運命の人は何処へ1
翌日、カルロはリオート広場から枝分かれする細い路地を彷徨って、大きなため息を吐いた。ウネッザ特有の隣と近い壁が、迫り来るような圧迫感を感じる。カラフルな壁の彩りがくすみ、ビル間風が吹き抜ける。カルロは軽く腕を摩りつつ、狭い空を見上げた。白い雲に覆われた空さえ、洗濯物に阻まれる。彼は、つい小さく溜息を吐く。
それでも、これはカルロにとって必ずしも面倒なだけの仕事ではない。少なくとも、これを機会に意気消沈したフェデリコが少しでも今まで通りに過ごせるようになれば、それはひとまず前進と言える。そうでなくとも、フェデリコが博士の事に整理を付けるきっかけになればいい、カルロはそう考えていた。
(しかしなぁ……巡礼者じゃなぁ……)
カルロは再びため息を吐き、ひとまず目的の宿に辿り着いた。
本土からの巡礼者であれば、宿選びには2種類ある。第一に、お金のない一般的な巡礼者は、教会に宿泊を申し込む。参拝料がかかるが、巡礼ならば当然教会には参拝するため、宿を取るより安く済む。非常に高くつく巡礼の旅は庶民の夢であるため、教会は庶民の味方と言うことが出来る。
もう一つの方法は、高級な宿に泊まることである。教会での宿泊はベッドに横になることは望めないため、体がこってしまう。そこで、お金に余裕がある者は宿を借りるのである。快適な個室での巡礼の旅は大層快適であろう。但し、宿を借りる場合には、相当な宿泊料が必要となる。
そして、今回の事例ではそれなりに身分の高い人物である可能性が高い。つまり、後者である可能性が非常に高い、という事になる。これを確かめるには、ドージェの名前が大層役に立つ。この国の元首は権力ではなく能力で決まるため、彼が人を探しているとなれば、この国の人は協力してくれる。
「いらっしゃいませ……!おう、君は噂のカルロくんか!」
カルロは入室するやいなや、退屈そうに片膝をついていた宿の主人が反射的に元気な声で言う。カルロは思わず面食らう。
「え、俺のこと知っているんですか?」
宿の主人は嬉々として頷く。
「当然、有名だよ?本土からやってきた変わり者の船大工ってね!あ、変わり者ってのは別に悪い意味じゃないからね、文字通りの意味さ」
主人はそう言うと暖炉の前の長椅子をカルロに勧める。カルロはそれに従い席に着くと、主人も隣に座った。さり気なく下座に座るあたりに、主人の熟練を感じたカルロは、宿を見回した。
昼の明かりを目一杯入れるための南側の窓からは、中庭が望める。ウネッザは土地が狭く庭が作れないと言う制約があり、光を入れるために中庭を持つ家が多い。そしやて、その手入れの仕方でその主人の品格もわかると言う。無論、この宿のそれは十分に洗練されていた。緑の芝を短く整え、中心に太い幹を持つ一本の木を生やす。植木鉢に植えられた花はよく手入れされ、剥き出しの黒行ったが匂って来そうだ。北側には受付カウンターがあり、鍵付きのロッカーが並べられている。部鍵掛けはそれなりに隙間があり、繁盛しているらしい事がうかがえる。
「いい宿ですね。よく整理されている」
カルロは宿を見回して呟く。主人は照れ臭そうに頭を掻いて笑う。
「いやぁ、まぁ、仕事なんでね」
「そうだ、いい宿ついでにちょっと人探しに手伝ってくれる気はありませんか?ドージェの息子が探しているんですが」
「ほう、お手伝いしましょう」
カルロはそういって、不器用な筆使いで記された読みづらいメモを取り出す。文字は書けるようになったカルロだが、まだまだ拙い。数年かけて履修するものを、数ヶ月で習得するというのは相当骨が折れるのだ。とはいえ、確認のためにメモを読み上げることは慣れたものである。金髪、長髪、本土出身、高貴な身分の娘、特徴をつらつらと挙げていく。主人はところどころ思い当たる節があるのか、腕を組みながら唸る。
「本土出身のお嬢さん、ですか。それはもう思い当たる節が大いにあるが……一等美人ということならば、うちに一人泊まって見えますね……。確認していかれますか?」
「いえ、本人が確認しに来ます。俺はあくまで情報を集めているだけですので」
カルロが答えると、主人は頭を掻き、少し躊躇う風に視線を上げる。
「それじゃあ、フェデリコ様かエンリコ様かはわからないが、お見えの際は是非ともご連絡下さい。カルロ君もくるんかね?」
「一応は……。いえ、色のある用事ですので、どうかな。」
カルロは自信なさげに答える。カルロの言葉に聞いて、主人はニヤニヤと笑いながら「それは、それは……」と呟き、そのままカウンターへと戻っていった。
(しかし、一発とは……)
「ありがとうございます。フェデリコには伝えておきます。ただ、くれぐれも、ご内密に。」
「ハハハ、訳ありのようで。兎に角、お力になれそうでよかった。教会に追い出されたら是非ウチをご利用ください」
「ご冗談を!宿代が払えず破綻してしまいます!」
カルロが答えると、主人はカウンターの呼び鈴を確認しながら笑った。
「ならばなおのこと、ドージェのお役に立てなくては!」
二人は暖かい談笑の後、各々の持ち場へと戻っていった。カルロは立ち去り際にもう一度中庭を見つめる。海上にあり、大地の緑も少ないこの街も、天文室から見下ろせば緑が見えることを思い出した。
そして、主人に再度礼をすると、彼はそのままマッキオ教会へと戻っていった。
恋人はできましたか……?(小声)
 




