笑みを外し、ほくそ笑む。


「えぇ、確かに。卑しくも利益と繋げてしまうのは私の癖です。汗顔の至り」


「とんでもない、合理的なことはいい事です」


 カルロが焦って答えると、エンリコは首を横に振った。


「私は、家族の為に友人を利用したのですよ。咎められるべきは私です」


「……そんなこと、気にしていませんよ。家族の方が大事なのは当たり前です」


 カルロは真剣な表情で返す。エンリコは静かに息を漏らし、呆れたような笑みを零した。


「……素晴らしい商談になることを期待しています。貴方も、くれぐれも「よく」調べるように」


「はい。勿論です」


 カルロはまっすぐにエンリコを見つめた。応接室に慣れた瞳が映したのは、商談用の笑みが一瞬崩れる瞬間だった。持ち上がった口角が落ち、疲れた若い青年が姿を現す。瞳は暗闇でも潤んで輝き、輪郭が木製の額縁の下部を隠す。その頭と一体化した額縁には、黄金の船が掲げた聖典を携えた獅子と、空に指を伸ばす聖マッキオが、荒野にたたずんでいた。絵画の中の月は輝きを放つことはなく、黄色い円となって空にとどまっている。


 カルロは深呼吸をすると、エンリコに手を差し出す。エンリコは驚いた表情でカルロを見た。そして、くたびれた髪を揺らすと、その手を強く握る。カルロは歯を見せて屈託のない笑みを返した。


「慎重にいこう、カルロくん。君は何も失う必要はないし、そんなことは避けるべきだ。僕に相談してくれて構わないから」


「正直、俺には商いの事は全然分からない。だから、お前に頼もうと思ったんだ。できる限りの資料を集めてくる。協力者も」


 二人は強く握手を交わす。握りしめた熱い掌に、華奢で豆だらけの手のひらが揺すられる。真下に控えたコップには、疲れた顔も映っていなかった。

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