憔悴した男2
「それで、商売の事を聞きたくて僕を呼んだってことか」
フェデリコは呆れたような目つきでカルロを睨む。カチャカチャと皿の音がする店内では、酒臭い男たちがぎゃあぎゃあと騒いでいる。カルロは頷くと、パンをちぎって口に運ぶ。フェデリコは眉間を抑えた。
「全部兄さんがやってるから分からないんだが……」
「エンリコは忙しいだろうが。俺よりはお前の方が詳しいだろうし」
カルロは零れたパンくずを払いながら答える。フェデリコは眉間にしわを寄せる。
「それだと僕が暇みたいじゃないか」
「悪い悪い、でも、お前くらいしか頼めないからさ」
カルロは歯を見せて笑う。フェデリコは目を丸くすると、まんざらでもないという表情を見せた。
「まぁ、そこまでいうなら?教えてやれんでもないが?……すいませーん!ミルク二杯追加でー!」
フェデリコはウキウキしながらカルロを見る。カルロは遠い目をしながら感謝の言葉を述べた。
(なんか、ほんとに子供みたいなやつだな……)
フェデリコは一つ咳払いをすると、自慢げな笑顔で続けた。
「そのアントニー?とかいう商人のそもそもの失敗は財産を分けていなかったことだな。リスクがある以上、いろんな船に出資しておけばまだ借金で潰れることはなかったかもしれない」
「でも、元々財産が豊富だったわけじゃないみたいだから、分けていたとしても上手くいったか分からないぞ」
カルロが言うと、フェデリコは訝しむように首を傾げた。
「なんでお前がそんなこと知ってるんだ……」
カルロは答えるべきか戸惑った。机上のパンくずが振動するほどの衝撃で机を叩いて笑う男達に対し、中年の女性の諫める声が聞こえた。彼女はエールを机に乱暴に置くことで彼らへ対する報復をすると、鼻息を荒くしながら厨房へと向かう。隣の席がすっかり静まり返ると、二人の静かな会話も相対的によく響くようになる。
「まぁ、あれだ、ある人に聞いたんだよ」
カルロはお茶を濁して笑う。若い娘がミルクを二人の前に置く。カルロは「いただきます」と言ってそれを口に運ぶ。フェデリコがミルクを持ち上げながら、眉を持ち上げた。
「伏せるってことは、アルドゥス印字商店だな」
カルロは思わず吹き出した。フェデリコは久々に図星を突けたことに喜び、自慢げな笑みを浮かべる。
「借金取りがよくいくんだ、あそこ。物好きの学者と借金取り、あとは作家、詩人のパトロンぐらいか。まぁ、僕もよく資料漁りに行くけどさ、気味悪い場所だよな」
カルロは口を覆いながら頷く。フェデリコは「きたねぇ」と呟いて零れた牛乳を台ふきで拭う。隣の席で豪快な笑い声が復活したため、カルロは赤面した。
「気味悪いのは認める。でも、賢い人だったな」
「そりゃあもう、官邸で筆記官をしていたからな。友人も知識人ばっかりだ」
カルロが口を拭う。彼は素直に感嘆した。フェデリコはミルクを飲み、深い息をついた。
「……話が逸れたな。悪い。もし、そうだとすると、途中で船の積み荷を分けた方がよかったな」
「積み荷を分ける?」
カルロが訊ねると、フェデリコは上を向きながら思い出すように答えた。
「あぁ、ウネッザの商船は幾つか航行ルートがあってな。カペル西部に北上して大市で取引をするルート、東進して異教徒と交易するルート、あとは南下して、これも異教徒と交易するルート。あとは本土に上陸して北上し、教皇庁から仕入れた明礬と中島の酒を売るルートか。お前の出身地だと北上ルートの中継に寄るかもな」
カルロは感心して聞き入った。
「リスクを分けるってことか」
「そうそう、途中積み荷を交換したりして、最後にウネッザで収益を分配するんだ。……まぁ、僕は外に出たことないんだけど……」
(箱入り息子……)
カルロはミルクを再び口に運ぶ。彼はモイラのお陰で最高級の嗜好品の一つである紅茶を嗜むことが出来たが、とてもではないが放牧などできないウネッザではとりわけ高価な牛乳など飲んだことがなかった。コッペンでも未経験のそれが、随分と甘いものであることに驚き、少々感動すら覚えていた。
(でも、確かに博士はあんまり好きじゃないかもな)
「あ、お前、いま箱入り息子とか思っただろ?」
「オモッテナイヨー」
カルロはフェデリコから目を逸らした。
「せっかく教えてやったのに!くっそー、舐めやがって」
カルロがミルクをさらに飲む。彼は口元に白い膜がまとわりついたため左手でそれを拭った。フェデリコは無防備になった右手のミルクを奪うと、一気に飲み干した。
「ああー!」
カルロが思わず声を上げる。圧倒的な喪失感に呆然とするカルロを見おろしながら、自慢げに空のコップを机に置いたフェデリコは、口元を白くしながら鼻を鳴らした。
「もともと僕の金だしな?んん?」
カルロは一瞬怒りの表情を見せたが、直ぐに首を横に振って気障な笑みを浮かべた。
「「お前の兄さん」の金な?」
「おまえおまえおまえおまえ!」
フェデリコはカルロの胸元に何度も指を突きつける。カルロは鼻を鳴らした。フェデリコが歯ぎしりをしながら唸り声をあげる。
「あんたたちも煩いよ!」
先ほど男達を注意した中年女性が怒号を上げる。二人は殆ど反射的に頭を下げた。
「「すいません!」奥さん!」
酒を携えた男達が大層笑ったのは言うまでもない。




