華の旅路2
白く清潔な三角巾で隠された、目が覚めるほど明るい金髪は、短く切られ快活そうな印象を与える。皿洗いの為に巻きあげた腕は白く澄んでいる。平均的な身長と控えめな胸囲から、可愛らしいが決して目立たないような印象を受ける。ただし、その無邪気な微笑みに思わず気が緩んでしまう。慣れてしまえばそのままスルーしてしまいそうな風貌だが、見馴れない地で声を掛けられたら、間違いなく射貫かれてしまうだろう。そんな愛らしさが、その少女にはあった。そして、それはカルロの場合にも例外ではない。
(かわいい……)
カルロが紅潮しているのを見て、彼女は首を傾げる。騒いでいた職人の一団から、エールを頼む声が聞こえる。彼女は「ただいま!」と言うと、カルロに笑顔を向けた。
「それじゃあ、ご注文お決まりでしたらお声がけください!」
そう言って彼女は厨房に戻ってしまう。ぎゃあぎゃあと騒々しい笑い声が聞こえる中、彼女の三角巾がふわりと浮かぶさまを、カルロは追いかけてしまう。
ふと我に返ると、真っ先に襲ってきたのは酒の匂いだった。独特の刺激臭にカルロが顔を顰めても、店内がこの賑わいでは誰も気づくことはない。耳にがんがんと襲ってくる賑やかな笑い声はカルロも大歓迎であったが、魚を焼くにおいと共に混ざってくるアルコールの香りにはまだ不慣れだった。一ブロック開くと、間髪入れずに次の一団がやってくる。カルロはメニュー表を確認しようと改めて周囲を見回した。
赤い蝋燭で彩られた店内の賑わいは実に景気が良く、獣脂のきつい臭いも霞む美味な食卓の香りと下品なアルコールの刺激臭に、カルロは何となく財布のひもが緩んでしまう。次々と魅惑的なメニューに目移りしていると、件の少女がこっそり近づいてきた。
「ごめんなさいね、うるさくて」
「いや、俺、結構好きだからいいけど……。えーっと、取りあえず豆スープと、焼き魚、トレンチャーで」
「畏まりました。豆、焼き、トレンチャーで!」
厨房から返事が聞こえる。彼女は「ごゆっくりどうぞ」と続けて立ち去ろうとした。カルロは急いでそれを止める。彼女は笑顔で振り返った。カルロは内心安堵しながら、ややぎこちなく訊ねた。
「あ、ユウキタクマ博士って、しってる?」
「はい。ユウキ博士がどうしました?」
「実は俺、いま聖マッキオ教会でお世話になっていて、ユウキ博士の昔の話が聞きたくて来たんだけど、何か知らない?」
彼女は少し考える。次々と彼女を呼ぶ客の声が聞こえ、彼女は明るく返事をした。彼女は白い歯を見せていたずらに笑う。彼女は「仕事開けてからね」と言い、そのまま立ち去ってしまった。カルロは思わず紅潮した頬を何度か触り、ポツリと呟いた。
「やばい、どうしよう……」
カルロの期待とは裏腹に、豆スープと焼き魚を運んできたのは主人の奥さんだった。
食卓が片付き始め、最後の一団が楊枝で掃除をしながら出ていくと、厨房の賑わいが徐々に大きくなる。皿洗いをする娘たちと主人の奥さんが談笑している。時々食事の話になると、厨房の中から太い声が響き、店内が暖かい笑いで包まれた。
食事を終えて手持ち無沙汰なカルロは、指を弾いてみたり、メニュー表の一つ一つを指で切り取り、その味を想像したりして一人遊びを始めていた。やがて皿洗いの音が落ち着くと、件の少女が手を拭いながらカルロに近づいてきた。
「お待たせしてごめんなさい。それで、ユウキ君のお話だっけ?」
何となく背筋を伸ばしたカルロに対して、不思議そうに首を傾げる。
「え、ちょっと待って、ユウキ「君」?」
カルロが聞き返すと、彼女はまずい、と言った表情を見せる。すぐにひきつった笑みで誤魔化そうとしたが、非常にわざとらしく、カルロの疑問はかえって深まってしまった。
「は、はは……ユウキ博士、だよね……」
彼女は誤魔化しつつ向かいに座る。店内の蝋燭を半分落とし、店じまいを終えた主人らが部屋に戻ると、二人きりになったカルロは彼女を直視できずにきょろきょろする。
「あ、そうだ。俺、カルロ・ジョアンです。よろしく」
「カルロ君ね。私はグレモリーって言います、宜しく!」
「グレ、モリ―?」
カルロが聞き返す。グレモリーは大きく頷いた後で、自分が酷い失態を犯したことに気が付いて首を振って誤魔化した。カルロは首を傾げた。
「あは、ははは!ユウキ君の話だよね!うん、よく知ってるよ!」
グレモリーは素直な性格らしく何かを隠すことは苦手らしい。どういった事情かはカルロには分からなかったものの、深く追求することは避けることにした。
「ユウキ君は天体の有名な博士で、若い頃にムスコールブルクからウネッザにやってきたんだよ」
「そこまではモイラ婆さんから聞きました」
「モイラちゃん、モイラちゃんか!うん、じゃあ、そっちの話が聞きたいのかな?」
カルロは黙って頷く。グレモリーは満面の笑みを見せる。
「モイラ婆さんと、ユウキ博士の馴れ初めから聞かせてください」
グレモリーは何度か頷き、目を瞑る。机の上に手を置き、祈るように両手を合わせながらゆっくりとした口調で話し始めた。




