悔いのない選択を3
礼拝堂は静まり返った。息を切らせたフェデリコが地下室から突然昇ってきたのだ。幸せ一辺倒だった兵士達は不思議そうにフェデリコの方を見る。苦しそうに自分の胸を押さえるグレモリーは、潤んだ瞳から涙を零した。
「なんで、出てきちゃうんですか!」
「……フェデリコか。目を覚ましたか?」
ピアッツァは呆れたように言った。ステンドグラスは地面にうっすらと聖人たちの姿を映す。フェデリコは教壇を挟んで向けられる視線に動悸を起こしながらも、拳を握って唇を湿らせ、直角に頭を下げた。
「カタリーナさんとのお付き合いを、認めてください!」
ピアッツァは目を見開く。フェデリコは言葉を詰まらせないように、まくし立てる。
「初めてなんです!胸が締め付けられる感覚が!誰かのためにって、思う気持ちも!父上、父上、お願いです!」
ピアッツァはフェデリコのほつれた服を見る。上等の服に付けられた誇り高い紋章付きのボタンが欠けていた。ピアッツァは説明を求めるようにフェデリコの顔を見る。フェデリコは頭を下げたまま、ぶるぶると身を震わせている。聖マッキオのカンテラが教壇を照らす中、その下にはダンドロ一族の姿があった。
「馬鹿を……いうな。あの女にたぶらかされたなど、祖国に合わせる顔がない」
「僕は、初めから、評判の悪い息子だったんだと、聞いています。父上、我儘なのはわかっているんです。僕だって、その程度の分別はあるんです。それでも、貴方には知ってほしい、分かってほしい。僕はずっと、慮られることもなく、見て欲しくて、ずっとそうしていたことも。怒ってほしいって気持ちも、本当はあった。そして、今度の気持ちは、そんな半端な気持ちじゃないことも、分かってほしいんです」
フェデリコの震えは止まっていた。ピアッツァは、その場にとどまって呆然としている。兵士達は二人を見比べている。フェデリコの後ろから、カルロが現れる。教会の神父がピアッツァの下へと歩み寄る。
「ボタンはどうした。フェデリコ」
「カタリーナの為に、仲間に託しました」
「それは、相続権も放棄する気でいるという事か?」
ピアッツァは先ほどよりも静かに訊ねる。
貴族の誇りと言うものが薄いウネッザであっても、その位を指し示す備品を何かに託すことは、地位と言う対価を支払う覚悟があるという事を意味する。くたびれたフェデリコの服は、あるはずの地位を放棄した、みすぼらしいものになっている。しかし、彼は構わずに頭を下げ続けた。
「僕は、彼女の為なら、棄ててもいいと思います」
ピアッツァは項垂れる。暫くすると、彼は肩を震わせて笑い出した。
「私とお前が、そんなに似ていたとはな、ちょっと驚いたぞ」
「え?」
フェデリコが顔を上げる。ピアッツァは、持ち上がった髪の毛がくしゃくしゃになる程頭を撫でまわした。
「私もかつて情熱的な恋に落ちたことがある。お前と同じように反対され、そのうえ結局は玉砕したわけだが……。当時は諦めきれずにねちねちと引き摺ったものだ……。あぁ、しかし、そうか……そうなると、私が何を言っても引き下がることはなさそうだな」
「え、え?」
呆然とするフェデリコの頭をくしゃくしゃに乱したピアッツァは、満面の笑みをする。兵士達もニヤニヤしながら困惑する様を眺めた。
「本当に、私は何をなすべきだろうなぁ?ダンドロ一族の血の為に動くべきか、国家の代表者として、カタリーナ嬢を拘束するべきか。うぅむ、それとも……」
ピアッツァは、大層楽しそうに続けた。
「父親として応援すべきだろうか?」
「父上、フェデリコは、いい加減大人になるべきだと思います。大人しくなるには、カタリーナ嬢に尻に敷かれるのもよろしいかと」
教会の重い扉が開かれる。そこには、軽やかに足音を立てるエンリコの姿があった。エンリコは、礼拝堂の中央を一定の速度で歩きながら、二人の方へと近づく。彼の父親は、肩を持ち上げて呆れた笑みを返した。
「一度揉まれてみるのもいいかもしれんなぁ」
「父上、それって……!」
フェデリコの表情が明るくなる。ピアッツァは、フェデリコの頭を軽く小突いた。
「今度の海婚祭では、男らしく、ちゃんとしたプロポーズするんだぞ?」
兵士達が拍手をする。地下室の階段脇で事の顛末を見届けたカルロは、地下の隠し通路を開けるためにそっと階段を降りていく。
煌々と灯りをともすカンテラが、教壇越しに向き合う一家を優しく照らしていた。
 




