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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第三章 ダンドロ一族の親子喧嘩
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死霊博士

 食卓に散らばった食品の類はそのままに、チコは縮こまって話し始めた。


「……私は元々男なんだが、いや、ある人との約束で千年程生きなくてはならなくてね。それで肉体に自身の精神だけを憑依させる魔術……まぁ、要するに死霊魔術の中の憑依魔術を使うようになったわけだ」


「千年って……」


 チコは黙って頷く。カルロはモイラに視線を移す。食事をとっていたモイラは、久しぶりに賑やかになった食卓に嬉しそうに微笑んだ。


「人の恋路に口出しするのは野暮ですよ、カルロ君」


「……そ、そりゃあそうですが……」


 カルロは困惑して視線をチコに向ける。チコは上目遣いをしながら、目を潤ませる。カルロは再び視線を逸らした。


(肉体を使いこなしてやがる……!)


 チコはカルロから敵意が消えたのを確認したのか、姿勢を直した。


「そういうわけで、なんとかウネッザまで来る機会を得たわけだ。良い弟子を持ったと思ったが、まさかこれほど早く亡くなってしまうとは……。残念でならない」


 チコはトレンチャーにかぶりつく。カルロはあまり食事に手をつけていないことに気づき、急いで口に運んだ。食卓は相変わらず賑やかで、豚の肉団子、羊の焼肉が盛り付けられている。さらに塩漬け野菜で彩りが添えられ、暖かい豆スープ、大変高価な果物もあり、アップルパイも湯気を立てている。パイとスープは木製の皿に盛りつけられ、取り皿用のトレンチャーも多めに用意されている。小麦パンは少なめだが、それもトレンチャーの量のためだった。


「あの人は幸せだったと思います。ですから先生。ここで存分に観測してくださいね?」


「あぁ!いつまでも足踏みしていてもしょうがないよね。ユウキ君も可愛かったが、モイラちゃんは健気でもっと可愛いなぁ!」


 チコはモイラの頭をくしゃくしゃに撫でる。老人の頭を愛おしそうに撫でる若い娘という構図は、カルロにはなかなかに衝撃的であった。思わず掴んだ羊肉をトレンチャーの上に落として愕然とした。チコは構わずモイラの髪を整えるように優しく頭を梳かす。


「今日も早速観測しようと思っているんだが……!あ、カルロ君も可愛いと思うよ?私からすればみんな孫みたいなものだしね!」


「可愛い!?」


 カルロは前のめりになる。チコは井戸端会議をする婦人たちがするように手を上下に振る。カルロは不服そうに眉を顰めつつも、深い溜息をついて姿勢を直す。チコは銀食器で野菜と羊肉を一緒にして口に運ぶ。


「ははは、あまり怒らないでくれたまえ。観測者としての仕事はしっかりこなすからねー」


 チコは咀嚼しては食事を掬い口に運ぶ。咀嚼するたびにポロポロと食べ物が溢れるので、カルロは呆れ顔で彼女を見る。モイラは楽しそうにくつくつと笑っていた。


「まぁ、何にせよ。よろしくお願いします、チコ博士」


「あぁ。任せてくれたまえ!そこに関してはユウキ君よりベテランだからね」


チコは食事を飲み込んで得意げに言う。カルロは呆れ顔のまま空返事を返した。


 それから二人はなんという事のない世話話を始めた。チコはウネッザのレースとカペルのレースの話などを自慢げにモイラに話す。それに対して、モイラは開発中の天体用の望遠鏡に関する話を返す。他愛のない話には笑いが絶えない。

 カルロはチコに不信感を抱きながら食事を摂りつつも、内心では多少安堵していた。博士のある時と比べると下品に感じられたが、随分と賑やかさが取り戻された。モイラもよく笑い、カルロ自身もつい顔が綻ぶ。彼は穏やかな食卓を黙って見つめていた。


 その時、ずしずしと階段を登る音が響いた。カルロはまさかと思い、視線を階段に向けた。足音がだんだん近づくと、二人もそれに気づく。


「博士の後続なんて認めないぞ!」


(案の定かぁ……)


 カルロは遠い目をしながら登ってきたフェデリコを見る。チコはフェデリコに指をさしながらモイラに尋ねた。


「彼は?」


「ユウキの弟子です」


 モイラが答えると、チコはニヤニヤとしながらフェデリコに視線を移す。まるで獲物を見つけた獣のような、意地の悪い笑みだった。フェデリコは凄みながら団欒に近づく。悲しいことに、チコはその威嚇も馬鹿にするような笑みで見ていた。フェデリコは、チコに顔を極限まで近づけて睨み付ける。暫くして、嘲笑と共に叫んだ。


「っは!女か!」


「ブフォッ!……失礼、いや、コアリクイみたいな可愛い子だね」


 チコは実に愉快そうに噴き出す。育ちのいいフェデリコは信じられないといった表情で後ずさりする。およそ教養のある女とは思えない、とゴミでも見るかのように見下していた。


 机上の料理は未だ湯気を立てているが、出来立ての見栄えの良さはつつかれ、崩されて失われていた。チコは料理を残念そうに見つめ、小さくため息を吐いてパイを齧る。サク、サク、と心地の良い音が部屋に響き、机上にカスがぽろぽろと零れる。彼女は咀嚼もそこそこに豪快に飲み込むと、自身のトレンチャーをカルロの方に寄せ、椅子から立ち上がる。手を払いながら、フェデリコに近づいた。


「主の作り給うた世界を解き明かすことは正しく信仰に裏打ちされた行為である。さて、天体は、人が為にではなく、ただ主が為に在るもの。即ち、これらを解き明かすことは、万能の創造主たる主に近づくこと、信仰のための検証である。聖典のいずこにも記されぬ天球の先の先、語りえぬ真理の隅々へと目を凝らすこと、これ即ち、星の秘跡である」


 チコ指先を楕円に振るい、フェデリコを追い詰める。


「エーテル環、天球、引力。主の御言葉に従うならば、天球。或いはエーテルか。ユウキタクマ博士は引力を推すが、君はどのように解するか?」


「……引力」


 チコは眉を持ち上げてほくそ笑む。


「否、否!君はエーテル顔だね!博士の観測は正しい、君はそう考えているが、実際は引力に疑問を持ってはいないか?では引力説を善しとする理由は?エーテル環はないとする理由は?天球でないとする理由は?ろくすっぽ観測もしないで真理が問えるか?若造!」


 彼女は語るたびにフェデリコに顔を近づける。フェデリコは後ずさりすることもできず、端に追い込まれた鼠の如く、縮こまっていく。チコは指を不規則に振りながら、首を曲げ、見開いた眼を近づける。


「何年だ?君は何年見てきた?失明の経験は?はっは!なかろうに!紙の上の取り組みはあくまで実証の為のもの!計算式だけの頭でっかち程役立たずな天体博士はいないねぇ!」


 フェデリコは困惑とも恐怖ともとれる表情でぎょろりと見開かれたチコの眼に足を竦ませる。チコは唐突に満面の笑みに戻し、食卓に着いた。


「と、博士も申しておりましたわ。どうかこれからも宜しゅう、フェデリコ君」


 フェデリコは先程までチコに睨まれていた姿勢のまま、泳ぐ目で天井を眺めて呟いた。


「え、今の、え……?」


 カルロはトレンチャーをチコの方に戻しながら、硬直するフェデリコに声をかける。


「お前も食うか?」


 フェデリコは首をぎこちなく動かしてカルロに向ける。黙って首を横に振る。カルロは短く「そうか」とだけ言い、豆スープでトレンチャーをふやかした。


「もう、帰る!」


フェデリコは悔しそうに唇を噛みしめ、苦しそうに奇声を上げながら階段を駆け下りていく。カルロは呆れ顔でそれを見送った。


「……何だったんだ?あれ……」


 カルロは、暫く階段を駆け下りる音を聞き、それが遠ざかると、ぽつりと呟いた。


「ユウキ君にぞっこんなんだね。可愛い」


 チコは愉快そうににパイをつまむ。空になったカップに紅茶のお代わりを注ぎながら、モイラは困ったように言った。


「もう、あんまりいじめないであげてくださいね?」


「ああいうのは、一回厳しくしないとなかなか治らないの!育ちがいいのは構わないけど、人を見下すならまず能力を見てからじゃないとね!」


 チコはご機嫌でデザートを愉しむ。カルロは呆れつつ、残った食事をふやかしたトレンチャーと一緒にもそもそと食べた。

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