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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
第二章 博士の葬列
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博士の葬儀船2

 件の会議室は相変わらずの様子であったが、ただ一つ、いずれの参加者も具体的な話をしている点で異なっていた。難しい顔をするのは設計図を見て回った煌びやかな男達で、いわゆる役員たちだ。予算の事を考えているのだろう、いずれも少々高すぎるのではないかと危惧しているらしい。


 会議室に掲げられた3つの設計図は、どれも美しいと表現するに値するものだった。第一案は銀細工をちりばめた船舶は重さのバランスを保つために細やかな計算式と共に描かれ、メモを削った跡なども見られる力作だ。描いた設計士はいつもおっとりとして間抜けに口を開けていたが、説明の随所には重りのバランスに配慮した努力が認められる。

 第二案は黒を基調にした帆船だ。夜空を思わせる点々とした模様は星を象っており、月以外の光を金箔で表現し、重さとしても特別問題がない。他の二つと比べて繊細な印象を与える点では、もっともカルロのイメージには近い。


 最後に、第三案は椛の木と香草の船であったが、非常に地味な印象がある。他のものがセレモニー専用といった印象を受けるのに対し、これだけは今後も続けて利用できそうなものであった。色彩はないが木目を強調したつくりで、幾重にも重なる年輪の跡が認められる。予算も少なめで、船底には重しを入れる必要がある点で、商船然としている。


「さて、具体案が出ましたが、いずれがよろしいとお考えでしょうか……貴方」


 議長が挙手をした役員を指定する。黒のトーガを着た役員が、気難しい顔をして立ち上がた。


「予算としては一案……銀細工と言うのも趣があるかと思います。博士を讃えるのであれば二案がよろしいかと」


 彼は議長に発言権を返すように手を差し出す。議長は設計図を眺め、男に言葉を返した。


「では、三案はいかがですか?」


「三案の特徴はライブ感といいますか……船ではなくストーリーで魅せるものでしょう?臨場感はありますが、些か地味と言いますか」


「仰るとおり、この案は物語の台本あってこその代物です。北方からやってきた船が、果物の甘い匂いが、再現できてこそ」


 議場がざわつく。蝋燭の火も空気の動きに合わせて賑やかに動く。真面目そうな親方の一人が手を挙げた。


「議長、銀細工はかなり金がかかります。三案なら後でも使える船ですから、後継者にとっては嬉しいのではないでしょうか」


 乾いた笑いがどこかから聞こえる。親方はそちらの方を睨む。鋭い視線を浴びせられた比較的若い人々は、急いで目を逸らした。カルロは周囲を見回した。親方の意見には同意するものも少なくないのか、頷く姿も見られる。若い衆の一人が恐る恐る手を挙げた。議長が指示する前に、腕を組んだ親方が首で促す。


「後継者からすると、むしろしっかりと送り出してやりたいと思います。私もそう思います」


 若い一団が小さく頷く。カルロは親方に視線を戻す。親方も特に反対するわけではないが、不服そうに眉を顰める。


「しかし、送られる側からすると、何か残してやりたいと思うぞ」


 議場に沈んだ空気が広がる。薄暗く沈黙に満たされた部屋の中で、カルロは俯いて手持ち無沙汰の手を動かす。工場での仕事には慣れたが、会議と言う場ではまだ発言する気にはなれないでいた。そんな時、カルロの隣に座っていたフェデナンドが静かに手を挙げた。議長が手を向ける。フェデナンドは座ったまま、カルロに視線を向けた。


「議長、この若いのが何か意見があるらしいですよ」


(何言ってんだこの人!!)


「どうぞ、発言を許可します」


 カルロは整理が追い付かないままで立ち上がる。一同の刺すような視線が集まる。周囲を見回すと、奇異の目をした若い一団と目が合った。


(覚悟を決めよう……)


 カルロは深呼吸をする。彼は心と頭を冷やし、ゆっくりと話し始めた。


「考え直しませんか?」


「えっ」


 議場がざわつく。カルロは覚悟を決め、はっきりとした声で続ける。


「俺は、こっちに来てからずっと、博士と共に暮らさせてもらっています。そこで、博士に触れるたびに、どの案も違うと思ってしまうんです」


「詳しく」


 議長は穏やかに促す。カルロは手にかいた汗を握り、頷いた。


「船は、もっと地味なものにしましょう。普通のゴンドラのような、ささやかなものに。博士は、普通の人です。足を失った孤独な人でも、一人で何でもこなせる万能の超人でもない。ひたむきに空と向き合い、大切なものを守るために時々立ち向かうような、そんな人です。本質的には不器用で、何となく悲観的で、地道な人だと思うんです」


 議場のざわめきは非難の声に変わる。


「セレモニーに普通の船か……。少々地味な気もするが」


 カルロは毅然とした表情で答える。


「葬儀とは、人生の終わりです。その人がどんな人だったのか、それが大事なんだと、俺は思います」


 議場が再び静まり返った。カルロは背筋を伸ばして立つ。蝋燭の揺れが収まり、獣脂の臭いが充満する。議長は静かに席に着き、カルロの言葉を待つ。カルロが天井を見上げる。殺風景で空の見えない天井に、地上の燭台は星に似て周囲を優しく照らす。


「あの人の人生は、ささやかに、たった二人の為に捧げられるべきです。ですから、目立たない船の方がいい。ただ……」


「ただ?」


「二つの明かりを灯して、棺だけを浮かせてみてはいかがでしょうか?」


 フェデナンドは静かに頷く。カルロは真っすぐに議長を見た。議長は短く「なるほど」と言う。議場からの非難は収まった。


「どなたかほかに意見はありますか?第一案、第二案、第三案、第四案から、私も踏まえた役員の採決で決定いたします。今回の会議はここまでとします」


「お疲れ様でした!」


 一同が一斉に立ち上がる。カルロはできる限り大きな声で、周りの挨拶に紛れないように叫んだ。

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