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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第四章 ウネッザの商人たち
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帆船って?1

 アントニー・ベルモンテ、それが、記録の上でもっとも最近全財産を失った男の名前だった。カルロが見た記録によれば、彼は彼の財産をつぎ込んだ商船が難破したこと、普段の生活の為に日常的に商人が行うような借金をしていたこと、これらが原因で収入を失ったという事情だった。ウネッザは海上都市であり、肥沃な土壌はなく、土地もなく、財産を信用と貨幣に頼ることが多い。アントニーは、それほど富んだ商人ではなかったことから、船上の財産を失ったことで、蓄えのほとんどをなくしてしまったのだった。


 カルロは大型の共用ゴンドラに揺られながら、アントニーと思われる人物を探した。しかし、海上から見えるのは広場や家屋だけであり、再び海上からすれ違うことは叶わなかった。


 マッキオ広場に降りたカルロは、まっさらになった金貨袋を何となく振る。出てくるものなどあるはずもなく、大量の書籍を両手に提げて項垂れた。


(頭陀袋2つ持ってきてよかった……)


 新品の頭陀袋を眺めながら、遠ざかる共用ゴンドラを見送り、再び大きなため息を吐くと、手がしびれるほどの重さがある本の群れを引っ提げて、マッキオ教会へと帰っていった。


 教会の神父たちは筆写の真っただ中であった。カルロはなるべく音を立てないように気を遣いながら、階段に足を掛ける。体のバランスがうまく取れない程の大量の書籍を一旦、聖典を精読しようとしていた神父の一人に任せ、半分ずつ展望台へと運んだ。


 カルロが書籍を運ぶと、チコは相変わらず猫の毛づくろいなどをしながら執務をしており、観測した天体の位置を片手間に計算しながら猫にブラシをかける。カルロは片手間に仕事をするその姿に不満を覚え、机に頭陀袋を置くと、チコの耳元で叫んだ。


「買ってきましたよぉぉ!」


 真っ先に反応したのは猫で、直ぐに膝の上から飛び上がって給湯室へと入っていく。チコは耳を抑えながらカルロを睨み付けた。彼の筆の穂先はかなりずれたらしく、数字が在らぬ方向へと捻りあがっている。


「なんだよ……老人を大事にしなさい」


「心は爺だけど体は若いでしょうが」


 カルロが腕を組んで非難する。チコは荒れに荒れた筆跡を見ながら「あーあ」と言って、カルロの顔にインクが飛ぶようにわざと紙を振った。カルロは頭陀袋でそれを防ぐ。チコは広がったペン先を見ながら舌打ちをした。


「……それで?ちゃんと話は聞けたの?」


 カルロはチコの態度に眉を顰めたが、一応の礼儀として頭だけは下げた。


「はい、それは、有難う御座います」


「正確な情報は高いんだ、これが。十五冊買う予定だった資料をわざわざ十三冊にしてやったんだ、感謝したまえ」


 チコは曲がったペン先を振りながら続ける。カルロは口を結んだまま新しいペン先を手渡す。

 給湯室からはモイラがパニックになる猫を宥める声が聞こえていた。


「まぁ、私は商売人としては三流ですらない。君の情報には毛ほどの関心もないし、何の役にも立たない情報を聞いたところで時間の無駄だ。さっさと部屋にでも戻って寝ていたまえ」


 チコは安物の布切れで手を守り、ペン先を取り換える。


「……言っておきますけど、まじめに仕事しない先生も悪いんですからね?」


 カルロがそう言って部屋へ戻ろうとすると、チコはその背中に向けて舌を出して見送った。モイラが黒猫を抱いて展望室に上がってくる。黒猫は満足げに尻尾を揺らしながら、小さくにゃあ、と鳴いた。



 翌日、カルロが工場で工具の準備をしていると、フェデナンドが資料を眺めながらカルロに近づいてきた。カルロが挨拶をすると、フェデナンドは右手を挙げて反応する。


「新しい依頼ですか?」


 カルロが何気なく訊ねると、フェデナンドは首を横に振った。


「実はなぁ、停泊している船舶の数が発注より多いんだよ。写しを見ても2隻余分に作ったことになっているんだ」


「えぇ……」


「でもまぁ、予備の軍船が18隻、依頼を受けた船舶が30だから、予備の軍船に用途をずらせばいいか。ガレー船じゃないのを誤魔化す必要があるけどな」


 フェデナンドは紙切れを揺らしながら続ける。カルロは思いついたように停泊場を見回す。ゴンドラ、ガレー船が多く、帆船はそれらと比べて明らかに少なかった。


「親方、ウネッザって、ガレー船の方が好きなんですか?」


「おう、この辺の海域は風向がすぐ変わるからな。ガレー船ならいっぺんに大人数の移動もできるしな」


「でも、商船なら帆船の方が便利じゃないですか?」


 カルロが訊ねると、フェデナンドは顎を摩った。


「積載量なら帆船の方が多いが、ガレー船は戦闘員兼乗組員を乗せて軍船としても使うからな……。警備の船も商船につけるから、最終的には大体ガレー船と帆船で2対1の割合になるな。おっと、悪い、そろそろ……」


「はい、引き留めてすいませんでした」


 カルロの声をうけて、フェデナンドは手を振りながらやや歩幅を広げて工場を後にした。


 フェデナンドを見送ると、カルロはゴンドラの塗料を持ち上げ、所々色がはげている古いゴンドラの前に運ぶ。引き揚げられた古いゴンドラは、随分長く使われたのか材木の劣化も進んでいたため、必要な修復が行われていた。

カルロにとって修復は初の作業であったが、基本的には工具の運搬や材木の採寸などの作業だけを任されたため、普段の作業と特別な違いはなかった。


「難破かぁ……」


 カルロがポツリと呟くと、古いゴンドラの解体作業を行っていたメルクがカルロの方を見た。


「難破がどうしたって?」


 カルロは苦笑して返す。


「いや、商売も大変だなぁ、って思いまして」


 メルクは一瞬難しい顔をしたが、直ぐに笑顔に戻り、腕を組んで唸った。


「まぁ、そうだな。……俺たちは外に出てないだけ、命の危険もないしマシなのかもな」


「みんな、命がけなんですね」


 メルクが手を伸ばす。カルロは釘抜を手渡した。メルクはそれを受け取ると、足元にあった木材に足を掛ける。ぎし、と音を確認すると、釘に釘抜を引っかける。ほとんど一瞬のうちに、釘を引き抜くと、メルクは次々に足で音を確認し始めた。


「俺たちにとっての海っていうのはな、城壁であり、畏怖の対象でもあるんだよ。ちょうど海婚祭なんて、そういう気持ちの現れだろう?」


 メルクは再び手を伸ばす。カルロは木槌を手渡した。メルクは木槌でゴンドラを叩く。少し手を止め、釘抜を手に取った。


「海婚祭、びっくりしました」


「そのうち慣れるって!毎年あの人混みだけどな、プロアニアからの旅人なんて面白いぜ?めちゃくちゃ酒飲んで騒ぐからな」


「騒いでないで手を動かしてください」


カウレスが後ろを通り過ぎる。メルクは苦笑しながら「ごめん、ごめん」と言って作業に戻る。カルロは解体された材木の大きさに合わせて木材を切り始めた。

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