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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第二章 博士の葬列
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竣工

 身支度をしていたカルロは、牧師の口からそれを聞いた。彼は作業用の汚れた服をそれなりの見栄えになるように整えながら、落ち着き払ってその話を聞いていた。牧師も不思議に思う程普段通りに支度を済ませたカルロは、天文室に上って空を見上げた。


「明日は、晴れるかな……」


 一人ぽつんと呟くと、駆け足で階段を降りる。アルセナーレまでの道程は、いつもの通りゴンドラに揺られて向かった。


 工場に向かうと、厳つい男たちが揃って天に祈りを捧げていた。カルロはいつものトーンで挨拶をし、彼らに従って天に祈りを捧げると、教会の鐘が鳴ると同時に、工場の奥にある工具室へと消えて言った。


「あいつが一番ショック受けると思ったんだが……」


 メルクは工具室の扉に向けて呟いた。


「聞いたんじゃないですか?ほら、始めますよ」


 カウレスがメルクを引っ張る。メルクは工具室に視線を向けたまま、ゴンドラの方へと引かれていった。


 ゴンドラもいよいよ塗装を残すばかりとなっており、博士の葬列には何とか間に合わせることができる、とフェデナンドも安堵の表情を浮かべている。波は穏やかで、空も高い。


「持ってきました!」


 カルロは塗装用の道具一式を運んできた。塗料の用意も済み、工員全員で一気に塗装作業に入る。一同はハケも大いに上手く使ったが、カルロは彼らよりも一層丁寧に塗り込んだ。その姿を見たフェデナンドが頭を掻く。彼は少し考えた後、よく通る声で叫んだ。


「カルロー!もうちょっとスピード上げろー!」


 工員達はぎょっとしてカルロの方を見る。フェデナンドもきまりが悪そうに塗料の在庫に目を逸らす。


「はい!」


 工員達は、今度はフェデナンドに目をやった。カルロの声の威勢のよさに驚いたフェデナンドも目を丸くする。カルロを除く全員が、暫く手を止めていた。


 カルロは、塗料の臭いに顔を顰めつつも、これまでよりずっと素早く手を動かした。塗料は彼の汗と共に地面にポタリ、と落ちる。カルロが汗を拭うと、塗料が少し顔についた。それを見て、フェデナンドを豪快に笑う。


「なんだぁ!カルロに発破かけようと思ったら、お前らが手ぇ止めてどうする!ほら、そいつに先越されたら減給だからなぁ!」


 工員全員が急いで作業に戻る。メルクは声の後にカルロを一瞥する。決して派手な仕事ではないが、真剣な眼差しで汗を拭うカルロをみて、メルクは胸を撫で下ろす。カウレスが右肘で彼をつつくと、彼は「悪い悪い」と言って作業に戻る。カウレスは小さくため息を吐き、カルロを一瞥する。彼は作業の手は止めずに、すぐにカルロから視線を逸らした。



「完成だー!」


「お疲れっしたー!」


 一同は塗装用のハケを洗い、一気に肩の力を抜く。表情も柔らかくなり、カルロの手渡した水差しを一気に飲み干す。水瓶が空になると、カルロは桶を手に井戸水を汲みに出ていく。その後姿を見送った工員たちは、胡坐をかきつつ呟いた。


「あいつ、頑張ってんなー」


「なんか、昔の俺達より真面目だよな」


「それはお前たちが不真面目なだけだがな」


 呟く工員をフェデナンドが小突く。小突かれた工員がまんざらでもなさそうに頭を押さえる。工場にどっと笑いが起こった。笑いに合わせて水面が微かに揺れた。


 フェデナンドは塗りたてのゴンドラに目をやる。日に晒されて輝くゴンドラの先端には、常備されていた星を象った鉄の重りが取り付けられている。カルロが急ぎ戻ってくると、工員の一人がカルロの首に手を回し、そのまま引き寄せたカルロに子供をあやすように弄り始めた。


「オラオラおそいぞぉー、まーだ井戸になれないんですかぁ?」


「えっ、ちょっ……えっと……」


 カルロが困惑したままでいると、工員がそのまま頭を撫でまわす。くしゃくしゃになったカルロの頭を見て、再びのどかな笑いが起こった。


 カウレスは一人すました顔で回される水を飲む。カルロは困りつつもくしゃりと笑う。水面の揺れものどかで、赤く照らされたゴンドラも誇らしげに星を提げている。高く空へと響く教会の鐘が聞こえないほど、工場は笑いで包まれていた。


「カルロ!一仕事終えてどうだった?」


 メルクが横から言う。カルロははにかみがちに笑う。


「超、疲れました。でも、なんか……」


 カルロは顔を伏せる。


「すっげぇ、嬉しいです」


 工員たちが拍手する。そして、音が消え始めると工員の一人が再びカルロの頭を撫で始める。困ったように笑うカルロに、全員がかわるがわるいたわりの言葉とともに頭を撫でた。


「俺だけだったか……」


 喧噪の中、カウレスは誰にも気づかれないような小さな声で呟いた。

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