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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第四章 ウネッザの商人たち
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憔悴した男1

「お疲れ様でーす!」


 カルロが威勢良く挨拶する。工具箱から工具を漁っていたメルクは、歯を見せて笑う。


「お、カルロ。なんか上機嫌だな!」


 先日とは打って変わって静かな造船所では、普段通りの工員達が流れ作業の準備をしていた。カルロは板を運び、メルクの前に置く。


「海婚祭の片付け、お疲れ様でした」


「いえ、いえ。フェデリコ君のことはどうなった?」


「上手く言ってるみたいですよ。まぁ、カタリーナさんにあっちこっち案内させられてるみたいですけどね」


 カルロが答えると、メルクは心底嬉しそうな表情を見せた。カルロはメルクの前に板材を積み上げる。積み上げられた板材には、若い工員らによって採寸がなされる。メルクは工具箱を漁り続けていた。


「情けないなぁ、まぁ、そのうち慣れるさ」


 カルロは板材を運び終えると、採寸作業の手伝いを始める。メルクは鋸の試し引きを始めた。木屑の匂いが充満し始めると、工員達は忙しく動き始める。

 カルロもはじめの流れ作業は困惑したものの、今では採寸というほぼ固定された役割を与えられるようになり、採寸の処理速度は著しく速くなった。次々に運んだ木材を設計図通りに採寸し、差金と定規を器用に利用して直線を正確に引くことができるようになっていた。


「それにしても、カルロも採寸はスムーズになったな」


 メルクは鋸を引きながら呟く。カルロは少しはにかみがちに笑った。


「まだまだ、組立作業もこなせるようになりたいです」


 海上はやや波が高くなり、造船所にある船舶も激しく揺れる。いくつかのゴンドラは引き上げられ、工場で寂しげに横たわっている。


 作業は滞りなく進み、カルロの採寸も概ね修正なくメルクの元に送られた。



 カルロが業務を終え、報告書を提出すると、ずいぶん慣れた彼はゴンドラを呼び止め、マッキオ広場に向かった。波の高さに慎重な船の扱いが必要なのは運河の内部も外海と概ね同様で、船頭もより慎重に櫂を動かす。カルロは激しく揺れるゴンドラにも動じる事なく、強い潮風を感じる。


 カルロがぼんやりと外を眺めていると、急ぎ足の男達が去って行く流れの中に紛れて、一際憔悴しきった男が目に入る。瞳に絶望の色を映してぼんやりとベンチに腰掛ける姿は、カルロの目には異様な雰囲気を放って映った。


「はい、到着。不景気な海だなぁ……運河まで荒れちまうなんて……」


「ははは、困ったものですね。有難うございました」


 カルロは小銭入れから硬貨を取り出す。船頭は受け取った硬貨を手で弄ぶと、景気のいい声で言った。


「毎度!また、よろしくな」


 聖マッキオ教会が目前に現れる。カルロは波打つ不穏な海を眺めつつ、海上に殆ど止まったままの三角帆船に向けてため息をついた。


「大丈夫かなぁ……。嵐とか来ないといいけど」


 カルロは教会へと向かう。家賃がわりのほんの少しの寄付金を握って、重い扉を開けた。



「ははぁん、それは事業に失敗したんじゃないかな?」


 チコは猫を撫でながら言った。


「事業に失敗……」


 教会からウネッザを見下ろす限り、空は6割ほどが白い雲に覆われているが、雷雨はない。ただし、家々の隙間に靡く洗濯物や、波打つ海面の荒々しさを見ると、荒れ模様という言葉が当てはまる。海上に取り残された数隻の商船は、すっかり帆を下ろしてしまって、相変わらずその場で止まっていた。


「ウネッザでは良く見る光景さ。彼らは商売を生業にするより他にないが、生業にも付き纏う交易船は失えば大きな損害になる。海は母なるものであると同時に、飲み込もうとする猛獣でもあるからね」


「じゃあ、彼は……」


 カルロは先程広場でベンチに座っていた男のことを考え、その方角を向く。マッキオ広場の対岸は、人の気配もあまりなく、閑散としていた。


「なぁに、彼がどうなるかはともかく、彼の子供達は大丈夫さ。教育は航海を通して行うから、どんな子供も先ずは船員から始まるのがこの街のルールだからね」


「そう、ですか……」


 カルロは海を見下ろす。あてもなく漂う船の上では、水に磁石を浮かせる船員が一人、ウネッザを恋しそうに見つめているように見えた。


「気になるかい?じゃあ、ちょっと、いい場所を教えよう!」


 チコは猫の首をつまみ上げて退かし、紙とペンを取り出した。猫は毛を逆立ててシャアと鳴き、チコを威嚇する。報復と言わんばかりにお気に入りの椅子で爪研ぎをすると、すかさずモイラが木屑を回収しに来た。


 チコは書き留めたものを再度確認し、カルロに手渡す。カルロはそれを受け取り、内容を確認した。

 簡単なウネッザの地図と住所が書かれている。教区としては、聖マッキオ広場と運河を挟んだ向かいの教区である、カペレッタ教区の入り組んだ道の片隅を示している。そして、その下には大量の小難しい言葉の羅列が記されていた。


「お駄賃をあげるから行ってごらん。お望みの情報も見つかるかもよ?」


「ちょっと待って下さい。この下にある文字の羅列は……」


「ついでに仕入れて来てね。あ、お釣りは持っておきたまえ」


 チコは財布から4枚のドージェ金貨を渡す。カルロは一瞬ギョッとする。


「俺は小間使いじゃないんですが……。まぁ、いいや。ありがとうございます」


 カルロは手の上の大金にそわそわしながら部屋を後にする。猫の不機嫌な声は、相変わらず展望室にこだましていた。

今回からは商船のお話です。

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