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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第一章 海上都市ウネッザ
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顧客を探そう!

「たのもー!」


 勢いよく開けると、腕の太い男たちがぽかんと口を開けてカルロの方を見ている。手には工具を持ち、ある者は船体の組み立ての為に板の整形をしているところだった。工具を用いて緩やかに曲げられた木材であるプランクは、骨格に取り付けられ、船底にはめ込まれているらしい。造船所はそのまま海に繋がっており、十隻ほどの船がぷかぷかと浮かんでいた。


「なんじゃあ?この餓鬼?」


 強面の男がカルロを睨む。長い髭と長身はこの町の男特有のものなのか、威圧感を与える。彼は近づいてきたかと思うと、決して低身長でもないカルロを軽々と持ち上げ、外に放り出した。工員達は何事もなかったかのように作業に戻る。


「え、ちょっと待って、待ってください!」


 彼は強く閉ざされた扉に虚しく手を伸ばす。海鳥の鳴き声が空に悲しく響くと、彼は肩を落としてゆっくりと扉から離れる。彼は下を向いたまま海の際まで進んで立ち竦むと、今度は強引に体当たりするように造船所の扉に駆け込んだ。ゴトン、と言う音と共に、造船所内にカルロが滑り込む。呆気にとられる工員達に向けて彼は叫んだ。


「俺を!工員にしてください!」


「は?」


 一同の頭上に疑問符が見えるほどだった。海鳥のざわめきもそこそこに、暫くの沈黙が続く。言い切ったと満足げに微笑むカルロに対して、件の強面の男が再び襟を掴んで軽々と持ち上げる。今度はカルロも負けじと足をばたつかせて抵抗する。

 向かいにある帆作り職人の工場からも奇異の目が向けられ、その奇妙な男に注目が集まる。


 開かれたままの扉から、工員が抵抗するカルロを押し出そうと喧嘩の様な様相を呈し始めると、周囲の人々は作業をやめて野次を飛ばし始める。

 長年造船に携わった太い腕を押し戻そうとするカルロの細いががっしりとした腕が互いに押し合う。扉の上で両者一歩も引かない戦いが繰り広げられると、作業をしていた工員や帆士だけではなく、一角にいる男たちが騒ぎ出す。野次馬が集まると、それをかき分けて警備兵たちがやってくる。やや劣勢に追い込まれるカルロは、思いきり踏ん張りながら、再び訴える。


「何でもしますから!下働きからでもいいですから!」


「いきなり来て工員にしろってのは失礼だろ!ほら、帰った、帰った!」


 カルロの後ろからは警備兵が引っ張り、それでも歯を食いしばる彼に、町の人々もいよいよ首を傾げ始める。ここまでして造船所にこだわる理由が分からない彼らは、彼の後姿に何かやましいことがあるのではないかと囁き始める。波打つ音が聞こえなくなるほどの野次馬の話し声に、警備兵も危機感を抱き始めたのか、一層力を込める。

 陸と海の狭間が騒がしくなると、それにも増してカルロの力は強くなる。執念と言うよりほかない何かを感じ取り始めた野次馬たちは、不安そうに成り行きを見計らうことになった。


「これは何事かね?」


 よく響く低い声に、一同がふり返る。警備兵と工員の手が止まり、思わずカルロも声の主を探した。波の音が鮮明になるに従い、カルロも思わず口を開けたままで固まってしまった。


「嘘……」


 そこにいたのは涼しい顔をした老紳士、長いトーガと髭を風に揺らした、長老然とした男だった。トーガの色は真っ赤な地の金襴、中に来た落ち着いた色のシャツさえよく映える、時代錯誤を引き起こすような独特な服を着た人物だった。そしてそれが、この町の元首、ピアッツァ・ダンドロその人であることは、この場の誰もが理解していた。

 彼はカルロを一瞥し、顎を摩りながら興味深そうに近づく。野次馬たちが葦の海のように道を開く。カルロも我に返り、姿勢を正して彼の言葉を待った。暫く彼を凝視したダンドロは、手近にいる工員に視線を移す。屈強な彼でさえ、やや動揺しながら状況を説明し始める。


「こ、この若いのがですね!唐突に造船所で働かせろと!」


 続いてダンドロの視線がカルロに向けられる。カルロは姿勢を正し、ガチガチに固まりながら最敬礼をした。


「そうです!雇ってください!お願いします!俺、そのためにここに、ウネッザに来たんです!」


「服を見たところこの辺りの若者よりやや地味に見えるが、内陸の生まれかな?」


 カルロは頭を上げる。呆気に取られて口を開けたその姿に、ダンドロが噴き出したのは言うまでもない。顔を真っ赤にしたその若者は、背筋を伸ばしたまま答えた。


「はい!そうです!コッペンの生まれです!」


 野次馬がざわつく。コッペンとは、ほんの最近ウネッザが手に入れた本土の領地だった。

 ダンドロはゆっくりとうなずくと、潮の香りが漂う風をいっぱいに吸い込み、それを吐き出す。彼はそのまま姿勢をゆっくりと起こした。この町の男達は総じて背が高いが、元首も例に違わないらしい。

 カルロは年相応であるにもかかわらず、子供と大人程の身長差に威圧感を感じていた。満足げに微笑むダンドロは、工員に目配せをする。驚いた工員が目を見開くと、ダンドロは首を傾げて返した。彼は視線をそのままにして、カルロに向けて話しかけた。


「少年、この町は海の男の町である以前に、商売人の町だ。商売人の仕事は仕事を取ってくることから始まる。アルセナーレの名をなるべく使わず、三日のうちに、君の力で船を作る仕事を一つとってきなさい。これは試験だと思ってもらって構わない。もし一つとってこられたならば、彼を迎え入れると良い。何、もとよりやる気は十分ときたものだ、悪いようにはならないさ。いいね?」


 工員の男は背後の従業員たちにも一応視線を送る。彼らは回答を拒むように目を逸らした。屈強な男は頭を掻きながら、小さくため息を吐いた。


元首ドージェ直々の願いとあれば、構いませんが……」


「だ、そうだ。少年。どうする?」


 ダンドロはカルロに面白そうに視線を送る。野次馬たちがこそこそと話し合う。大半は難しいだろう、と言う見立てであった。海鳥もいつの間にか遥か彼方に消え、工場は静寂が支配した。


「すぐにでも!」


 カルロは真剣な眼差しで答える。そして、直ぐにでも町へ繰り出した。彼は先ほど乗ってきた船頭の船に飛び乗ると、再びバランスを崩し、「一番人が集まるところまで!」と叫ぶ。

 船頭は頭を掻きながら、ダンドロに視線を送る。ダンドロは肩を竦ませてみせた。船頭はゆっくりと船を出す。やっと仕舞い終えたチップを腰に提げ、船頭は海をかく。

 潮風に揺られるゴンドラは、ゆっくりと末端の血管を抜け、大きな運河へと消えて行った。

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