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造船物語 アルセナーレにようこそ!  作者: 民間人。
最終章 限りない願いをもって
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その後の話1

 教皇庁の使節が来た時、その惨状に呆然としたことは言うまでもない。町は破壊されるだけ破壊され、数日間続いた雨で港は増水し、船は一隻残らず破壊されていた。教皇庁の使節が来たのに合わせて町に戻った人々は、教会があの怪物を倒してくれたのだと勘違いをしたらしく、使節を崇め、何度も頭を下げた。実際に、教会は一切壊れておらず、神の威厳は結果的に守られたといえる。使節らもそれに答え、手に負えなくなったジロードの教会に赴き、犠牲者に祈りを捧げた。

 代表者のいなくなったアーカテニアは急ぎ国王がジロードを訪れ、町の復興が始まったジロードの姿を目の当たりにした。市場の開設には未だ程遠く、最早立て直しの利かないほどの状況の中、文句を言いながら瓦礫を集める市民は禁じられたかのように海の方を見なかったという。


 三者が集まった中に、ウネッザの外務官達も混ざっていた。

 教会からは今回の事例は災害と言ってよく、アーカテニアが賠償の代わりとして街の復興の資金を工面することが提案された。同胞を虐殺する「許されざる巨人」を生み出したフェリペは小刻みに震えて成り行きを見守っていたものの、彼へ対する処分は存外に軽いものとなった。

 ウネッザの行動は看過し難いというのがアーカテニア、教会双方からの意見であったが、今回の活躍に免じ、特別な措置はなされないことが決められた。勿論、補償もなし、という事である。

 ジロードは被害者として同情を受けたものの、使節もそれなりのやり手であり、ジロードの勝ち取った城壁前の関所を教会が復興期間として10年間無償で「貸す」という形で決着をつけようとした。ジロードとウネッザは反対したものの、アーカテニアが賛成した結果、教会の意見が優先されてしまった。


 一方で、意外な形で三者の交流が達成されることにもなった。アーカテニア側はオマーンとの対決には相当疲弊しており、潤沢な資産にも陰りが見え始めていた。一方、ウネッザやジロードはいずれ訪れるであろうアーカテニアの安定航路に危機感を抱き、新商材を探していた。

 両者の需要は殆どたまたま噛み合い、アーカテニアが手塩にかけて育て、開墾した新諸島から、両国へ向けて砂糖の輸出に関する具体的な談話が行われた。高価な砂糖の大量生産を成功させたアーカテニアにとって、この偶然の談話は格好の機会であった。ウネッザ・にとっては本土や異教徒へ向けての新たな商材の獲得の機会であり、和やかな雰囲気で談話は進められた。


 外交的な成果は上記のようなものであったが、ウネッザからの使節たちは、長い間ジロードに留まることになった。幸運な人々はジロード海軍と連携して土壁の撤去を行い、相応の報酬を得た。不幸な人々にはジロードからの見舞金と、ウネッザからの戦災手当が送られた。


 カルロは暫くの間ジロードで療養生活を余儀なくされた。無事だと思われていた体は、実際には所々が骨折していた。ビフロンスの治癒魔法などの助けを借りながら、ウネッザへ帰国する船が来る前に、何とか完治させた。

 しかし、後遺症として時折体中に痛みが生じるようになり、長期間の航海や過酷な作業は難しくなった。

 メルクやカウレスは同乗していなかったため無傷であり、カルロよりも遥かに速く仕事に復帰した。


 未曽有の災害がジロードに与えた被害は甚大であり、簡単に復興が進むことはなかったが、大胆不敵なジロードの人々は逞しくも一年足らずで航海に向かい、ウネッザのライバルとしての地位をあえて手放すことはなかった。



「あー、いってぇ……」


 カルロは腰を摩りながら、上甲板の樽の上に座る。完治してもなお時折痺れるような痛みが込み上げる中、カルロはぼんやりと水平線の彼方を眺めていた。


(なんか、気づいたら終わっていたなぁ……)


 海は件の騒動が嘘のように穏やかであり、海鳥は高く自由に空を飛びまわる。彼方に魚たちの群れが飛び跳ね、その背後を鮫のヒレが動く。海をかく櫂は規則正しく回転し、船は順調に進む。

 カルロは潮風を受けて深呼吸をする。独特の潮の香りは長い間屋内での療養を余儀なくされたカルロの鼻をくすぐり、波の音が心地よく鼓膜を揺らした。時折海鳥が鳴くと、魚は散会する。その海の中に海鳥は急降下し、一匹の魚をくわえ、誇らしげに飛び上がった。


「俺、仕事に戻れるかなぁ……」


 カルロは率直な不安を口にする。彼の当初の夢は叶えられたものの、今後その夢を続けていくためには、時折痛む体と向き合わなければならない。


(それで迷惑かけてたら、流石に嫌だしなぁ……)


 カルロは空を見上げた。白い雲は悠々自適に青空を漂う。明るい太陽も助けて、船を阻むものは何もなかった。カルロは肩を回す。垂直に至る前に、痺れる痛みが走り、ゆっくりとその手をおろした。


「あ……見えた」


 水平線の彼方に、懐かしい白い町並みが広がる。カルロは立ち上がり、目を凝らした。

 ピンク色の元首官邸は修復作業を終え、新品同様に生まれ変わっている。大運河の入り口には複数の中型船が停泊し、忙しなく荷下ろしをする海の男の姿が見える。

 聖マッキオの展望台は高く伸び、美しい陽光を独り占めしようとする。しかし、反射して白く輝く中を見る事は出来なかった。

 岩場に海鳥が止まっている。少し視線をずらせば、水位の低くなるさまが感じられる。澄んだ青に囲まれた白い町並みの中で、大きく海に口を開けた建物が彼を出迎えた。

 カルロはつい笑みを零す。


「……ただいま」


 造船所は、変わらずにその威容を見せつけてカルロを出迎えた。

次回で完結となります。長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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