カペレッタの拝金神父
カペレッタにやって来たカルロは、観光がてらカペレッタ教会に足を運ぶことにした。カペレッタ教区の教会は凄いらしい、などと言う噂はウネッザの男達にはそれなりの知名度を持ってまことしやかに語られており、当初の予測よりもはるかに早く接触を終えたカルロは、息抜きも兼ねて立ち寄ることにした。
カペレッタ教会は聖マッキオ教会と比べるとやや小ぶりだが、カルロは扉を開くと同時に、思わず息を漏らした。
内装は教会というより宮殿と形状するべき壮麗さを持っていた。焚かれた香草の香りがほのかに漂い、呼吸をするたびに甘ったるい香りに刺激される。ステンドグラスは、色とりどりのガラスを贅沢に使って作られており、カペラの生涯が記されていた。
教壇には三本の蝋燭を立てられる蝋燭たてが両端に置かれ、中央に置かれた聖典を照らしている。カリスは布に包まれたまま聖典の隣に置かれ、銀に女神カペラの象徴である花の細工が刻まれている。
(礼拝堂……凄い人じゃないか……)
カペレッタ教会に赴く人々はどこか浮足立った様子で、誘惑するような衣装の女神カペラに向けて手を合わせて拝む。そのほとんどが男達であることに、カルロは呆れて笑みを零した。
熱心な男たちはその麗らかな女神の太腿に縋りつき、目を細くして説教をする神父の話には丸で聞く耳を持たない。正直な男たちの姿を怒るでもなく、中年に差し掛かる年頃の、整った顔の神父が選んだ説教の題目は「淫行について」であった。カルロには、説教に耳を傾けながら男達の姿を見ることが、癖になりそうなほど面白く感じられた。
説教が終わると人々は各々が寄付をする。男達は顔を紅潮させて「神よ……」などと呟き、くすんだ銅貨一枚を放り込む。神父が回るたびに嫌な表情を向けるのもまた、カペレッタ教会独自のものである。
(ウネッザの俗っぽさは妙に面白いところがあるよな……)
カルロは集金箱に銅貨を放り込むと、目の細い神父が恭しく頭を下げる様を見届ける前に立ち上がる。寄付の後に女神に救いを求める男たちの「信仰の強さ」に辟易していた神父には、それが珍しかったらしく、細い目を少し見開く。彼はカルロの後姿を追い、その背中へ向けて声をかけた。
「もし、そこのお兄さん」
カルロがふり返る。神父はカペラの立像を隠すようにカルロの正面に立ち、静かに胸に手を当てて会釈する。カルロもきょとんとした表情で挨拶を返す。
「お悩みのようだね、お兄さん」
「え、俺がですか……?」
神父は胸元にあてた手を静かにおろす。穏やかで低い声はそのままに、少しだけ口元を緩めてみせた。
「神に仕える身としては、当然のこと……などと言いたいところだが、君の表情、仕草が何よりの証拠。見たところ金銭トラブルかな……?神様は金の増幅には貢献できないが、寄付金を頂いても宜しかったのかな?」
カルロは口を開けたまま呆然とする。神父は整った前髪を捻りながら、目を細める。呆然とするカルロの横を通り過ぎる、スッキリした顔の男達は、次々と教会から出て行く。神父は困ったように眉を寄せ、汗を拭った。
「ありゃ?間違えた?なんと言うことだ。私としたことが……」
「あ、いえ、いえ、悩んではいます。ただ、金銭トラブルで悩んでいるのは、俺じゃなくて……」
カルロがフォローを入れる。神父は胸をなでおろしつつ続けた。
「なるほど、友人の金銭トラブルを解決するために悩んでいる、と」
「は、はい。そんなところです」
神父は踵を返し、後ろで手を組むと、ゆっくりと教壇へと向かう。
「教会は金を不浄と切り捨てるものではなく、献身に尽力する者の為にある」
カルロは軽やかな足取りの神父を目で追いかける。カペラの威容にあてがわれた教会は、微かな香草の匂いに満たされていた。ステンドグラスはヨシュアと肩を並べるカペラを床の上に映し、礼拝堂に並べられたペンチには背もたれに赤い布を被せられている。
神父は赤い絨毯の敷かれた階段を登ると、カペラの胸像の前で立ち止まった。彼は再び丁寧に方向を変え、教壇を見上げるカルロを見下ろす。
「話を聞こう、お兄さん。私は金に「がめつい」神の信徒なのでね」
神父は教壇に両手を乗せて微笑む。カルロは教壇の姿前の席に移る。神父は目を細め、自らの首筋を中指と人差し指でなぞると、静かに抑えた。
「君の悩みは尊いものと予測されるが、さて……。金を手っ取り早く稼ぐならば体を売るのが良いと思うが、次に稼ぐならばやはり外海に出るのが良いだろう」
「でも、俺にもその人にも、そんなお金はありません」
神父は首筋を抑えたままリズムをとるように頷く。
「ならば、金を集めればいい」
「金を、集める……?」
カルロは前のめりになる。神父は先程よりリズムを早める。とくとく、とカルロの心臓が高鳴る。
「人の繋がりは千差万別、実に多様なものだ。奇妙な縁とはいつも場所、時間の離れた場所にある。噛み合わすのがよろしいね」
「……えっと、つまり……?」
「人の商いは信用の塊、金を借りるならば信用を作ることから始めよう、ということだ。例えば……」
神父は僅かに右に移動すると、カペラの像を手で指し示す。そのまま目を細めると、神父には相応しくない、牙をむくような笑みを浮かべた。
「神のご威光や、親の七光りなど」
「……騙すようなことはしたくありません」
「騙すわけではないよ、君にあった信用の作りかたを考えたまえ」
カルロが硬直する。神父は寄付金の一枚を手に取り、コイントスする。飛び上がったコインは燭台に照らされて空中で数回回転し、聖典にはない輝きを見せながら神父の手元に戻っていった。
「君にあったカードを見つけ、それを最大限に使うがよろしい。……何、媚を売るというのも悪くない手だと思うよ、私はね」
カルロは頷いた。神父はコイントスした手を教壇につき直すと、カルロを見下ろした。
「船と商品をかき集められれば、何、しめたものだ。詐欺師でなければ、船の持ち主が誰かなど、さして重要ではない。金が稼げるか否か、金を出すものが求めるのはそれだけだ」
カルロが目を見開いたのを確かめると、神父は満足げに頷いてみせる。首元に置かれた指を静かに下ろした。
「見えてきた……気がします。ありがとうございました、えっと……神父様」
「イネスでいいよ、お兄さん。金になるようならば再びここにきてくれたまえ」
イネスはほくそ笑む。背筋が凍るほどの薄気味の悪さを覚えたカルロは、立ち上がって頭を下げると、教会を飛び出した。取り残された神父は口を覆いながら、引き笑いを抑えた。
「稼ぐぞぉ、稼ぐぞぉ……」
奇妙な笑い声は、香草の香りと共に魅惑的な立像の立つ教壇の上から礼拝堂によく響いた。




