黄金の船
翌日、カルロはいつもの様に職場へと向かった。博士の葬列以降は急の仕事は少なく、船の清掃や造船の補佐を続ける日常が繰り返されていた。そのため、彼は今日も同様の仕事が待っているのだろうと、工具を運びながら現れたのだった。
「おはようございます!」
カルロが工場に入る。彼の威勢のいい挨拶に負けない、海の男達らしい挨拶が帰ってくる。奥に控えるフェデナンドも支度に余念がないが、今日の彼はいつもと違って掃除道具を携えていた。カルロに気付いたフェデナンドが右手を上げて挨拶をする。
「おぉ、カルロか。今日は黄金の船を掃除するぞ」
「黄金の船?」
カルロが聞き返すと、フェデナンドは嬉しそうに頷く。カルロに強引にモップを手渡すと、彼はウキウキしながら工場を出た。
普段の仕事の準備をする工員たちを尻目に、カルロはフェデナンドを追いかける。二人はカルロの工場である第一工場から食堂、中央会議室のある棟と第二工場の前を通り、アルセナーレの中では南西に当たる第三工場へとたどり着いた。第三工場は裏口のある第一工場、受付のある窓口であるセントラル、大規模造船を請け負う巨大な第二工場と比べると小ぶりで、厳重な警備がされていた。造船用の工場だけあって海に面しており、例に違わず中には巨大な工場が広がっている。作りは第一工場とほぼ変わらず、大小さまざまな船が浮かんでいる。
「すげぇ……見たこともないような船が沢山!」
カルロは歓声を上げる。第一工場ではよく往来するような船舶が多いが、第三工場では砲口が非常に多く背の高いガレー帆船や、三枚の三角帆、一枚の四角帆からなる快速帆船などが並ぶ。極端に浅いガレー船にはマストが二つあり、板が常備されている。どれもこれも独特の作りであり、普段のカルロがこなす仕事ではなかなか触れることはできない。カルロが目を輝かせていると、フェデナンドもそれは嬉しそうに満面の笑みを見せた。
「ここはな、研究中の船舶や、有事の時の主力船なんかを担当に造船する。黄金の船はもうちょっと奥だ」
「黄金の船かぁ……!」
カルロは先程のやや疑いの籠った声とは違い、期待に胸を躍らせるような歓喜の声で呟いた。表情も期待に満ちており、見ているだけで幸せになりそうだ。
海を切り取ったような停泊所に浮かぶ大小さまざまで特徴的な船の数々を眺めながら奥へと奥へと向かう。
工場にストックされている木材の量も第一工場よりはやや多めで、さらに大量の鉄板が並ぶ。作りかけの船の中には、全身が薄い鉄板で張られたものもあるため、その材料だろうとカルロは考えた。
二人は、まるでカルロたちを見もしない、いかにも頭の固そうな工員へ挨拶をしながら、さらに奥へと進んでいく。やがて、眼前には、いかにも高価な装飾と塗装の施された船が現れた。
カルロは思わずため息を吐き、目を細める。船体は赤く、眩い縁が金細工でおおわれている。その金細工が海側から射しこむ光を反射し、見上げるものの目には燃えるようにも映る。甲板は異様に高く、船首が反り上がっている。バランスを取るために中央部には、巨大な重りのような黄金の部屋があり、船尾と船首は長い。前方に人が多く乗ることを見越している為か、船尾に金細工を多めに施してある。塗装の壮麗さもさることながら、他を凌駕する圧倒的な存在感は、正しく「古代の儀式を思わせる」船舶となっていた。
「おい、早く乗れ。隅々まで掃除するからな」
フェデナンドが先に乗り、カルロに手を差し出す。カルロは興奮のあまり目を輝かせ、自然と頬が吊り上がるのを感じた。
「はい!」
カルロはフェデナンドの後を追って乗り込む。甲板に上ると、実用性のほとんどないその船の全容を窺うことが出来た。内部からでも眩い黄金の塗装は何枚の金貨を溶かせばよいのかと気の遠くなる。
カルロは目を細めつつ、床を見る。流石に床は普通の船と変わりなく、幾つか開いた穴から櫂を出して航行するガレー船のようだ。マストも朱塗りであり、非常に特徴的ではあったが、有効な帆を取り付けるにはやや低い。一本の木から切り取られたことを考えると、やや小ぶりなものだ。やはり主は櫂を利用して移動するらしい。
「帆船だと風向きによっては儀式がうまく執り行えなくなるからなぁ」
フェデリコは床を掃除しながら呟く。カルロは船に傷をつけないように細心の注意を払いつつ、モップをかける。
「儀式って、何をするんですっけ」
「そうか、お前海婚祭初めてだったな。えっとな、結局は移住の後を追い、本土の帝国を退却させたときの事を讃え、最後にマッキオ広場の前まで向かってこう告げるんだ。『海よ、私達は、貴方と結婚しよう』とな。最後に、金の指輪を海に落として、終わりだな」
「き、金の指輪ですか……!」
「その金を俺達に分けてくれ……ってな!」
フェデナンドは実に愉快そうに笑う。隅に残った埃をモップで払い、中央に集めた塵を箒と塵取りでかき集める。カルロも船の中央へと塵を集めた。
「まぁ、結婚式だからな。……あっ、夫人と重婚になって問題になったりしてな」
「ははは……」
カルロは愛想笑いで誤魔化す。
(いやぁ、凄い財力だなぁ、ウネッザ!コッペンとは段違いだ)
この特別な船に携わるという実績に、彼は思わず心が躍り、掃除の手は益々はかどった。そして、彼らはその日一日をいつもの数段入念な掃除に費やしたのだった。
 




